第13話 ハッピーエンド


「アロガンシア! あんた、エーデルライトさまが好きなんじゃないの!? それがなんで、自分から大人しく身を引いてんだ! そんなタマじゃなかっただろうが!?」


 ダンスホールにリータの叫びがこだまする。

 怒りはとどまらず、リータは出席者を睨みつけた。


「おまえらもだ! ゲーム開始時は平民同然の下級貴族なんてクソだって言ってただろうが! 忘れたのか!? なんで認めちまうんだよォ!?」

【リータ……?】


 今この場で初めてリータの悪意に触れたノーマルーデは全身で困惑を表現する。

 エーデルライトやパーティの出席者も同じだ。突然叫びだしたリータを理解できない。

 理解できるのは、俺と、リライターの存在を知るアロガンシアだけだ。


「おやめなさい。わたくしが言えた義理かはわかりませんが、見苦しいですわよ」

「ああ!?」


 アロガンシアは顔をやや上に向け、見下すようにリータに言った。


「人は変わるのです。わたくしも、彼らも」

「おまえらは人じゃない、ただのキャラクターだ! 変わるワケねえだろ!」

「少なくともあなたはキャラクターですわね」

「あたしが? あたしは人間だ、おまえらとは違う!」

「いいえ。この世界に生まれた時点で、もうあなたはわたくしたちと同じもの。なのに外の世界の住人であった頃の傲慢を捨てられないから、あなたはわたくしたちを理解することもできなければ、アリフレッタさんの友達にもなれない。ご自分の運命を変えられない」

「違う……あたしは、おまえらなんかとは違うッ!」

【リータ……?】


 ノーマルーデは不用意にもリータに近づこうとする。


【どうして? リータはずっとわたしを応援してくれたじゃない! 苦しいとき、いつも優しい言葉をかけてくれた! それは、友達だからじゃないの?】

「ふざけんな、このバケモノ!」


 リータはナイフを抜いた。


「あんたは主人公で、あたしは友人キャラ……だから仲良くしてみせてたんだ。それ以外に、おまえみたいなバケモノと一緒にいる意味なんかあるか!」

「あら!」


 アロガンシアが笑う。


「自分の心に従うのでも利害関係ですらもなく、与えられた役割で友人を選ぶなんて、なんて虚しい人生かしら!」

「おまえが言うな! おまえが今日ここで婚約破棄されることは決まってたんだ! おまえらの人生、みんな決まってたんだよ!」

「知っています。わたくしは、知ったうえで、自らそれを選び、ここに来ました」

「選んだ……? 自分で?」


 信じられない、という顔をリータは浮かべる。


「不幸な運命を回避するもよし、あえて引き受けるもよし。自らの『覚悟』で選び取ったのなら、きっと地獄だって怖くはない。でもあなたは配役に従うにしても逸脱するにしても『覚悟』をしてこなかった。ただその場しのぎで小狡く立ち回っていただけ。違いますの?」

【あ、アロガンシアさま! わたし、2人の会話、よくわかりませんけど、リータちゃんはそんな子じゃ……】

「う、うるさいうるさい、どっちもやかましいんだ! ゲームキャラの分際で!」


 ああ。

 なまじこの世界がゲームの世界と知っているが故に、愛も友情も忠告も、リータにはすべて虚構としか感じられない。たとえエーデルライトと結ばれても、リータが幸福を感じることはないだろう。


【リータちゃん、落ち着いて!】

「あたしを哀れむな、おまえがぁぁぁぁ!」


 いけない。

 俺はリータとノーマルーデの間に身を割り込ませる。


 だけど、俺の更に前へ、身を投げ出した奴がいた。


「アロガンシア……!?」


 リータとアロガンシアの身体がぶつかる。

 ナイフが肉に差し込まれる、ぶすりという音が、やけに大きく聞こえた。


【アロガンシアさま……!】

「あなたは下がって! 殿下、彼女を……!」


 エーデルライトは己の愛する女を引き寄せ、凶賊から遠ざける。

 護衛の兵士たちが2人の盾となった。もうリータにノーマルーデを殺すのは無理だ。


「……意地悪して、ごめんなさいね、アリフレッタ……」


 謝罪の言葉はノーマルーデに届いていたかどうか。

 リータに蹴り剥がされ、アロガンシアは床に倒れる。

 ナイフが突き立ったままの腹部から流れる血が、ドレスを黒く染めていた。


「ぐっ……」


 だがリータもまた、腹部を押さえて這いつくばる。

 蒼白になったその顔。身体から、紅い液体がビシャビシャと絨毯の上に滴った。

 アロガンシアの手から、血に濡れた短刀が落ちる。


「……刃物を、持っているのが、あなた、だけとは、思わないで……」


 俺はアロガンシアに駆け寄った。だがどう手当てすればいいかわからない。

 救急車を――という声は、我先に逃げようとする出席者の悲鳴と、彼らに押し流されて前に進めない兵士たちの怒号にかき消される。


「ひどい、かお」


 アロガンシアは俺の顔を見て、力なく笑った。


「……だから、言ったでしょう、アインザムさん。お安くはない――と――」

「喋るな!」

「ど、どのみち、ここで死ぬつもりでしたの」


 アロガンシアは床に転がった短刀を見た。


「追放されて……モンスターに喰われるなんてまっぴら。だからね、あなたの前で、喉を突いてやろうと……」

「俺の前で?」

「……言ったでしょう……? わたくしは、嫌な女だ、と。……あなたの心に傷をつけたかったの。あなたにとって、わたくしなど、どこまでいっ、ても、架空の存在……、なのでしょう? ならばこの先、あなたが、何万冊の書を読み、ゲームをし、映画を観ても……、わたくし以上に、記憶に残るキャラクターなど、いないように――」

「…………どうして」

野暮な人いとしいひと


 アロガンシアの片手が持ち上がる――が、すぐにその手は力を失い、床に落ちた。

 なぜさっさと手を取ってやらなかったのか、俺は今でも後悔している。


 アロガンシアは婚約破棄され、死によって破滅した。

 ノーマルーデとエーデルライトは婚約し、予定通りの結末を迎えた。

 リライターは『幻麗のアストラルリート』世界から排除された。


 あとは、物語自身の力によって、あるべきかたちに戻るだろう。


 ハッピーエンド。

 やっぱり、ロクなもんじゃない。

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