王妃でしたが離婚したので実家に帰ります

金色の麦畑

第1話●署名しました

 トライネル王国の国王エドワード・ダ・ラル・トライネルの執務室には、大きな執務机が二つ置かれてある。


 一つは入室して目隠し用の衝立を越えた正面に扉を向いた形で置かれ、もう一つはその執務机に対して直角になる形で左側に置かれている。


 左側の執務机に積み上げられた書類を仕分けしているのは、国王の従弟で宰相のヴィクトル・ダ・ネル・トライネル。


「エドワード、いくらこの国が小さいとはいえ、私達が全ての書類を処理し続けるのは苦しくなるんじゃないか?

 部署ごとにまとめて提出してもらっていてもこの量なんだから、せめて宰相補佐として二人増やしたいんだけど」


「……? ヴィクトルは優秀だから大丈夫だと思ってたんだけどなぁ」


「おだてても駄目だ。今のままじゃ突発的に何か起きた時に速やかな対処が出来ないぞ。これが宰相補佐候補。」


「 ははっ!もう手配していたのか。人員確保するの大変だからどうしようかと思ったけど、ヴィクトルはさすがだね。これで少しは早く執務を終えられそうだ」


「いつもいつも二人の時間が少ないとぼやかれていれば、私もそれなりにやるしかないだろう」


「私の癒し時間が少ないのは本当じゃないか。休憩時間も少ないし」


「ふん、とにかく少しずつ仕事の効率化と分散を進めよう。伯父上達のように人員過多では困るが、今は少なすぎる」


 会話しなかがらもヴィクトルの執務机の書類の山は、緊急性、重要性などに仕分けされてエドワードの執務机に積み上がっていく。


「そうだね、いいよ。でも、とりあえず宰相補佐はこの一人だけね。ヴィクトルの推薦でも新設部署に二人追加は無理だから」


「わかった。早速連絡を入れておく」



 ※※※



「ねぇ、アムネリア。さっきエドワードから届けられたのだけれど、やっぱり署名しないといけないのかしら?」


 王妃ロゼリアーナ・メイナ・パラネリアは紅茶を淹れに行って戻ってきた侍女に話かけた。


「えぇっ?何故このようなものが!」


「新しくヴィクトル様の補佐になった人らしいですが、早めにお願いしますと言って先ほど箱ごと置いて行かれました」


 護衛騎士のリカルド・ドメトロスが困惑して答える。


「早めにって……」


 箱から取り出した手元の書類にはエドワードの署名がされている。


 急ぎでなければ届けられない王妃の署名を必要とする書類箱。


 それに一枚だけ入れられていたのだから間違いないと思われる。


「エドワードのお仕事は目が回るほどだと聞いてるわ。これ一つのことだけ聞きに行ってお仕事の邪魔をするも悪いし、急ぎってことは直接話をする時間もないってことでしょうし……そういうことなんでしょう」


「で、ですがロゼリアーナ様、よろしいのですか?」


「よろしくなくてもこうして届けられたのだから仕方ないわ。リカルド、こちら提出してきてね。アムネリア、私の支度とこれからの手配をよろしくね」


 落ち着いた言葉とは違って震える手で、それでも丁寧に署名した書類を箱に戻したものを渡され、リカルドは一礼するとそのまま王妃の間から提出先へと出ていった。


 しばらくぼんやりしてしまっていたアムネリアは、再度声をかけられると他の侍女達と一緒にロゼリアーナの為の支度を始めた。


「ふうっ、戴冠してからずっとお忙しいからと、いろいろ遠慮させてもらっていたせいかしら……。ぐすっ……」


 気丈に対応してはいたものの、回りに人の気配がなくなると急に不安になり涙が溢れた。


 それでも仕方ないと涙をハンカチでそっと拭うと、ロゼリアーナは立ち上がってテラスヘ向かい、ようやく見慣れ始めた庭園の眺めを記憶しておこうとじっと見つめ続けた。

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