第13話 降霊会名簿
「小官は大陸で、馬賊による違法な芥子の栽培や、アヘンの密造密売を取り締まる任務に就いていました。ですから、アヘンの匂いには敏感でありまして、まず間違いなく」
それで、曹長さんあんな渋い顔に成ってたのね。
「成るほどアヘンですか……英国はかつて、清国相手にアヘン戦争を起こしたほど、アヘンとは係わり深い国ですからな。そういう事もあるでしょうな、ですが……我々にはどうする事もできません。仮に公使閣下と参事官殿が、違法なアヘンを使用していたに止まらず、密売に手を染めていたとしても、彼らには外交特権が有りますからね。まあ、あまりにも目に余る行為が有れば、大使閣下や本国に頼んで送り返すことぐらいは出来ますがね」
アヘンかー、違法薬物の取り締まりとか専門外なんですけど……。
「取り合えず、この話は心に
「特務少尉、あまりお役に立てず、すみません」
「そんな事は有りませんわ、これは私の勘ですけれど、何か関係が有る様な気が致しますわ」
上村さんがドアをノックし、「どうぞ」とストーカーさんに案内される。
部屋の中は、本や書類の詰まった棚が幾つかと、木のテーブルとイスのみ、かなり殺風景ね。
「すみません、こんな殺風景な所で、どうぞ此方へ」
ストーカーさんは紅茶を入れながら、椅子に付く様に促してくれた。
「先日良い茶葉が入りましてね、先ずはどうぞ」
紅茶を
入れ方も申し分なく、芳醇な香りと、甘くコクのある味わいが広がる。
「あら、
「さすが、伯爵家の御令嬢、お詳しいですね。確か、御親戚の西男爵家が、お茶の取引で財を成したとか」
優秀なのは分かったけど、ちょっと面倒臭い男だわ。
「ストーカーさんこそ、お詳しいのね」
そして紅茶を一口すすると、ゆっくりと話し出した。
「昨夜の事ですね、恐らく目新しい話は無いとは思いますが。昨夜は、応接室の方で大使閣下ご夫妻と、新年のパーティーに付いて打ち合わせをしておりました。除夜の鐘が鳴り始めたころ、悲鳴が聞こえましたので、裏庭の方に向かったのですが……。裏庭に着くと、既にローレンスは頭から血を流し倒れていて、既に事切れているのは一目瞭然でした。一応、辺りを見渡したのですが、怪しいものはおりませんでした、お嬢様の仰る悪魔の様な者も」
「大きな犬が悪魔を追い返したと、ステラちゃんが言ってましたけれど、犬は見ませんでしたの?」
一応犬の事も聞いてみる。
「いえ、ですが犬の足跡の様なものは有りましたね。それも、あの得体のしれない怪物の様な足跡を追う様に」
悪魔と犬は敵対してるって事かしら?
それとも、ただの偶然?
「そう言えば、御遺体や足跡にシーツをお掛けに成ったのは、ストーカーさんでしたのね」
「ああ、その事ですか、ミステリー小説が好きなものでね、雪に埋もれない様に、証拠保全した方が良いと思ったのですよ、返ってご迷惑でしたかな」
「いいえ、お陰様で、とても助かりましたわ」
「それと、先ほどから気に成ってたのですけれど、大切な書類の有る書庫なんかに、私たちの様な部外者を入れても大丈夫ですの?特に上村さんは外務省の方ですから、何かと問題に成らないのかしら」
「確かに、私が何か盗むような事は、誓ってありませんが、老婆心ながら心配ですな」
「ハハハ、その事ですか、それならご心配無用ですよ。ここの書籍や書類は、公務に関する物は
そう言いながら一冊の手帳を取り出した。
「この手帳は?」
手帳に手を伸ばそうとする上村さんを、ストーカーさんが制止した。
「申し訳ない、ミスター上村。この手帳には、大した事では無いのですが、少々公務に関する事も書かれている様なので、全てをお見せすることは出来ません」
さっき、ここには公務に関する物はは
「ですので、肝心な部分だけ、此方を見て下さい」
そう言って手帳の最後のページを開いて見せてくれた。
─ 11月18日入手 前大使の降霊会名簿、調査の必要有り ─
「それと、このページには、この紙切れが挟まっていました」
そう言いながら、ストーカーさんが折りたたまれた紙切れを広げる。
人名が列挙されている様ね。
日本人と思われる名前と、外国人と思われる名前が大体半分づつ、十数名ほどあるわ。
これが、降霊会名簿なのかしら?
「これは、いったい何なのです?」
上村さんが不思議そうに紙切れを眺めている。
「私にも、詳細は分かりません。ですが、ローレンスは何か重要な事を探っていたのは間違いありません。此処だけの話、私にローレンスの私物を調べる様にと指示した大使には、何か思い当たる節があるのかもしれません、ですが立場上皆さんに詳細を語る事は出来んのでしょう」
うーん、やっぱり面倒くさい人達だわ……。
「手帳の方はお渡しできませんが、
「承知しました、責任をもってお預かりします」
と、上村さんはスーツの内ポケットに仕舞った。
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