第12話 悪魔と大きな犬
そして、ウルタールを抱きしめながらステラちゃんは昨夜の事を話してくれた。
「昨日は除夜の鐘と云うのを聞いてみたくて、お部屋で起きてたの……パパには早く寝る様に言われてたんだけど……。それで、ゴーーーンて音が鳴って、ベットを出て良く聞こえる様に窓のところまで行ったの。そしたら、お庭でギャーて声が聞こえて……それでお庭を見たら、男の人が倒れていて……悪魔が立っていたの……」
ウルタールが、怯えて話すステラちゃんの頬にスリスリする。
「私怖くなって……動けなくて……隠れたかったんだけど……。そして……悪魔と目が合ったの!悪魔に殺されると思ったわ……」
大使館はこの時代からすれば近代的だけど、しょせん2階建て、ステラちゃんとその悪魔との距離感はかなり近かったんだと思う。
「その時、ワンワンって!大きなワンちゃんが、悪魔の腕に噛みついて、そしたら悪魔は逃げて行ったの」
ステラちゃんの話からすると、犬は悪魔のペットとかじゃ無かったみたい。
まあ、現時点では唯一の朗報ね。
怖がってるステラちゃんには聞き辛いけれど、悪魔の姿を聞いてみた。
「あまり覚えてないけれど……凄く大きかったわ、それに赤い目をしてたの」
ここまでね、これ以上悪魔の事を聴くのは可哀想だわ。
「因みにワンちゃんはどんなワンちゃんだったの?」
「ラッキーみたいに、凄く大きい犬だったわ」
「ラッキーですの?」
大使閣下に
「ああ、去年死んだんだが、以前飼っていたイングリッシュ・マスティフの事だよ」
「前に私も、大使館にお邪魔した時に見たことが有ります。凄くでかい犬で、土佐犬みたいな犬でした、多分100㎏ぐらいは有ったんじゃないかな」
上村さんが補足してくれた。
100㎏ぐらいの野良犬かー、それはそれで怖い話だわ。
人が噛まれたりしなきゃ良いんだけど……。
「そういえば、ストーカーさんは書庫にいらっしゃるとか」
「うむ、裏庭の南東の隅にある離れなんだが、普段使わない書籍や文書を保管する書庫にしておってな、今はそこで調べ物をして貰っている。使用人に案内させよう」
暫くして、使用人の方が来て案内されることに成り、応接室を後にした。
勿論、ステラちゃんとは、「後でウルタールを連れてお部屋に遊びに行くね」と約束する。
厨房の前を通り過ぎようとすると、中から揉めてる様な声がする。
「すみません、部下が何か揉めてるようです、様子を見てきて良いでしょうか?」
「ええ、構いませんわ」
上村さんに続いて厨房の中に入ると、スーツ姿の男性が、メイドさんと言い争っている。
「ですから、昨日使った食器は、そのまま洗わない様にお願いしますと」
「それでは仕事に成りません!」
「どうしたのかね、三浦君」
「課長、課長からも説明して下さいよ」
上村さんが事情を聴くと、こういう事だった。
警部補が、「昨日の事件で悪魔とか言い出した原因は、もしかすると薬物による幻覚作用という可能性もある」と言う事で、食器は薬物検査が済むまで洗わせ無い様に指示していたらしい。
昨日の事件が幻覚かどうかはともかく、こういう科学捜査は基本中の基本よね。
まあ、ドラマとかアニメの知識だけど……。
でも少し、警部補を見直したわ。
「なるほど……小町ちゃん、アドバイザーとしてのご意見は?」
「そうですわね、幻覚かはともかく、調べてみるに越した事は有りませんわ。案外、思いもよらない何かが出て来るかもしれませんし」
「そうですな」
「それと万が一、何か出た時の為に、指紋が付かない様に手袋をなさるのが良いですわ」
素手で証拠品をいじってる三浦さんに忠告する。
「あ、これは失礼しました」
この時代こう言う所が、ずさんなのよね。
「じゃあ、三浦君その様にお願いします。あと、メイドさんもご迷惑をおかけしますが、どうかご理解を」
メイドさんも仕方ないわねと、納得したみたい。
再び案内されて、裏庭を横切り書庫と成っている小さな木造の建物の前に着いた。
使用人の方は仕事が有りますのでと、立ち去る。
上村さんがドアをノックしようとすると、曹長さんが静止する。
「その前に、お二人に少しお話が有るのですが、宜しいでしょうか?」
珍しいわね、今まで無口だった曹長さんが話が有るだなんて。
それも、大使館の関係者が
「何か気付いた事が有れば、是非教えて頂きたいですわ」
「実は小官が気に成ったのは、公使閣下と参事官殿の匂いの事です」
「ああ、そういえばお二人とも香水を付けていましたね、以前、私もあの匂いが気に成りまして、参事官殿に聞いた事が有るんですよ。そしたら、知り合いの輸入業者に貰ったとか、私もその時参事官殿から一本頂きました。まあ、私もあの匂いが苦手でしたので、使ったことは在りませんが」
上村さんが、うんうんと頷きながらそう語る。
確かにあの匂いは、ちょっと品が有りませんでしたわ。
「いえ、香水の事では無く……アヘンの匂いです。恐らく、それを隠す為に香水を使っているのものかと」
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