第18話 作戦当日②

 ひとまず俺と優樹菜によるプロジェクトの一環が無事成功した。

 一番危惧していた言語の壁もどうにか乗り越えることもできたし、あとは似たようなことを繰り返せばいいだけだろう。

 とりあえずは明久のシスコンとかは一旦置いといて、どれだけリスの印象をつけさせるかが今後重要になってくる。

 それをまた一から考えなくてはならないと思うと、少し気分が下がってしまう。なにせ、相手が相手だしなぁ……。もっと普通な男子生徒であれば、そこまで苦労はしないとは思うけどさ。

 そんなことを考えながら、俺は帰路につく。

 今日もまーちゃんに見つからないよう、裏道から帰っているのだが、隣を歩いている優樹菜の表情はどこか固い。


「何かあったのか?」


 俺は気になり、つい声をかけてしまった。

 すると、優樹菜は正面を向いたまま小さく左右に首を振る。


「いえ、何もないです。ただ、文化祭のことについて考えていただけです」

「文化祭? そういえば、もうすぐで準備期間に入るんだっけ?」


 九月ももう中盤を過ぎようとしている。

 そろそろ文化祭で何をするかをクラスで決めたりしてもいい頃だろう。


「はい。なので今日の昼休みはいきなり話し合いが入りまして……」

「そうだったのか。通りでいなかったわけか」


 優樹菜は一応クラスの文化部を務めている。

 この時期になると、文化委員は準備で忙しいと聞くし、一緒に帰れるのも文化祭が終わるまでは少なくなるかもしれないな。


「それでどういった内容の話し合いだったんだ?」

「文化委員内での新しい委員長、副委員長、書記決めですね。文化祭に向けて、三年生は受験勉強や就活で忙しいということもありまして、この時期から文化委員会は新しい役員を決めるみたいです」


 たしかに三年生にとっては切羽詰まった時期だろう。こんな人生の分け目で重要な時期に文化祭の実行委員をやらされることを考えると、鬼畜の所業とも言える。

 他の委員会はどういう仕組みになっているのか、そこら辺はよくわかっていないが、文化委員会に限っては仕方がないことかもしれない。


「で、役員は決まったのか?」

「一応……はい。私がその、委員長をやることになってしまいました……」


 先ほどからずっと表情が固かった理由がやっとわかった。

 優樹菜はプレッシャーを感じている。

 文化祭という大きなイベントの実行委員のトップを任されたことに上手くできるだろうか、みんなを引っ張っていけるだろうかという不安で一杯になっているのだ。

 それは文化委員長になれば、誰もが抱えてしまうものだから俺には頑張れとか優樹菜ならできるとかそういう励まししかできない。悔しいことだけど。


「大丈夫だ。きっと楽しい文化祭になるよ」

「そう、でしょうか……。私にできるのでしょうか?」

「できると思うぞ? というか、そもそもなんで委員長になったんだ?」


 嫌ならやらなければいいのにと思ってしまった。


「押し付けられたんです」

「……え?」

「上村さんならで頭もいいし、なんでもできるでしょ? みたいな空気になって、結果的に私がやることになってしまったんです……」

「……やりたくないとか言わなかったのか?」

「さすがにあの状況では言えませんでした。みんながみんなが期待の眼差しを向けていたので……」


 優樹菜が言った状況を想像してみると、断りづらいのもすごくわかる。

 期待に満ちた視線を向けられては嫌だとかやりたくないとは言えないもんな。


「ま、まぁ……手伝えることがあったら、遠慮なく俺に言えよ? 一人でやるよりかは二人でやった方がその分負担も二分の一に減らせるしな」


 委員長となると、他の委員や役員よりかもさらに多忙になると聞いたことがある。

 噂によると、毎晩徹夜漬けになる日々も当たり前だとか……。

 そうなってしまえば、優樹菜の体調は必然と悪くなってしまう。

 兄として、彼氏として、ここは優樹菜を少しでも救わねばならない。


「お兄ちゃん、ありがとうございます」


 優樹菜が下校して初めて、こちらに顔を向ける。

 さっきとは違い、とても穏やかで重荷が下りたみたいな表情をしている。


「あ、ああ……これは、まぁ……当たり前のことだから気にすんな……」


 今年の文化祭はどんなものになるのだろうか……。

 優樹菜が作る文化祭が今からでも楽しみで仕方がない……と、思える帰り道だった。

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