第130話●お話はお屋敷で
体が軽くなっているせいか歩き始めてそれなりの時間が経っていると思うのですがほとんど疲れていません。
ただ、薄暗い無音の空間の息苦しさに唾をのみこむ回数が増えていました。
自分がまっすぐ進めているのか心配になるたびに、親指に嵌めたアメジストの結婚指輪をさらに握り締めては自分に「大丈夫」と言い聞かせて歩き続けていました。
それは突然のことでした。
体がふわりとソファーに深く腰かけた時のような格好で高く浮かび上がるり、今度はゆっくりクルリと風に舞う木葉のように左回りに回転したかと思うと、直後にはすとんと地面に落ちて座り込んでおりました。
スカートから出た足を下生えの草がくすぐり、木々の幹が影のように立ち並ぶ間から濃い橙色をした太陽が私を照らし出しています。
「ここは……出口でしょうか?」
キョロキョロと首を振って見回せば、そこはお屋敷から抜け道を通って到着した最初の柵の前でした。
「ロゼリアーナ様!」
「お嬢様!?」
お屋敷の方から声がかかり、見ればリカルドと彼を良く誘いに来る騎士が走り寄って来る姿がありました。
「… …リカルド」
「ロゼリアーナ様!このようなお姿でどうされたのですか!?」
私の前で膝を付き、焦った様子で問いかけてきたリカルドは自分の上着を脱いで私の肩に羽織らせてくれました。
そう言えば抜け道を通った時に肌を引っ掻くほど枝で衣装を破いていましたわね。
ぼんやりとそのようなことを考えて何も話さない私の様子にリカルドは眉を潜めていましたが、一言断るといきなりの行動に出ました。
「失礼いたします。とにかくお屋敷へお戻りください」
「私は先にお屋敷へ知らせて参ります」
リカルドに抱え上げられて驚く私に騎士はそう言うと駆け去って行きました。
「リ、リカルド!下ろしてくださいませ!」
さすがに足をじたばたさせるわけには参りませんので言葉で伝えましたが、すでに歩き出していたリカルドは足を止めることも私を下ろすこともしてくれません。
「エドワード達を見つけなければならないのです!」
「すでにロゼリアーナ様も含めて捜索中でした。詳しいお話はお屋敷へ戻ってから辺境伯爵様へお伝えください」
リカルドが怒っています。
初めてです。
前を向いたまま、強い口調ではなかったのですが、いつもより低い声としかめたままのお顔に、私はそれ以上は何も言えずそのままお部屋まで運ばれたのでした。
それからアムネリアが泣きながら「私が不甲斐ないからお一人で……」と自責するのを否定して慰めてから、ようやく傷の手当と着替えをすることが出来ました。
とにかく早くお父様にエドワードを探していただかなくては!
身支度を終えた私はお父様の執務室へと早足で向かいました。
「お父様失礼いたします」
執務室の扉は開け放たれておりましたのでそのまま入室させていただきました。
「ロゼリアーナ!無事で良かった!」
お父様は椅子からガタンと勢い良く立ち上がると私を抱き締めてくださいました。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。お父様、驚かれると思われますがエドワード達はご無事でした。訳あって私は別行動でしたが、今頃はおそらく『暗闇の森』の柵近くに戻って来ておられるはずです。私もそうでしたから。でも、もしかしたらまだ眠っていらっしゃるかもしれませんので早くお探ししなくてはなりませんわ」
抱き締められたまま顔だけ上げて、とにかくエドワードの探索に出るようお伝えいたしました。
側で聞いていたアーマンドが出て行きましたからすぐに行動に移してくれるでしょう。
「陛下を見つけたとはどういうことだい?
ドロシーも直に来るから話してくれるね」
「はい」
それからすぐに顔を青ざめさせたお母様が来られて泣きつかれましたが、それほどまでご心配をおかけしてしまったことが申し訳なくて胸が痛みました。
戻ってきたアーマンドが用意してくれた紅茶をいただきながら、お屋敷を出てから先ほどまでのことを順を追ってお話しいたしました。
大蛇から聞いたお話の内容にはお父様も驚かれましたが、真剣な表情でメモを取っておられました。
一通り話し終えたところで急激に睡魔が襲って来て
私が起きるまでここにいると言い張られるお母様に見守られて、エドワードのことが気になっているのに関わらず体が睡眠を望む力に引き摺られるように、今度こそ深く寝入ってしまったのでした。
優しく髪を撫でてくださるお母様の手の温かさを感じ、やはり優しかった大蛇のことを思い出しながら。
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