第31話●笑顔を向けられて

 眠ってしまったようです。


 アムネリアが来てくれると言っていたような覚えがあるのだけれど。


 馬車を使っての移動は王都へ来たとき以来でしたけど、こんなに体が痛くなっていたかしら?


 横向きで馬車に乗るのは初めてだったからかしら?無駄な力でも入れてしまっていた?


 少し体の位置を変えるだけで体の節々の動きがぎこちないですけど、起きないと心配させてしまいますわね。


 ゆっくり起き上がり部屋を出るとリカルドとアムネリアが話をしているようでしたが、私を見て立ち上がりました。


「ロゼリアーナ様、お疲れは取れましたか?」


 心配していてくれた二人に微笑みながら大丈夫と伝えてから、少し遅い夕食をいただきました。


 夕食後、これからの行程は今日より進みを緩やかにして、乗合馬車一台に一日中乗り続かけることはやめることになりました。


 途中で乗り換えるということのようでしたが、どうやったら乗り換えることが出来るのでしょう。



 ※※※ ※※※



「こんにちは、お嬢さん方。見学かい?」


「こんにちは。はい、少し拝見させていただいておりましたがご迷惑でしたでしょうか」


「迷惑なんかじゃねぇよ。こりゃぁ驚いた。本当にお嬢さんだったのか。まぁ許してくれ。俺は丁寧な話し方なんて出来ねぇからな。ワハハハハ」


 手首の辺りの藍色から肘の辺りの浅葱あさぎ色ぐらいまで上に行くほど次第に色が薄くなるように染まり、手首から先は黒に近い止紺とめこんくらいまでに染まった手を振りながら、リアーナ様になれなれしく話をする男にハラハラしました。


 甕の中に入れた生地を素手で上げ下げしている様子に興味を持たれたリアーナ様が、立ち止まってご覧になられていたところでした。


 少し離れたところに染められた糸束が干されています。


「いえ、お気になさらず。でも、やはりお仕事のお邪魔になってしまいますわね。では頑張ってくださいまし」


 にこりと微笑まれたリアーナ様を見て、男は『えらい別嬪べっぴんさんだ!』と喜んでました。


 本当はリアーナ様の笑顔をあまり見て欲しくないところです。


 でも笑顔になられるのはリアーナ様のお心にも良いことなので我慢しなければ。


 ロキスの町の表通りは店舗や宿屋が並び、裏通りに入ると住居が多く、先ほどのような染めの作業もところどころで見かけます。


 染料を作る過程で臭いがする作業があるらしく、それは町から少し離れた場所に専用の作業場があるそうです。


 裏通りと言っても綺麗に整備されており、町に訪れる者が立ち寄る場所と住民の生活場所がわかりやすいように呼び分けてあるだけで、これくらいの大きさの町はどこも同じですね。


「ねぇ、アンナ、馬車の乗り換えはどうやってするのかしら。乗車料金は乗り場でしか支払えなかったわよね?」


「いえ、私達の行き先は辺境伯爵様の領都までですので、王都の乗り場でまとめて支払ってあります。目的地が書かれているこちらの木札を見せれば自由に乗り降りすることが出来るのです。町と町の間には馬車が毎日2便、距離がある場合は3便走りますので、後便でなければ乗り換えられるのですよ」


「そうだったのね。昨夜お話は聞いていたのだけれど本当は良くわからなくて謎でしたの。二人ともそれを知っていたからああして提案してくれたのね。ありがとう」


 今回は私達に向かって笑顔をいただきました。


 やはりお美しい。帽子のひさしの影による陰影がさらに美しさを押し上げています。


 ふと来た道を振り返られると、今しがたのにこやかなお顔から一転、帽子のひさしのではない陰がおもてに浮かんだように見えました。


「さきほどの方は手や腕が染まるほどにお仕事を頑張ってこられたのね。お一人お一人がそうして働いてお金を稼いで生活されていらっしゃる。王都のお店の店員さんや昨日の大きな男性達、他の皆さんも同じように。

 あのような方達を見ると、やはり私は特に何かをすることなく今まで過ごして来てしまっていたのだと感じますわ。……お手伝いさえすることが出来なかった…」


「ロゼリアーナ様……はっ、リアーナ様、まだお体の疲れが取れていないのかも知れません。宿屋へ戻りましょうか ?

 そのようなことはご心配される必要などありますせん。リアーナ様はいつもご立派でございます。つい先ほどでもリアーナ様が微笑まれたからあの方も笑顔になられていました。人はそれぞれ出来ることが違うから助け合い、支え合って生活を送っていけるのだと思います 」


 出先なのにお名前で読んでしまいました。

 気を付けなければ。


 少し困ったお顔に!


 私が呼び間違えたからかしら。


 それとも受け答えの内容選びに失敗してしまったからかしら…。



「おや?あそこに絵描きの子供がいます。描いてもらうのはいかがですか?」


 続けて何か言うべきが悩んでいるところに助けが入りました。


 ルード様が指差したのは裏通りから表通 りに抜ける小道の入り口で、『絵、描きます』と書いた板を、座っている椅子の脚にくくりつけた、十代半ばくらいの女の子でした。


 聞くと、まだ旅人などのよその人には相手にされないので、住民相手に練習がてら似顔絵を描いていると返されました。


「でしたら私達三人一緒に描いていただけますか?旅の途中ですのであまり大きくない方が良いのですが」


「え?描かせてもらえるのですか?ありがとうございます。でも、すみません。小さい紙だと二人までしか上手くかけないのです。せっかくだからお一人ずつか二人と一人で二枚描きましょうか?」


 嬉しそうに画紙を出しながら聞いてきます。


「そうですか。三人一緒にお願いしたかったのですが、では二人と一人にしましょう。

 私とアンナ、ルードは一人でもいいかしら」


「いえ、私は結構ですのでお二人でどうぞ」


 やっぱり護衛中に動けないのは困りますよね。


 私はリアーナ様と二人で描いていただけるの!?



 描いてくださった似顔絵は、小さいサイズながらも特徴をとらえてあるので良く似ており、リアーナ様も喜ばれておられましたのでひとまず安心しました。


 リアーナ様から素晴らしい笑顔を向けられ続けて描き上げられたは一枚のみでしたので、もちろんリアーナ様がお持ちになられるそうです。



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