清らかな君と穢れ

すらっしゅ

清らかな君と穢れ

 美人な名物の天気お姉さんが今日の天気を溌剌とした様子で伝えていた。大した内容も無いのに、秒針が長針を何度か追い越すまで話は終わらなかった。

 天気の模様を伝えるだけならそんなに時間はかからない。半分近くの時間を雑多な話題で食いつぶしていた。

 時候のことやライトなプライベートについて。特筆して「ライトな」というのは、このキャスターは先日、文春砲をモロに食らっている事に起因する。四半世紀の年齢差はありそうな大物俳優との逢引の結果、えげつない行為の数々が世間に流布された。

 それだけなら、単なる井戸端会議の話題として、芸能人のスキャンダルに埋もれていただけだろう。運が悪いのか、人が悪いのか、その情事の画像や映像がまさに変態画質でネットに拡散されていた。彼女のひょっとこフェイスは内容からトレンド入りは防がれたが、アンダーグラウンドでは祭り状態に仕立て上げられた。

 そのとき僕は、素直な興味として、テレビ関係者だから高画質なのかなとただ意味不明な感慨にふけていた。

 その画質のよさか、キャスターの人気か、たちまちそれらの画像はネットの住民の玩具に成り下がり、いまだにその勢いは治まっていない。

 出所はいまだ明言されていないが、自明すぎて言及する物好きは数少ない。年甲斐もなく周りに自慢したかったのだろうか。気持ちは痛いほど分かるが。

 そんな覚えなくていいことはすらすら頭に入ってくるのに、手元の堅苦しい文章は一向に頭に入らない。そんな人間の脳のつくりがどこか恨めしい。

 


 手帳の上でこれでもかと自己顕示してくる赤文字。「結婚式」この三文字が今日の予定のおおよそ全てでここ数ヶ月の悩みの種になっていた。

「……っと。そろそろか」

 去年のボーナスで買った革靴を履き、成人式で着た一張羅を羽織る。

「ちょっときついか」

 最近筋トレのメニューを変えたからか、肩周りが少しきつい。五年間でサイズの変更があるのはおかしくないか。成長期はきちんと青春と共に置いてきたはずなのだが。

「いってきます」

 誰かがが返すわけでもない。彼女とは式会場で直

接会うことになっている。

 拭いきれない孤独感はもう慣れたもの。親元を飛び出してから、もう三年が経つ。就職と同時に一人暮らしをするといったときの親の追及は忘れられない。

 そんな思い出に耽りながら、十分ほど歩くと家賃上昇の原因の一端である駅が見えてきた。

 式場は表参道の一等地。日本の風景とは思えない綺麗な白い教会だ。内部は白と赤それとダークオークを基調とした豪華な装飾。

 でも式場云々よりも記憶に焼きついてるのは彼女の晴れ姿。

 初恋である幼馴染の彼女の晴れ姿はいつも綺麗な彼女をさらに映えさせていた。はにかみながら

「似合うかな?」

 なんて言うから日頃のクールで落ち着いている彼女とのギャップでドギマギしてしまった。

「好きなだけ食べても痩せるダイエットって無いかな」

 なんて冗談を言っていたのも半年前。

 

 ただ、彼女の相手は僕ではない。

 

 彼女の相手は僕の親友の―君だった。

 だったと言うと他人事のようだけども二人が出会うきっかけを作ったのは僕で。もしかしたら男女の仲にしたのも僕が原因かもしれない。だからこそ「友人代表」に不本意ながら選ばれてしまった。


 駅はいつもより閑散としていた。毎朝毎晩通っている改札を抜け、いつもと違う路線に乗る。休日であることを差し引いてもかなり空いており、席も空席が目立つ。ここまで空いていると少々物寂しい気持ちにもなる。

 何駅かの間を手元の書類と睨めっこして過ごしていると、真横に二人組みの女子高生が座った。茶髪に染めた髪に自分たちの頃よりも濃い化粧。

 そういえば、彼女らが出会ったのはこの子達と同じ位の年頃だったか。もう少し真面目な装いだった記憶があるが。


 僕と彼女は家が隣で学年が一緒ということで、家族ぐるみの付き合いを記憶が無いときからしてきたらしい。幼小中と同じ環境で過ごし、お互いの部屋を行き来していた。高校はどちらが言い出したか記憶にないが、同じ中堅高を志望し、無事合格した。

 ―君とはそこで出会った。一年の最初のクラス分けで僕と―君は前後の席になり、幼馴染とは違うクラスになった。はじめの自己紹介で面白そうな奴だと―君を評価した僕は彼に話しかけてみる事にした。

 話せば話すほど、彼はハイスペックなイケメンだった。中学のときはサッカーで都選に選ばれ、気さくでイケメン、さらに入試では主席だとか。

 このぶっ壊れ性能で生を受けた彼を見ていると、神の存在を疑いたくなるのも仕方ない。もし居たとしても、相当ポンコツか平等という概念は知らないんだろう。

 そんな彼がクラスの中で平凡な存在に成り下がるわけはない。カーストの頂点として君臨した彼に僕は乗っかり、クラスの中心として周りに馴染んでいった。

 そんな頃、僕は幼馴染と彼を引き合わせた。引き合わせたというより、幼馴染と帰るところで―君にあったという方が正しい。

 始めは友達の友達の関係だった二人だが、寒くなるにつれ、二人で遊ぶ事が多くなってきた。直接きいたわけではなく、後々クラスメイトに教えてもらった訳だが。


 忘れることができない正月明け、僕は幼馴染の弟とマリカをしていた。彼女が出かける様子だったので何の気なしに聞いた。

 もしかしたら聞く必要は無かったかもしれない。聞かずに生きていけるならそちらを選びたかった。

「どこ行くの」

「―君の家」

「最近仲いいね?」

「言ってなかったっけ?私達、今年の…あぁもう今年じゃないのか…去年のクリスマスから」


「付き合ってるんだよね」


 意識が遠くなった。その直後のことはよく覚えていない。

 あとから弟君から聞いたが、急に操作が止まり、呆然としていたそうだ。ゲームに集中していたため何が原因かは分からないそうで、よろよろと帰って行くのを見送ることしか出来なかった非礼を詫びられた。その後、自室のベットで枕を濡らし、言いようも無い喪失感と虚無感に襲われていたことは何となく知っている。

 

 次の日、僕は正月の恒例行事を全てキャンセルして自室で一日中寝ていた。

 

 そこから七年と少し、僕らは世間の慣習に則り、無理に大学のレベルを上げて、就職し、逃げるように一人暮らしを始めた。あの楽しい思い出ばかりの家には居たくなかった。どこか歪んでしまう気がしたから。


 

そして今日、彼女らは関係を確固たるものにする。



 友人代表スピーチを黙読していたら、目的地に着いてしまった。新郎新婦と一度見学に来ているので、大体の場所はつかんでいる。そのためか、幾分か早めに着いてしまった。式開始まで旧友たちとの昔話に花を咲かせて、気をそらす位しか今の僕には出来ない。

「あいつらもついに結婚か」

「成人式から結構たったよね。やっぱり仕事が安定してからが無難かなぁ」

「お?あんた相手いんの?どんなひと?顔は?かっこいい?」

「まだそんなんじゃないって」

「ほんと?まだ独身同士できることだ楽しむってあたし決めてるんだからね?」

「そういえばさ、お前が今日の友人代表なんだろ?」

「あっ、あぁ」

急に話を振らないでほしい。そんな余裕はない。

「そんなんで大丈夫なんでしょうね?」

「練習はしたさ」

「本番でうまくいかなかったら意味ないんだからね?」

「まぁまぁ」

「あんたはいい人いないの?幼馴染と親友が結婚したんだし次はあんたでしょ?」

「今俺がいるのが式場じゃなかったら君に手が出ていたさ」

「これからあんたと話すときは、場所を選ぶわ」

「そうしてくれ」

気は休まったが、心はすさんだ。等価交換の原則が心底恨めしい。


 結婚式が始まった。始まってしまった。

 最初に―君が荘厳な扉を開け、一人で入場してきた。歩きながら来場者に顔を向けながら歩いて行く。しかもあいつ僕にウインクしてきやがった。どこまでもイケメンな行動をする彼に軽い嫉妬を覚えるが、そんなのはいつもの事なので諦めている。

 幼馴染が入場してきた。周りの女性陣だろうか、「綺麗」とか「いいなぁ」だとか小声で囁いているのは。綺麗という意見に意を唱える人間はこの世に居ないんじゃないか。それぐらい彼女は綺麗だった。 

 誓いの言葉が唱えられた。病めるときも健やかなるときも僕の気持ちは変わらない。でも隣に居るのも、居るべきなのも僕じゃない。

 誓いのキスだ。このときまで僕は、彼女たちが付き合っているという事実に確証がなかった。

 彼女達は理性的で、恋人らしいことを僕を含めて人前ですることはなかった。だから確かめたいという気持ちを無かったことにした。今回も僕は目を逸らした。

 披露宴のために隣接の大広間に移動した。特徴的な名前だったはずだが、そんなことを覚える余裕はなかったみたいだ。

 舞台が暗転し二人が入場する。スライドショーや演奏が派手に行われ、新郎新婦も他の人も盛り上がっていた、僕以外の人が。何もかも白々しく、色褪せて見えた。

「次に新郎新婦の高校時代の友人である さんより御祝辞をいただきます」

「はい」

「―さん、~さん、本日はご結婚おめでとうございます。ご両家の皆様にも心よりお慶び申し上げます。ただいまご紹介に預かりました。 と申します。本日はこのような華やかな席にお招きいただきまして、ありがとうございます。甚だ僭越ではございますが、ひとことご挨拶させていただきます。」

 そんな思ってもいない、型式通りの挨拶をして、二人の高校生活や馴れ初めを諸々手順通りに話した。

「……など色々なことがありましたが、ふた…二人とも……ほん、本当に末…長くおし…お幸せに。」

 原稿用紙に一滴また一滴と染みが出来てきた。

あぁ…結局僕は泣いたのか。体と心が乖離する。よかったなんて思ってない、思えない。彼女との距離が離れることがつらい。もう既に手が触れられる距離にないことは気づいているのに。それでも最後に自分を谷底に突き飛ばす事ができない。彼女の居ない谷底に。だけど飛び降りなきゃいけない。少しでも彼女を想っているなら、幸せを願うなら。

「本日は」

 深く息を吐いた。

「本当におめでとうございます」

 僕以外の人も泣いていた。―は目頭を押さえて。

…は号泣していた。目はこするなって、メイク崩れるだろ。

 この会場の誰もが僕を友達想いの良い人と認識していた。逆の立場だったら、僕もそう思う。でも一番、彼女らを祝福していないのはたぶん僕だ。

 席に戻り、厳かな雰囲気から弛緩したものに変わった。

「 君、久しぶりね」

「お久しぶりです、おばさん。おじさんは?」

「あの人なら、むこうのお家の人とお酒。それにしてもスピーチ良かったわよ。あの子いいお友達も旦那さんも持って、幸せ者ね。」

 胸が痛かった。おばさんは良い友達だと言ってくれた。でも僕はそのポジションに着きたいわけじゃなかったし、いい人でもない。だから精一杯、虚勢を張った。

「いい友達なんてそんな…僕はただただ想いの丈を言っただけで。」

 嘘はついていなかった。おばさんには。

「あら、なら余計にうれしいわ。これからも仲良くしてあげてね。」

 ごめんなさい、おばさん。その約束は守れそうにありません。その後、一言二言話して逃げるようにおばさんと別れた。


 いろんな人に絡まれて夕飯を頂いた。正直気乗りしなかったが、自分への罰だと思えば、大したことでは無かった。陽も落ち、街灯がつく時間にようやく最寄の駅についた。コンビニの看板にも電気がつき、それをぼーっと見つめていると何だかやけに吸いたくなった。大学生時代に数度、雀荘で吸っていたが、健康面と金銭面で禁煙していた。   

「まぁ今日ぐらいは仕方ないか」

 誰が聞くわけでもないのに、言い訳をして、コンビニに入った。外の温度との違いを感じながら、エビスを持ってレジへ。

「セブンスターのボックスで。えーっと十七番です」

「七二八円になります」

 小銭が無い。この程度でイラっとするのは、疲れているからだろうか。

「二七二円のお返しです。ありがとうございました」

 帰り道は空虚だった。明日は仕事が休みだし、タスクも無い。社会から必要とされていないような感覚に陥りそうになる。すんでのところで家に着いた。ゴソゴソと鞄を漁り、緩慢な動きで鍵を開ける。

「ただいま」

 返答は無い。当たり前か、独りなんだし。

レジ袋からタバコとビールを取り出し、服も着替えずにベランダに直行する。

「火、どこだっけ?」

 久しぶりすぎて忘れていた。しばらく探して、伊豆大島のお土産のマッチを見つけた。湿気てないことを確認し、それもベランダに持っていく。

 カシュっと炭酸飲料よりも若干重い音が響く。  

 マッチからタバコに吸いながら火を移し、紫煙を吐く。その煙は宙に舞い、虚空に消える。臭いがスーツにつきそうだが、まぁいいか。明日にでもクリーニングにもって行けばいい。

 

 煙を見ながらふとこんな疑問を持った。僕は本当に彼女を愛していたのだろうか。

 僕は彼女のことを何も知らない。本当に幸せそうに笑う姿も嫉妬に歪んだ表情も快楽に身を任せる姿だって何も。二十年近くの付き合いがあるのに、そんな彼女を引き出せない僕の何と滑稽なことか。

 愛なんて、二十代の僕にはよく分からない。でも僕のそれは愛ではないことは分かっている。

 彼女の幸せを願えない僕はもっとおぞましくて、汚くて、歪んだ何かを求めていた。

 それは穢れた感情で、今朝のキャスターのそれよりも何もかも劣っていた。しかも僕のそれは紫煙よりも扱いづらい。

 人は一人では幸せになれないという。無自覚に無意識に無配慮に人を傷つけ、益を得る。その傷に干渉して、癒して生きていくんだろう。それを出来ない私は穢れでしかない。  

 

 だからこそ清らかな彼女と僕とは幸せになれない。 

                    [完]

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