第31話 前夜祭③
前夜祭も終盤を迎えた頃、俺はブースの片付けに奮闘していた。
みんな楽しそうにしながらステージを見たり、友人たちや恋人同志とお喋りをしている姿が非常に羨ましい。実行委員なんてクソくらいだ。二度とやるか!
そんな愚痴みたいなことを思いつつも、何とか終わったところで実行委員としての仕事は何も残っていない。先ほど内村先生からは片付けが終わったら解散してもいいという話があったので、委員たちはそれぞれ行きたい場所へと散らばっていく。
俺もこのあとは特に何もすることはない。そういえば、リスとシスコンのことをすっかり忘れていたが、今回に関しては仕方がないだろう。どの道、委員会の仕事で俺も優樹菜も追われていたことは事実だし。今どこにいるかわからない以上、メールか明日謝っておこう。
そう思いつつ、俺はステージがある方へと向かおうとした時だった。誰かに左腕を掴まれ、静止させられる。
「あゆくん……」
どこか切なそう声。
俺は掴まれている方に顔を向ける。
「……まーちゃん?」
そこにいたのは、どこか様子がいつもとおかしい幼なじみだった。
まーちゃんは、どのくらいか俺の目をずっと見つめた後、「こっち来て」と言って、俺を校舎の方へと引っ張っていく。
「お、おい! なんで校舎に入るんだよ! てか、校舎内には進入禁止だぞ!」
「わかってる。でも……そうしなければ誰もいない場所なんてないでしょ?」
まーちゃんは振り返りもせず、そう答えた。
――誰もいない場所に行きたいのか……?
状況がよく読めないまま、引っ張られることしばらく。俺たちは屋上へとやってきた。
俺はそこでようやく掴まれていた左腕を開放される。
優しく肌を撫でるように吹く微風。先ほどの校庭とは違い、会場内の音も小さく聞こえ、月明かりもとてもはっきりしている。
まーちゃんはこちらに背中を向けたまま、無言が続く。
そして、どのくらいかしてようやく口が開かれる。
「急にごめんね。なんの説明もなしにここまで連れてきちゃって」
「まぁそれはもういいけど……なんか話でもあるのか?」
「うん、少しね……」
「そうか。でも、悩み事なら俺には少し向いてないぞ? そもそも上手く答えられる自信がないしな」
「……そっか。だけど安心して? 話はそういうのじゃないからさ。全然……」
「じゃあ、どういう――っ?!」
俺が話している時だった。まーちゃんが振り返ったかと思えば、いきなり俺の顔を両手で掴みそのまま目の前が真っ暗になる。
何がどうなったのかが理解できないまま、それがしばらく続き、視界が開けたと同時にまーちゃんが少し距離を取る。その時、初めてキスをしていたということに気付かされた。
気づいた瞬間、唇の感触が蘇る。
まーちゃんの唇を目にしただけでも心臓の鼓動がさらに加速し、胸が苦しい。
「あゆくん……。いい加減私の気持ちに気づいてよ……。なんであゆくんはそんなに鈍感なの?」
まーちゃんの目頭が月明かりの反射でキラキラと輝いている。
もしかして泣いているのか? よくよく見れば、涙が頬を伝って、ツーと流れていた。
俺は一旦落ち着きを取り戻すために呼吸を整える。
ある程度整ったところで俺は真っ直ぐにまーちゃんの瞳を捉えた。
「まーちゃんの気持ちに気づいてやれなかったことに関しては本当にすまん。俺も自分が鈍感だということはわかっているし、まーちゃんの気持ちは嬉しい。……けど、俺には優樹菜という大事な人がいる。それはまーちゃんもわかっているよね?」
そう言うと、まーちゃんは視線を下に逸らす。
「わかってるよ……。あゆくんに好きな人がいることくらいわかってる。だけど……好きになったのは私の方が早いんだよ!? 小さい時からずっと好きだったのに……この街に戻ってきたらあゆくんは他の女の子を彼女にしてる……。しかも相手は義妹で同棲しているようなものだし……。こんな仕打ちないよ……。私がいつどんな悪いことをしたっていうの? なんであゆくんは私じゃない女の子を選んじゃったの……」
まーちゃんがそっと近づいてくるや否や、頭を俺の胸元に預ける。
両手で俺の胸元を鷲掴みして……やがて、しゃくり上げ始めた。
今まで俺のことをずっと想い続けてきてくれたことに少し申し訳なさを感じつつも、どうすればいいのかわからない。
今の俺にはまーちゃんの想いには到底答えられるはずもないし、かと言って振るというのも酷な話だろう。
しかし、酷な事をしなければ、逆にまーちゃんにも優樹菜にも示しがつかない。
まーちゃんが落ち着いたところを見計らって俺は、ゆっくりと両肩を掴んで引き剥がす。
「ごめん……。それでも俺は優樹菜を選ぶ。俺にとっては優樹菜が一番大切な人であって、心から愛している人でもあるから……。もちろん、まーちゃんのことも同じくらいに大切だと思っている。けど、その大切は優樹菜とは少し違って、幼なじみとしてだ。だから……本当にごめん」
「やっぱりあゆくんだね」
「……え?」
まーちゃんが顔を上げる。その表情は先ほどとは違い、どこかすっきりしたような晴れ晴れとした印象があった。
「あゆくんならそう言ってくれると思ってた」
「え、えーっと……じゃあ、なんで告白みたいなことをしたんだ?」
「それはあれだよ。気持ちを楽にしたかっただけだよ」
「そう、だったのか……」
「うん、最初から告白が成功するとは思ってもなかったよ。だから、そこまで落ち込まずには済んだし、だいぶ気持ちも楽になった」
まーちゃんはニコと微笑むと付け足すように続けて言う。
「でも、あゆくんのこと諦めたわけじゃないからそこのところは覚悟しといてね」
「えぇ……」
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