第3話 縁談?相談?

「この様な時間に失礼します。お嬢様」

部屋に入ってきたのは、勤続30年代々我が家に仕えるメイド長の山田千代さん。

ほっそりとした体形で狐目、一見きつい印象だけど、すごく温厚で優しい女性よ。


「旦那様がお呼びです。応接室に来る様にとの事ですが、お休みに成られる様でしたら、この様なお時間ですし、私の方から旦那様にそう申し上げますが、如何いかがなさいますお嬢様?」


「応接室というと、何方どなたかお客様かしら?」

「はい、西男爵様がいらして居ります」

西男爵というのは母の兄で、西男爵家の当主で憲兵司令官。

憲兵司令官というと怖いイメージだけど、豪放磊落ごうほうらいらくを絵に描いたような愉快な叔父様よ。


「そう、でしたら叔父様に新年のご挨拶をしないといけませんわね」


部屋を出て一階のホールへ降りる階段へと向かう。

我が家は2階が家族の寝室や書斎などのプライベートな空間、一階には食堂やリビングや応接室、それに使用人の部屋などがある。


一階に降り応接室の前まで来ると、話声が聞こえてきた。

この大きな声は叔父様ね。

何かヒートアップしてる様だけど何かしら?

「頼む久弥ひさや、いや蘆屋あしや伯爵、小町をわしとこにくれ!頼む!」


な、な、な、何ちゅう事を頼んでるの、あのおっさん!

あら、いけませんわ、今はお嬢様モード。

少し動揺してしまいましたわ。


叔父様にははじめさんという24歳の息子さんが居るの。

私にとっては従兄ね。

多分そのはじめお兄様との縁談話ね。

はじめお兄様の事は嫌いでは無いけれど、これは丁重にお断りしなくては!


ドアを開け応接室の中へ。

「叔父様、お声が大きくてよ、外まで聞こえてまいりましたわ」

「おお、そうかすまんかったな」


「まあ、それはともかく、叔父様明けましておめでとうございます」

「ああ、明けましておめでとう」


「お父様も、お母様も明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう」

お父様は、いつも通り厳格だけど、包容力のある笑顔で新年のあいさつを返してくれる。

「明けましておめでとう小町ちゃん」

お母様もいつも通りにこやかにあいさつを返してくれたあと、鋭い視線で叔父様をにらんだ後プイっとそっぽを向いた。

多分、叔父様がいきなり縁談話なんか持ちだしたから怒っているのね。

とりあえず、味方一人GETと考えて良さそうね。


「ミッチーも明けましておめでとう」

お母様の膝枕で寝息を立ててる弟の道彦みちひこの頬をつんつんする。

除夜の鐘を聞くんだとはしゃいでいたけど、聞けたのかしら。


さて本題、先手必勝よ!

「叔父様、小町を儂とこにくれだなんて仰ってましたけど、どう云う事ですの?」

「おお、その事で伯爵殿にお願いしておったとこだ」


「うむ、それでお前の考えを聴こうと思ってな、夜更けにすまんかったが千代さんに呼びに行ってもらったんだが……」

お父様はそう言うとお母様の方に視線を向けた。

「しりません!わたくしは反対ですからね!」

とほほを膨らませて、プンスカしている。


単刀直入にお断りするのが良さそうね。

「叔父様、お気を悪くなさら無いで下さいね。はじめお兄様の事は嫌いではありませんわ、とても優しい方ですし日頃良くして頂いてますから、ですが未だお嫁に行く積りはありませんわ。だいいち、未だ女学校も卒業していませんし、それに亡くなったお爺様の代わりに道彦みちひこに魔術を教えて差し上げないと成りませんから」


「ちょ、ちょっと待て小町、何の事だ?」

お父様が慌てて問い返す。


「何の事って、私とはじめお兄様との縁談の話では?」

あれ?

何かみんなポカンとしてる。


「ガハハハハハ!はじめのやつ小町に振られおった!こりゃ愉快!ガハハハハハ!」

叔父様が膝を叩きながら馬鹿笑いしてるけど……何で?

お父様まで堪えるように笑ってる。


「まあ、はじめちゃんとの縁談なら、わたくしは賛成よ!」

「小町ちゃん考え直してみない?」

お母様は目を輝かせながらとんでもない事を言い出した。


「お父様、叔父様これはどういう事ですの?」

「ガハハハ、すまんすまん。儂の言い方が悪かった様だ。西家の嫁にという事じゃなく、憲兵司令部にと云う事だ」

14歳の小娘を憲兵司令部って……どういうこと?

そっちの方が謎だわ。


「そうだ、まずは小町には礼を言わねば成らんな。先日の油小路あぶらこうじの御令嬢がさらわれた件、うちの諏訪すわが随分世話に成ったと言っておった」

行方不明になった梨咲りさちゃんを探していた時に、黒川さんが仕掛けたトラップの結界に閉じ込められて、出られずに困ってた諏訪すわさんを助けたのが、知り合った切っ掛けでしたけれど。

そういえば、諏訪すわさんの腕には憲兵の腕章が有ったのを思い出したわ。

叔父様の部下でしたのね。


「それでだ、諏訪すわの所属する部隊なんだが……、魔技取締分隊まぎとりしまりぶんたいという憲兵司令部直属の特殊部隊でな。魔技とは魔法に関する技術という意味なんだが、違法な魔術や魔道具、またそれらを使った犯罪を取り締まる事が彼らの任務だ。任務がら、隊員は特殊な技能を必要としてな、まあ、小町なら想像も付くと思うが、魔術や陰陽術といったものだ。以前は人材も充実しておったのだが、詳細は話せんのだが……3年ほど前に大きな捕り物があってな。その時、多くの隊員を失う事に成ったのだ」

なんだか、叔父様は淡々と語りだしたみたいだけれど、どうやら本題の様ね。


「それ以来、慢性的な人材不足に陥っておるのだ。それもあって、軍としても異例の事だが年齢性別問わず優秀な人材を召集しておる。諏訪すわ中尉もその一人でな、彼女は神を下ろすかんなぎの家系のものだ。まあそれでも、去年の9月に蘆屋の御隠居がお亡くなりになる前までは、相談役としてお力添え頂けていたから何とか成っていたのだが……」

蘆屋の御隠居とはお爺様の事だ。


「では、私をその魔技取締分隊まぎとりしまりぶんたいの隊員として召集すると仰るの?」

なるほど、お母様がプンスカしている理由はそういう事ですのね。


「いや、御隠居と同じく相談役として手伝ってもらいたいのだ」

「それは、どう違いますの?」

「隊員と成れば正式に軍人に成るという事だ、勤務時間は拘束され上からの命令に従わねばならん。相談役成らば、軍属として扱われるが、こちらの要請に応じて助言や助力をしてもらえれば良い。学業も今のまま続けて構わない、どうだろうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る