消えた彼女達

かえる

第1話

私達はずっと一緒

あの子が居れば、 私は何も怖くない

あの子が居れば、 私はずっと幸せ

私達はずっと一緒

決して離れることは無い

そう····· 信じてたのに





「友梨奈私今日返さないといけない本があるの。一緒に図書室へ行きましょ」

「ごめん香織。私はここで待ってるわ」

「どうして?私達ずっと一緒でしょ?」

「今日だけは駄目なの。我慢して」


私と友梨奈は中学で初めて出会い、それから高校に上がった今もずっと一緒に過ごしてきた。

朝の登校、休み時間、昼休憩、放課後から家に帰るまでずっと一緒。

休みの日も朝から晩まで何処に行くにも何をするにも一緒。


周りはおかしいと言うけれど、私達は2人で1人なんだから、何もおかしくなんてない。

私は友梨奈だけ居ればいい。

友梨奈が居れば怖い事も辛い事も感じない。ずっと幸せでいられる。


なのに、突然の拒絶に納得がいかず黙り込んでいると、友梨奈のヒンヤリと冷たい手が怒りの火を鎮めるように私の頬に触れる。


「大丈夫。私はここで待ってるから」

「本当よ?決して離れないでね!」

「えぇ勿論」

「···············分かった。行ってくる」


友梨奈の言葉を信じ、教室を飛び出すと図書室まで一目散に走る。

早く!早く!早く!早く!早く!早く!一刻も早く友梨奈の元に帰りたい。

1人になった瞬間恐怖や孤独が襲いかかってくる。私を壊そうと近付いてくる。


嫌だ!怖い!1人は嫌!

早く友梨奈の元に帰りたい。

1人になったらまた怖くなる。

ギリギリと、私の中の恐怖が強くなるのを耐えるように掌を強く握りしめる。


「返却します」

「待って!これ·····血!?」


図書室に着くなりカウンターに本を置くと、係の人の言葉も無視して再び走り始める。

教室に戻るため。

友梨奈が待つ教室に戻るため。


ずっと走り続けたからか、往復十分はかかる距離を五分で教室に戻ってきた。


その時の私は少し背伸びをしたかったのかもしれない。


今すぐ中に入り、友梨奈に会いたい衝動を抑え、扉の前で数回深呼吸。息を整える。


少し離れただけで戸惑ったりはしないわ。友梨奈の方が寂しかったでしょう。


そんな言葉を頭の中で復唱しながら教室の扉を開ける。

窓から差し込む太陽が、血のように赤い夕暮れ時の教室には誰もいない。


「友梨奈·····友梨奈何処?何処にいるの?友梨奈!!」


隅から隅まで探しても友梨奈はいない。

席にはカバンが掛けられたまま。

トイレに行ったのか先生に呼ばれたのか。それなら擦れ違う可能性だってあったし書き置きがされている筈。


「友梨奈·····何処なの·····出てきて友梨奈·····友梨奈友梨奈友梨奈ぁ」


母親を見失った迷子のように、友梨奈の名前を呼ぶが返事はない。

不安を紛らわせるように、友梨奈の鞄を持ち上げると、あまりにも軽く柔らかい何かが入っている。

真面目な友梨奈は置き勉なんてする筈がない。嫌な予感がしてカバンのチャックを開く


「兎のぬいぐるみと·····紙?」


中に入っていたのは、1度お腹を裂かれ雑に縫われた兎のぬいぐるみと、折りたたまれた紙が1枚。

この兎のぬいぐるみは友梨奈が大事にしていたぬいぐるみだと記憶しているけど、どうしてこんな所に入っているのか。


折りたたまれた紙を広げると震えたような文字で短く。



【かくれんぼ。開始】



「·····なにこ·····友梨奈!?」


瞬間、何かを感じたのかもしれない。

パッと窓の方に視線を向けると、逆さまの友梨奈と目が合った。

時が止まったかのような瞬間、友梨奈の体が逆さのまま宙に浮く 。ゆっくりと口が開き何かを伝えるように口が動かされる。

一語一句、決して逃さないとその動きを凝視する。


【かくれんぼ。開始】


それだけ告げると、友梨奈の体は下に消えていった。


「友梨奈!!!!」


急いで窓に飛び付き下を見るが、友梨奈の姿は見えない。

部活をしているであろう運動部の声だけが教室内に響いてくる。


「友梨奈!友梨奈何処なの!?友梨奈!!!!」


手摺に縋り付き、何度も何度も友梨奈の名を叫び覗き込むが何処にも姿は見えない。

夢でも見てたのか。

そんな筈はない。

いくら取り乱したとはいえ飛び降りる夢を見るなんてしない!!


「友梨奈·····どこに行ったの·····かくれんぼってどういう事なの」


無意識に抱きしめていた兎のぬいぐるみと、紙をもう一度見る。

お腹を裂かれ雑に縫われた姿。どこかで見たことがある。


「これ·····1人かくれんぼ?」


以前一緒に読んでいた本に書かれていた内容を思い出す。



何故、友梨奈がこんなことをしているのか

何故、私の前から姿を消すのか

何故、飛び降りた友梨奈の姿が無いのか



「1人じゃ分からないよ·····友梨奈が居ないと私何も出来ないよ·····友梨奈出てきて·····1人にしないで·····」


強い恐怖が、孤独が、全身に襲いかかってくる。

身を守るように強く強く自分を抱きしめる。

それでも不安が拭えなくて、この気持ちを抑える為に、友梨奈の机に不自然に置かれていたハサミを自分の手に突き立てる。


「これは夢!覚めて!覚めて!帰して私を!友梨奈の所に帰して!!!!」


何度も何度も痛みを感じるまで振り上げては下ろすを繰り返す。


あの時私が友梨奈と離れなければ

あの時友梨奈が断らなければ

違う。どこから夢を見ているの

分からない

友梨奈は何処に行ってしまったの


【かくれんぼ。開始】


血のように赤い夕日が照らす空っぽの教室

たった五分の短い時間に

私は私を失った

























「どうかしら。私の過去のお話は」


6畳ほどの真っ白な部屋

半畳を埋める程に大きな白いソファに座った女性が楽しそうに笑う。


「その後、友梨奈さんはどうなったんですか」


女性と向き合うように立つ男は、手に紙とペンを持ち、問いかける。

紙は真っ白で何かを書いた形跡はない。


「友梨奈はね、いなくなったの。でもね、友梨奈は居るの。友梨奈が居れば私は何も怖くないし辛くない」


「貴女が言う友梨奈さんとは、その兎のぬいぐるみですか?」


男が指を差した先、女性の腕の中には、お腹を裂かれ雑に縫われた兎のぬいぐるみが収まっている。

女性は男の質問になんの反応も示さない。


「私は友梨奈の痛みに気付けなかった。友梨奈の苦しみも、悲しみも、見て見ぬふりをしてしまったの。私は友梨奈の痛みを引き継いでいく···············これからずっと」


女性が包帯が巻かれた痛々しい腕を掴むと、そこからジワジワと血が滲んでいく

だが、その表情は痛みを感じてないかのように穏やかで、その瞳は何処か別の世界を見ているように空虚。


「私の罪の告白を聞いていただきありがとうございます」

「こちらこそお二人の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」

「友梨奈も楽しかったと言っていますし、またお越しください」

「はい。失礼します」


女性に見送られながら白い部屋を出る男。

外には白衣を着た女性が立ち待っている。


「如何でしたか?友梨奈と香織の診察は」

「彼女·····友梨奈さんは自分の事を香織さんだと思い続け、兎のぬいぐるみを友梨奈さんだと錯覚してるんですか?」

「現状そうですが、実際は二人共彼女自身です。友梨奈さんは過去の辛い体験から心を守る為に、香織という人格を生み出し、友梨奈という友達を作り出したんです」

「イマジナリーフレンド·····人格障害ですか。それがどうして友梨奈さんが消えてしまったと?」

「友梨奈はある日、虐めに耐えられなくなり屋上から身を投げ自殺しました。勿論妄想の中でですが、香織には耐えられなかったようで、友梨奈は1人かくれんぼで隠れたままだと思い込んでいます」

「ややこしいですね·····香織は実は友梨奈さんで、友梨奈は彼女が生み出した幻覚。その幻覚である友梨奈が自殺を図り、香織である友梨奈さんはその事実を認めたくなくて蓋をした·····兎のぬいぐるみが友梨奈だと思い込むことにして心を守った」

「彼女の心は既に壊れてしまってます。今は自傷行為を行わない為に、常に監視下に置いています」

「つまり友梨奈さんはもう」

「12年前。高校1年の春。夕暮れの教室で友梨奈は居なくなり、友梨奈さんの心も居なくなりました。何故イマジナリーフレンドが自殺を図ったか、何故1人かくれんぼなのか原因は分かっていません。どうか彼女を見つけてあげてください」


頭を下げる女に男は1度深く頷き返すと、白紙だった紙にペンを走らせる


そこには一言


【消えた彼女達】


とだけ書かれていた

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