バタフライエフェクト

しゅーめい

バタフライエフェクト

 バタフライエフェクトとは、ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こす、ほんの些細な事が、徐々にとんでもない大きな現象の引き金に繋がるかという考えである。


 

第一章 バタフライエフェクト

 


―「貧血で倒れちゃったみたい。2階の201号室にいるんだけど来てくれる?」


君からのメッセージを読んで僕はすぐに病院へと走り出した。

 


 僕はいたって普通な人間だ。強いて変なところをあげるとすれば付き合っている彼女にぞっこんということくらいだろう。頭の中のほとんどは君のことでいっぱい。恋をすると相手のことを考えすぎて他のことに集中できないないというが、まさにそんな感じだ。


 


 彼女の病院についた。懐かしい病院。君と初めて出会った場所である。僕が骨折をして入院していたとき持病で入院していた君が話しかけてくれ、そこから仲良くなった。今では持病のことは大丈夫と君は言っている。病院生活が長いこともあってか彼女はとても大人びていて優しく、そんなところに魅了されている。


 


 そんなことを思い出していると201号室の前についた。差し入れの一つくらい持ってくればよかったと少し後悔しながらドアを汗ばんだ手で開ける。


 


 すっと何かが病室に入って正面にある窓から落ちるのが見えた。落ちた何かが鈍い音を立てるのが聞こえた。病室には誰もいない。強烈な焦りを感じる。この病室を使っているのは君一人だと周りを見てわかる。


 


 窓の下を慌てて確認すると病院裏の芝生の上に女性が倒れている。


 


 君だった。


 


 窓から君が飛び降りた?理解が追い付かない。いったい何が起きたのか。


 


 ただ一つ考えられることは君が死んだということだろう。



 彼女は蝶となり飛び立ってしまった。僕の中の感情や思考がトルネードのように荒れ狂い始める。



第二章 盛者必衰



 ―君は死んだ。


 



 窓から飛び降りた君の姿を見た後、足から力が抜けた。体からエネルギーが抜けていき、心へと流れ、悲しみと怒りが増幅し思考を圧迫してくる。


 


「あぁ・・・」


 


 しばらく座り込んでいた。僕はどうすればいいのだろう。何も考えられず何も思いつかない。もうパニックの最高点にいた。


 


 そんな僕の頭を誰かがそっとなでる感覚があった。その人の手は優しく温かかった。顔をあげると君がいる。彼女の頭の上には輪っかのようなものがついていて、君はもう死んでいるんだと直感した。僕は優しく微笑んでいる彼女に問いかける。


 


「なんで飛び降りちゃったんだ・・・」


 


「・・・」


 


「なんで・・・どうして?・・・」


 


「・・・」


 


「なんでッ なんでなんでなんでッ・・・なんで何も答えないんだよッ」


 


「・・・」


 


「僕と過ごした日々が死ぬほど嫌だったのかよ!」


 


 僕は悲しむよりも怒っていた。彼女が見せていた笑顔は全て嘘だったのだろうか。なぜ何も答えてくれないのか。


 


 彼女はその言葉を聞いて温かく微笑んだ口元をやっと動かし始める。


 


「・・・あなた過ごした日々はとても幸せだった。嫌なことなんてすべて忘れてしまうくらいに。でもそんな幸せもいつまでは続かないとわかってしまった。だから自らの手で、理想の形で終わらせたかった。今までありがとう。そしてごめんなさい・・・」


 


 彼女はそれだけ言うと、少し悲しみの入った一層優しい顔を見せ消えてしまった。彼女が消えていくと同時に僕の中にあった怒りの感情が消えていくのが分かった。ありがとうと感謝されただけで、ごめんなさいと謝られただけで、怒りなんてどこか遠くに行ってしまった。取り残された悲しみが押し寄せてくる。体が大きく熱を取り戻し、視界が歪んでいく。僕は泣いているんだと悟った。



第三章 鶏が先か、卵が先か



 泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いた。悲しみを涙に変えて自分の外へと吐き出していく。


 


 しばらく悲しみを吐き出しまっくりだんだんと落ち着き冷静さを取り戻したころ、君の担当だった先生が部屋へと入ってきた。少し落ち着いた足取りだったのは君がもう死んでいるとわかっているからだろう。


 


 先生は僕たちの関係を知っている。先生は僕が自殺に追い込んだかとは聞いてこない。きっとそんなことはみじんも考えていないだろう。そのくらい僕たちのことを知っている。


 


 僕は先生に彼女のことをありのままにぼそぼそと話す。先生は僕ではなく窓の外を見ている。いや、もっと遠くを見つめながら先生は信じてくれた。


 


 先生によると死因は落下によるショックで起きた心停止だそうだ。


 


 僕はそれを聞いた瞬間気が付いてしまった。目の前が真っ暗になる。いや、真っ白だろうか、正確には空っぽになったが正解だろう。絶望が僕を侵食し、虚空が広がっていく。


 


 よく考えてみろ。人がたかが2階から落ちた。しかも地面は柔らかい芝生。即死するほうが難しいだろう。そしてここは病院。死因が心停止ならすぐに正しい処置すれば助かり、緊急呼び出しのボタン一つですぐに処置をしてくれる。


 


 あぁ。どうして気付かなかったんだろう。僕が座り込んでる間に一回でもボタンを押せば君は助かったのに。これではボタン一つで君を殺したようなもんだ。


 


 


 君が飛び降りたから死んでしまったのか、僕がボタンを押さなかったから死んでしまったのか。


 


 蝶が羽ばたいたからトルネードが起こるのか、トルネードが起こるから蝶は羽ばたくのか。

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