鬼娘が見ている地獄

 鬼族の姫クイーン・オーガ──ララという名前だそうだ──は、彼女の置かれた状況を説明してくれた。それは、俺が思っていた以上に悲惨で、衝撃的だった。

 ララは、鬼族の姫クイーン・オーガという立ち位置でありながら……毎夜、実の兄──鬼族の王キング・オーガ──の情事の相手をさせられていたのだ。それも、一年以上もの間。

 オーガの世界は腕っぷしの強い奴が全てで、自分より強い奴の命令には逆らえないという完全実力主義。オーガの中では最上位に当たる鬼族の王キング・オーガの兄には、さしものララでも腕っぷしではかなわないのだという。

 ララは特異体質で、通常のオーガよりも肉体的強度や身体能力がずば抜けて高い。謂わば、この140セルチしかない体に筋肉が圧縮されて強度が増している状態だ。その代わり、身長や体の大きさ等が成長できておらず、人族で言うと12~3歳のような女の体つきなのだという。

 ただ、その身体的強度と引き換えに失ったものは、大きな体や大人の容姿だけではなかった。生殖機能だ。ララは、体の成長が人族で言うところの、12~3歳程度しか成長できていない為、20歳を超えた今でも子供ができにくい体質なのだと言う。しかし、現在この地のオーガには、雌はララしかおらず……子孫を残すには、ララが子を作るしかない。

 そこで、兄のベルスーズはこう言ったのだという。


『オーガ種として最強である俺の子をララが生めば、驚異的な強さを持つ子が生まれるに違いない』


 ベルスーズはこれを理由に、実の妹であるララに生殖行為を要求してきたのである。オーガの世界は腕っぷしが全て故、ララには兄に逆らう術がなかった。

 通常で考えれば有り得ないが、オーガ種の雌が見つからないだけでなく、世継ぎを残したい焦りもベルスーズにはあったのだろう。

 それから、毎晩ララは悪夢を味わう事になった。兄の子を孕むまで終わらぬ、そんな地獄のような悪夢を一年以上も見続けているのだ。


「どうせ人間の捕虜になったって、あたしの扱いなんて変わらないだろ。あたしに人質の価値はないからな……似たような使い道しかないだろうさ」


 俺は血反吐を吐くような気持ちでララの話を聞いていた。

 実の兄に毎晩犯され続けるなんて、どんな気分だ。しかも、子を孕むまで。それは一体何の地獄だ? 俺のいた場所勇者パーティーの方がまだマシではないか。

 この子は俺よりも強いのに、勇者よりも強いのに、なんだってこんなに苦しんでいるのだ。そして、なんだってこんなに世の中は不条理なのだ。腹が立つ。自分なんかではどうしようもないけれど、腹が立ってしょうがない。


「どうだ? あたしの話を聞けば、の前に萎え──」


 気付けば、俺はララを抱き締めていた。

 それは、性的な欲求ではなく、ただ……世の中にはそんなに冷たいものばかりじゃないとわかってほしくて、抱き締めたかったのだ。

 俺も復讐しようと意気込んでいる身で、その為に殺しだってした。人道を説ける筋はない。しかし、それでも──この子に、もう少し優しい世界があったって良いじゃないか、誰かがこの子を憐れんで、助けてやっても良いじゃないか、と……そんなどうしようもない気持ちに襲われる。


「あんた……アレクって言ったっけ」

「ああ、そうだ」

「あたしが嘘吐いてたらどうすんだ。いくら腕に穴が空いてるからって、あんたみたいな人族を絞め殺すのなんて、造作もないんだぜ?」

「もし君がそういう奴なら……きっとティリスは君をここへは連れてこなかっただろうさ」

「……信用してるんだな、その魔神女の事を」

「当たり前だ。自分の事より信用してる」


 ティリスが小さく「ご主人様マスター……」と呟いているのが後ろから聞こえた。彼女には、嫌なものを見せてしまっていると思う。そして、これからもっと嫌なものを見せる事になる。その罪悪感は拭い去れない。

 でも、俺が自分よりも彼女を信用しているというのは、紛れもない事実なのだ。


「……すげえな」


 鬼族の娘は呆れたように笑って、俺に身を任せるように、体から力を抜いた。


「ティリス、今彼女の怪我を治す事は可能か?」

「アレク様、それは契約が終わってから──」

「俺は、今出来るかどうかを訊いてるんだ」


 ティリスは不服そうに一度黙り込んだが、溜め息を吐いて応えた。


「……ある程度であれば私の治癒魔法で治せます。けど……それではアレク様が危険です」


 ティリスは、契約が終わる前に俺が襲われる事を危惧しているのだろう。だが、ララはきっとそんな事はしない。なんとなく、俺はそれがわかっていた。そして、不安要素が拭い去れないだけで、彼女もきっと心の中ではわかっている。


「それなら……お前が横で俺の身を守ってくれ」


 いくら儀式と言っても、こんな大怪我をしている子とするなんて……さすがにちょっと、可哀想だ。せめて怪我くらいは治してやりたい。


「……わかりました。ご主人様マスターの御心のままに」


 ティリスは諦めたように溜め息を吐いたので、俺はもう一度ララを横に寝かせた。


「傷口は塞げますが、体力までは回復できないので、暫く安静にしていて下さい」


 あまり治癒魔法は得意ではないので、と付け加えてから、ティリスはララの治療を始めた。

 彼女が手をかざすと白い光が満ちて、ララの四肢の傷がみるみるうちに塞がり、焼けただれた皮膚も再生していく。


「それと……万が一、アレク様に危害を加えようとするなら──」

「わーってるよ。しねえっつの。あたしからすれば、むしろ一番それが望むところなんだからさ。利害が合致してるんだよ」


 ティリスはもう一度溜め息を吐いて、治癒を続けた。ララの顔色がだいぶよくなってきている。


「それよりさ……あんたはいいのかよ、魔神女」

「何がですか?」

「そいつ、あんたの男だろ。嫌じゃないのかよ」

「良いも悪いも……提案したのは私ですから」

「……そうかい」


 ララは溜め息を吐いてから、呆れたように俺を見て、ティリスを顎でしゃくった。声色からしても、ティリスが相当臍を曲げているのは見て取れた。

 治療を終えたティリスは、どうぞ、と俺をララの前に促す。

 促されても、凄く複雑な気持ちなのだけれど……俺は、覚悟を決めて、ララの前に座った。彼女も俺の前に座る。顔を上気させていて、緊張しているようだった。

 俺も、こう……自分の好きな人に見守られて誰かと体を交えるのは、緊張するというか、凄く嫌というか。

 でも、これはティリスが提案した事で、そして俺もララを救ってあげたいと思ったから──覚悟を決めて、に挑む事にした。

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