第17話 作戦当日
作戦当日。
俺は重要でかつ肝心なことをすっかりド忘れしていた。
それは作戦の実行以前の問題であって、もっと言うなれば、人としての問題ですらある。
……リス。あのリスと明久の会話がそもそも成り立つかどうかについて……。
そのことに気がついたのが、つい先ほど……つまり昼休みに入ってからだ。
今更ながらリスに伝えようと思っても、そもそもアイツのライン持ってないし、優樹菜は他の女子と一緒に食べているしで、どうしようもできない。
俺が直接伝えに行こうにも目の前には向かい合うようにして明久が弁当にがっついているし……。詰んだなこれ。確実に終わっただろ。
俺は自然と明久の方に視線が向いてしまう。
このシスコンがリス相手に落ちるだろうか……。
前にも言ったが、明久はシスコンさえ取り除けば、かなりの高スペックと言える。もはや女子から告られても不思議ではないくらいだ。
そんなやつをリスが……。
とはいえ、リスもなかなかに侮れない。見た目だけで言えば、可愛い部類には楽々で入れる。特に小柄というところがかなりポイント的に高いだろう。男子って、ご存知かもしれないが、小柄な女子を好きという人は結構多い。むしろ自分より大きい、もしくは同じくらいの身長の女子が好きという人もいるにはいるが、絶滅危惧種並みに少ない。
それにリスは顔も整っていて、そこいらのモブキャラみたいな女子とはまったく違う。
並大抵の男子であれば、リスの告白を即答で受け入れてくれること間違いなしだ。
「ん? どうかしたか?」
俺の視線に気がついた明久が箸を一旦止める。
「いや、なんでもないんだが、この後少し時間あるか?」
「時間? まぁ、あるにはあるけど……」
「じゃあ一緒に図書館へ来てくれないか?」
「……え、なんで?」
「少し用事があってな」
「それって、俺にも関係あんのか?」
「ないと言えば、ない。けど、あると言えば、ある」
「結局どっちなんだよ……」
明久は肩を竦める。
そして、再び箸を動かす。
「……なんの用事かは知らんが、とりあえずわかった」
「ということは、図書室に来てくれるのか?」
「まぁな。どうせ暇だしな」
とりあえず明久を図書室に連れ出すことには成功した。
あとはリス次第ということになる。
あのリスがヘマをしなければ、いいのだが……。
俺は箸を手に取ると、弁当の蓋を取り、すっかり冷め切ってしまった昼食をとり始めた。
昼食をとり終えたあと、俺と明久は図書室に向かった。
優樹菜に関しては、俺たちより先に行っていたため、どこかしらで監視でもしているのだろう。
そして、あのリスはというと……カウンター前にある本棚の一番上に一生懸命手を伸ばしていた。
背伸びをしながら「キュ〜ン……」と唸り声を上げ、時折俺たちの方にちらちらと視線を送っている。
――こっち見んな。バレるだろーが!
そんなことを思っていると、さっそくそれを見かねた明久が動き始めた。
「大丈夫ですか? よかったら取りましょうか?」
「は、はい……お、お願いします……」
リスが人語を喋っていることについてはもう触れない。結果的にうまくいったのだからそれでよしとしよう。ここまでは作戦通りだしな。
それにしてもリスは一体何を考えているんだ?
早く明久に自分の状況を見つけて欲しいというのはわかるが、よりにもよってカウンター前は危ないだろ。
図書委員がたまたまカウンターにいなかったからよかったものの、もしいたらその人が「よろしければ、代わりに取りましょうか?」的な流れになっていた。
「この本でよかったですか?」
明久が一番上にある本棚の一冊に手を伸ばす。
「キュ、キューン……」
「キュン?」
「い、いえ……それ、です……」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます……」
リスは礼を言いながら、たどたどしく本を受け取ると、ペコリと頭を下げたのちにそそくさとその場から離れていった。
明久はリスの背中が見えなくなるまで見送った後で俺の元へと戻ってくる。
「少し待たせて悪かったな」
「い、いや、それは別にいいんだ。用事も終わったからな」
「? いつの間に終わらせたんだよ」
「まぁそれはどうでもいいだろ? それよりさっきの子どうだったか?」
「? さっきの子ってあの本を取ろうとしてた女子のことか?」
「うん。明久的にはどう思ったかなと思ってな」
「どうって言われてもなぁ……」
明久は首を傾げながらも少しの間考え込む。
「か、可愛い子だとは思ったけど……?」
明久が確かめるような眼差しを俺に向けてきた。
何を誤解しているのかはわからないが、別に明久をハメようとか陥れようとかいう考えはさらさらない。
「そうか。なら、よかった」
「? 本当にどういう意味なんだよ?」
俺は踵を返すと、図書室を出て、廊下を歩く。
その横を明久がついてくる。
「そのまんまの意味だ。気にするな」
「いやいや、気になるだろ。意味のわからないことを聞かれればさ」
「じゃあ、千夏ちゃんとさっきの子だったらどっちが可愛いか?」
「それは……まぁ、百対一の割合で千夏の方が可愛いに決まってるんだが……」
俺はつい項垂れてしまった。
まぁそうだよな。たった一回の出会いだけで人の気持ちなんてそう簡単には変わったりしないよな。
シスコンから抜け出させるにもかなり時間が必要なのかもしれない。
明久は俺の反応を見るなり、心外だというような顔をしている。
「別にいいだろ! 千夏は実際に可愛いんだし、それにシスコンの何がいけない? 一線などは越えるつもりはないにせよ、兄として妹を可愛がることはいいことだろ」
「たしかに明久の言っていることは正しいと思うよ? 千夏ちゃんは可愛いし、兄として妹を愛することにはなんら問題はない。でも俺が問題だと思っているのはそこじゃない。明久。妹以外の女子を愛せるか?」
「いや、無理」
即答だった。かなりの早さに俺の脳が返答に追いついていないくらいだ。
そんな中で明久は続け様に口を開く。
「妹さえいれば、他の女子なんていらない。俺は生涯ずっと千夏と一緒に暮らしていくんだ!」
「さ、さいですか……」
俺は思わず呆れ笑いが漏れてしまった。
ダメだ。こいつとリスが結ばれるなんてほぼゼロに近い。もはや無理な戦いに挑んでいるリスがものすごくかわいそうに思えてくる。
「で、でも、千夏ちゃんにも好きな人とかいるわけ――」
ものすごい目つきで睨まれた。
「いるわけないだろ。千夏もお兄ちゃんのことが大好きなブラコンなんだよ」
俺は明久と千夏ちゃんの関係を思え返す。
妹の尻に敷かれているような関係がブラコンと言えるだろうか……。
「もし千夏に変な虫が寄ってきたら……その時は歩夢でも容赦無く殺す」
「そ、そうっスか……」
目が血走っていた。
俺の表情は今どうなっているだろうか? 呆れを通り越してもはや引きつっているようになっているかもしれない。自覚はないんだけどね。
明久とリス……道のりは遠い。
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