鬼族との対面

 負傷した桃色髪の鬼族の姫クイーン・オーガを連れて、転移魔法を用いて一度最初の山崖の上まで戻った。俺達が最初、ブリオーナ平原を見渡していたあの山崖だ。ここは状況を観察するにはもってこいの場所なのだ。

 戦況はどうなって──と、平原を見渡して、ぎょっとした。ブリオーナ平原の半分が焼け野原と化していたのだ。あれだけ上位魔神ティリス火球ファイヤーボールを放ちまくったので仕方がないのだけれど、これはこう……何とも言い難い気持ちだ。

 俺達が居なかった側──即ちオーガキングがいた側の戦場──では、一旦休戦しているようで、両軍後退している。おそらく、ここで倒れている鬼族の姫クイーン・オーガの戦場でいきなり大爆発が起きたので、人族側もオーガ側も状況がわからず、一度引いたのだろう。

 今、双方から視察隊が焼け野原と化した戦場に送られているようだ。この鬼族の姫クイーン・オーガの死体がない事に気付かれるのも時間の問題だろう。

 先ほどまでティリスと戦っていた鬼娘は、全身火傷を負っており、四肢にも穴が空いていて、血がどくどくと流れ出ている。


「おい、死ぬんじゃないか、この子」

「すみません……これくらいしないと、この鬼族の姫クイーン・オーガは止められませんでした」


 上位魔神グレーターデーモンはもう一度「本当にすみません」とこうべを垂れた。

 戦場が焼け野原になってしまうくらいの激しい戦いだったのだ。おそらくティリスとしても、全力を出さざるを得ない相手だったのだろう。だとすれば、彼女を責められない。この鬼娘がそれだけ強かったというだけの話なのだ。


「おい、てめぇ等一体何なんだよ……一体何が目的なんだよ」


 鬼族の娘が息を絶え絶えに話した。


「魔王軍の味方なのか、人族の味方なのかさっぱりわからねえ。何がしたかったんだよ」

「私達の目的は……あなたです」

「はあ? あたしには捕虜の価値なんてねえぞ」


 怪我に呻きながら、鬼娘が言う。

 俺は見ていられなくなって、鞄の中から包帯を取り出して彼女の腕に巻いてやった。


「ここまでボロボロにしておいて今更手当なんか──って、お前……すっげぇ良い匂いだな」


 彼女に包帯を巻いていると、鬼娘はぽわんとした表情をして、俺をくんくんと嗅いだ。そして目を潤ませて、舌で唇を舐めた。それは誘う為にやったとかではなく、無意識な動作としてやっていたのだと思う。それは、欲情した時の女がする動作だ。

 なんでこいつはいきなり俺に欲情してるんだと思ったが、この時ティリスが最初に言っていた事を思い出した。


『アレク様は、特異体質なんです。でも、間違いありません。私にはそれがわかります。きっと、他の女性の魔物も、わかると思います。本能的なものなんです』


 もしかして……女型の魔物は、本能的に俺に色香というか、そういうものを感じるのだろうか? それで欲情している、と?

 そういえば、勇者マルスのパーティーにいた時も、ハーピィやセイレーンが必要以上に俺に襲い掛かってきたけれど、もしかして、あれは──そういう事だったのか?


「あなたに与えられた選択肢は2つです」


 俺の疑問を他所に、ティリスが俺の横に座って包帯を巻くのを手伝ってくれた。


「あんだけ焼くなり突き刺すなりしてくれたくせに……いてててッ」


 鬼族が無駄口を叩こうとすると、ティリスは彼女をぎろっと睨んで包帯をぎゅっと強く締め付けた。


「わかった、わかったよ。で、あたしの選択肢ってのは? 殺される以外のものがあれば嬉しいんだけどな」


 ティリスは呆れたように嘆息して、「あなたを殺しはしません」と冒頭に言った上で、続けた。


ご主人様マスターのサーヴァントになるか、人族に捕虜として突き出されるかのどちらかです。サーヴァントになると言うなら、できる限りの治療はします」


 上位魔神ティリスの言葉を聞いて、鬼娘はきょとんとした顔をして彼女を見上げた。


「え……? って事は、ちょっと待てよ。まさか、あんた。上位魔神グレーターデーモンなのに人族のサーヴァントなのか?」


 信じられない、という顔をしている。


「はい。名も与えてもらいました」

「嘘だろ!? あんたネームドなのか!? ──痛つつつ」


 大声を出すと傷に障るらしい。しかし、「なるほど……ネームドならあの強さも納得だな」などと一人でぶつぶつ言っていた。


「私には名を与えてもらわなければならない理由がありましたし、あなたにそこまでは強要しません……でも、私はアレク様のサーヴァントになれて、心から幸せですよ?」


 ティリスが微笑んでそう言い、俺の手を握った。

 鬼娘はそんなティリスを見てから、頬を染めて俺の方へと視線を向けている。なんだ、この何とも言えないくすぐったさと気まずさは。


「そっか、あんたテイマーなのか」

「……一応な」


 落ちこぼれで勇者パーティーから追放されたけど、と心の中で付け足した。


「通りで……良い匂いがするわけだ」


 重傷の体を無理に寄せてきて俺の匂いをくんくん嗅いだかと思うと、安らかな笑みを浮かべて彼女は目を瞑った。


「……それなら、あたしの結論は一択だ。あんたと契約して、サーヴァントになってやる。いや……違うな。頼む、あたしを、


 力のない笑みを浮かべて、鬼娘は続けた。


「あたしは見ての通り腕力しか取り柄がないけど、やれる事なら何でもやってやる。だから……助けてくれ」


 まるで、懇願するように彼女は言った。ティリスに本気を出させる程のこの鬼族が、助けを求めている。

 俺は驚いてティリスを見るが、彼女の表情は変わらなかった。もしかすると──ティリスは、何かしら事情を知っていて、この鬼娘を俺のサーヴァントにしようと提案したのではないだろうか。賢く、そして本当は優しい彼女の事である。なんとなく、そんな気がしなくもなかった。

 それにしても、『助けてくれ』か。ティリスと同じ事を言われてしまったな。


「ま、待ってくれ。お前の事情も気になるけど、俺とお前が契約をするには、変わった儀式が必要で……」

「変わった儀式?」


 鬼族の娘が閉じていた目を開けて怪訝そうに首を傾げた。

 くそ、これ自分で言うの凄く恥ずかしいな。


「その……契約の為には、俺と体を交えなくちゃいけないんだ。そうでないと契約ができない。何を言ってるのか意味がわからないと思うけど、そういうものなんだと思ってくれ。嫌じゃないか?」


 俺がそう言うと、鬼娘は再度きょとんとした顔をして、それから──爆笑した。


「あははははっ、なんだそのヘンテコな契────痛って……!」


 笑った拍子にまた傷に障ったらしい。暫く悶絶していた。

 それから落ち着くと、彼女は力なく笑った。


「ああ、いいぜ。あんたなら大歓迎だ。あたしの汚い体でよければ、好きにしな」

「……汚い体?」


 気になる言葉が出てきた。こんな、どっからどう見ても幼い女の子にしか見えないというのに、どうしてそんな言葉が出てくるのだろうか。

 それに、この情事への抵抗の無さ。まるで娼婦のようにも思えた。

 

の前に訊くと、萎えるかもしれないぜ?」


 鬼娘は諦めたような笑みを浮かべて、嘆息した。


「……いいから、教えろ」


 俺は彼女を見据えて、説明を促した。


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