滅びこそ、悪役令嬢(ヴィラン・レディー)の花道よ!?
鯖田邦吉
第1話 今日の取り巻きは妙に生意気です
『ダイブユニット、起動開始』
「起動開始」
「起動よし」
『ダイバー、エンゲージ』
「エンゲージ」
「生命維持装置、接続完了。オールグリーン」
『ジルゲンポリマー液、投入開始』
「ZP液の投入を確認」
「ダイバーのα波、規定値到達を確認」
「ZP液充填完了!」
「ユニット稼働率100%」
『ダイブ』
……目を開けたとき、そこは広い教室の一角だった。
朝の柔らかい日差しの中、格調高い制服に身を包んだ10代の少年少女が、1人また1人と座席を埋めつつある。
手を持ち上げれば、少女のものらしい細い指が視界に入り込む。
「……うわ、俺、女子高生になってるよ、ははは」
にんまり笑った俺が気持ち悪かったのだろう、通りすがりの生徒がぎょっとしたように離れていった。逃げられるだけならいい。中身がアラサーのおっさんだと知られたら、どんな応対をされるやら。
「アインザムさん! ちょっと来なさいアインザムさん!」
ヒステリックな少女の声が鼓膜にキンキン響く。
「アインザムさん……! 聞いているのですかアインザム!」
うるさいなぁ……。
誰だよアインザム、さっさと行ってやれよ。
いや。
アインザムって、俺だわ。
正確には、今使っているこの肉体のファミリーネームであった。
「へーい……じゃなかった、何の用でございましょう、アロガンシアさま?」
何度呼びつけても一向にやって来ない手下に業を煮やしたか、アロガンシア・アクーヤ・カントラニお嬢さまはご自分からやってきてくださった。縦ロールにした金髪がタービンめいて回転し、彼女の苛立ちを表現する。
「あなた、このわたくしが呼んでも返事をしないとは、ずいぶんとまあ、偉くなったものですわね!」
「ですわね!」
金髪お嬢さまの右後ろで、彼女の取り巻きである桃色髪の少女、クランクルムが追従してみせる。
ちなみに誰もいない左後ろが、俺、アインザムが本来いるべき場所だった。
「申し訳ございません、アロガンシアさま。体調が優れないもので」
「まあ、それはよくありませんわね」
アロガンシアは一転して心配そうな表情を浮かべる。
「ませんわね」
クランクルムがアロガンシアの語尾をなぞった。
基本的にこいつは他人の語尾を復唱する以外の発言をしない。
おまえの人生それでいいのか。
「……それよりアロガンシアさま、なにか御用でございましょうか」
「いいことを考えましたの」
「ましたの」
ニヤリと笑うアロガンシア。
どう贔屓目に見ても良いことを考えているようには見えない。
「耳をお貸しなさい」
ちゃんと洗って返せよ、という古典的ジョークを思い浮かべたが、口に出すのはやめておいた。
「実は……」
結論から言って、やはり良いことではなかった。
「……えーっ、アリフレッタ嬢の上履きに
「おバカさん! 声が大きいですわ!」
「ですわ!」
ノーマルーデ・アリフレッタという下級貴族の少女に対するいやがらせが、アロガンシアのトレンドだ。
「……なんで俺、じゃなかった私が?」
「あなたは寮生なのだから、他の生徒の誰よりも早く下駄箱に入れるではありませんの」
「その条件、クランクルムさんでも同じはずですが……。まあ、やれと仰せならやりますわ。でもいいんでございますの?」
「アインザムさん、あなたまさか、あの田舎娘の肩を持つのではないでしょうね?」
「しょうね!」
「アロガンシアさま。こんなことでエーデルライト王子のお心が戻ってくると、本気でお考えですか?」
「…………!」
図星を突かれたように、アロガンシアは黙り込んだ。
彼女がノーマルーデにいやがらせを行う理由はただひとつ。
アロガンシアの婚約者であり、この国の王子たるエーデルライト・ブリリヤール・ヴォワ・エギエネスが、最近ノーマルーデに熱を上げているからだ。
「王子はともかく、他人の婚約者とベタベタする女なんて普通は非難のマトなんでございますのよ。なのに世間では、アリフレッタさんを応援する声さえあります。なぜかおわかりですか?」
「…………」
「お嬢さまの評判が悪いからです」
「ぐっ!」
「でもってなんで悪いかってーと、やることなすこと陰湿で卑怯だからです」
「グハーッ!」
全力で目を背けている現実を突きつけられ、お嬢さまは白目を剥いて吐血。
「アロガンシアさまが今のままであれば、仮にアリフレッタさんを追い払えても、エーデルライトさまの心が戻ることはないでしょう」
「ゲハーッ!」
血を吐きながら床をのたうち回るアロガンシア。
「お嬢さま。仮にも公爵家の娘なのですから、アリフレッタごとき田舎娘にはない気品と高貴さでエーデルライトさまを惚れ直させる、くらいのことは言えないんですか」
「や、やけに言うようになりましたわねアインザムさん……」
「学友として、アロガンシアさまの今後を憂いたからこそ、苦言を呈しました」
嘘です。本当はいやがらせにつきあうのが面倒臭いだけです。
「……しかし、いいのですか、アインザムさん?」
アロガンシアはニヤリと笑った。
名門貴族の御令嬢がやっちゃいけないような下卑た笑み。
やっぱり上っ面の説教は1ミリも心に響かなかったらしい。
「わたくしがお父様に言えば、あなたの学費援助をストップさせられますのよ」
「…………」
「汚物を見るような目はおやめなさい!」
「……わかった、わかりましたわよ。やりましてよ、やればよろしいのでしょう。画鋲でもマキビシでもまいてきますわよ」
「それでいいのですわ、エーデルライトさまに近づく身の程知らずの小娘に思い知らせてやるのです、おほほほほ!」
小娘って、あんた同い年では……。
だが俺はもうなにも言わない。忠告はした。
アロガンシアは知らない。
この世界が、とあるゲームの中の世界であることを。
自分に与えられた役割が『悪役』で、そして悪役とは大抵の物語において成敗されるものであり――それはそう遠くない未来であることを。
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