第三章 タカト!大ピンチ!

第70話 おっせっかいな坊主!

「はい、こちらで人魔チェックを行っております」

「ただいま、人魔チェックの強化週間で~す」


 道具を納めて家路につくタカトたちを、二人幼いナースが突然呼び止めた。

 二人のナースを見たタカトは、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「俺はいたって健康体だから、別にいいよ」


 タカトはむげに断り、二人のナースの前を、通り過ぎようとした。

 ナースたちは慌てて、通り過ぎる二人の前に立ちふさがる。

 そして手を後ろに回して、鼻を突き出しクンクンさせながら二人の周りを回りだす。


「あれれ、人とはちがうにおいがしますよ~」

「しますよ~」

 上目づかいに二人を見つめるナースたちの目が、意地悪そうに輝く。


 まさか、神だということがバレた!?

 びくっと体を硬直させる、タカトとビン子。顔を見合わせた二人の額から、とめどもなく汗が噴き出していく。

 この場をいかに切り抜けようか。

 二人の間のアイコンタクトが無駄な重役議論を重ねる。


「人魔チェック受けとこうかなぁ~」

「受けようかなぁ~」


 右手と右足が同時に出てしまったタカトとビン子は、カクカクとぎこちなくナースたちの前に腰かけた。


「はい、それでは、準備しますね~」

「準備しますね~」


 二人のナースはにこっと微笑むと、あっという間に、タカトをロープでぐるぐる巻きにしてしまった。


「あら……」


 目が点になり、固まるタカト。


「ははは、また、騙されたわね!」

「騙されたわね!」


 二人のナースが、白衣を脱ぎ捨てる。

 そこには蘭華と蘭菊が腰に手を当て立っている。やけに後ろの太陽がまぶしい。


「また、お前たちか!」

 ロープに縛られたまま立とうとする。しかし、足も縛られていたためうまく立ち上がれない。そのまま地面に倒れ込んでしまった。

 地面で芋虫のように這えずるタカト。


「悔しがれ! それではいただこうか」


 蘭華がタカトのズボンのポケットの中をゴソゴソと探る。


「いやぁエッチ~! あっ! それは……あぁぁぁ……ガクっ」


 ビシっ! ビシっ! ビシっ!


「この不審者!」

 ビン子のハリセンが、まるでモグラたたきのモグラをたたくかのように芋虫の頭をシバキまくる。

 ほどなくして、芋虫は動かなくなった……


 その芋虫のはかない一生を目にし、生者必滅しょうじゃひつめつことわりを理解した蘭華と蘭菊は、芋虫の来世に幸多からんことを祈りつつ、合掌した。

 アーメン! ソーメン! ワンタンメン!

 二人には、まるで芋虫の魂が祈りと共に微笑みながら天に召されていくような気がした。

 芋虫の成仏を願った蘭華と蘭菊は、やることはやったと清々しい面持ちで、大銀貨7枚をビン子の目の前で広げ叫んだ。

「ははは、それではこの大銀貨はいただいていこう」

「いただいていこう」


 蘭華と蘭菊はビン子の横をすり抜け、走り去っていこうとした。


「待て! ダンスバトルは……」

 力尽きたと思われていた芋虫がムクっと顔を上げ、自信ありげに叫んだ。

 俺は蝶になる!


「待て!」

 しかし、そんな思いを遮るかのように、別の声が蘭華と蘭菊を制止した。

 その声の主は食料を調達しに街まで来ていたコウエンのものであった。


 立ち止まった蘭華と蘭菊は、一瞬、後ろを振り向いた。

 しかし、その声がタカトではなくコウエンであることを確認すると、また、向きを変え、何も言わずにそのまま走り去りさっていった。


「待て!」

 コウエンが再び叫んだ。

 そして、咄嗟に二人を追いかけようとその足先に力を込める。

 そんな動きを制するかのように、ビン子のハリセンがコウエンの行く手を塞いだ。

 いつの間にロープをほどいたのであろうか、タカトは服についた土ぼこりを払いながら、コウエンに語り掛けた。


「別に、いいんだよ」


「君たち、毎回毎回、盗まれているけど、大丈夫なのかい」


 グー……

 間が悪い。こんな時に限って腹がなる。照れ笑いするタカトは拳で腹を押さえつけながら虚勢をはった。

「まぁ、飯が少なくなるだけだよ……」


「ちゃんと食べているのか……」

 コウエンは、心配そうに二人を見つめる。


「あぁ、大丈夫だよ。なぁビン子」


「うん」


 グー……

 今度はビン子の腹がなく。恥ずかしさで耳元まで真っ赤になるビン子は、シャツの裾を握りしめ気まずそうにうつむいた。


 大きくため息をついたコウエンは、自らがもっていた食料をタカトへと押し付けた。

「僕がもっているのをやろう。何かの足しになるだろう」


 しかし、タカトは掴んだ食料をコウエンに押し返して断った。

「あんたが困るだろう」


 コウエンは自らの両手を合わせて目をつむる。その坊主頭に吹き抜ける爽快な風のようにすがすがしい笑顔を浮かべながら。

「僕からではありません。神の御心みこころです」


 お地蔵様のように祈り動かぬコウエンは、タカトが押しつける食料を、いっこうに受け取る気配を見せなかった。

 ついに根負けしたタカトは、つぶやいた。


「分かったよ」


 タカトは、食料を掴んだ手を降ろすと、黙ってどこかに向かって歩き出した。

 不思議に思ったコウエンはタカトの後をカルガモのヒナのように間隔をあけてついていく。


『せめて、ありがとうぐらい言えよ』

 何も言わないタカトに対し、小さな小さな苛立ちが、泡のように沸き起こる。


 その煩悩の泡を払うかのように気持ちを切り替えようとしたコウエンは、傍らを歩くビン子にその行く先を尋ねた。


「秘密」

 ビン子は笑いながら答える。


 コウエンの眉間の間に力がこもる。

 こいつもかとムッとした自分に対し、修行が足りぬと何度も何度も言い聞かす。

 コウエンは、一人、合掌しながらついていく。


 そんなこんなをしているうちに、タカトは一般街にある古びた病院の外門をくぐり中庭へと入っていった。


 コウエンは外門のところで立ち止まり、タカトとビン子の様子を伺った。

 タカトは病院の入り口から出てきたナースに食料を渡す。

 そして、両手を突き出し深々と頭を下げた。

 すると、突然、横にいるビン子にハリセンでたたかれた。


 コウエンは入り口から少し離れた柱の陰に二人の子供の姿を見てとった。

 その子供たちは柱から、時折、ちょこんと顔を出し、タカトたちの様子を伺っている。

 タカトが動くと、身を隠す。

 まるで、タカトとビン子に見つからないように、かくれんぼをしているかのようであった。

 しかし、離れたコウエンからは、その隠れるさまは丸見えである。

 どうやら、その子供たちは蘭華と蘭菊のようである。

 蘭華は陰に隠れるように柱にもたれ、下を向きながら、小石をけっている。

 小石がカラカラと転がっていくと、先ほど蹴った小石にぶつかった。

 蘭菊は、柱の陰からそーっと顔を出しタカトたちの様子を遠目にうかがっていた。


「あぁ、あの子たちには、何か事情があったんだ……」

 コウエンは、自分を責めながらつぶやいた。


 頭をさすりながらタカトが病院の外門へと帰ってくる。

 コウエンの側を通りすぎながら、つぶやいた。


「いまさら返せとか言うなよ」


「あぁ」

 通り過ぎるタカトの後を追うコウエンは、解衣推食かいいすいしょくすなわち、人を深く思いやる教えを、このちゃらんぽらんな男から授かったかのような気がして少し恥ずかしそうであった。

 おそらく、自分の御仏に仕える心の修行がまだまだ足りぬと恥じたのであろう。


 しかし、タカトは決して、そんな高潔な男とは、違うと思うぞ……

 たぶん、あいつは、自分が面白いからやっているだけだと思う。


 仰々しく蘭華と蘭菊にお金を恵んでやって、感謝されたいわけではない。

 どちらかと言うと、お金を渡しているのはタカトの勝手な行動なのだ。

 そんなことで、蘭華と蘭菊に引け目に感じられては、余計に困る。

 そんなの全くおもろない!


 ただただ、蘭華と蘭菊が辛そうな顔をしているのがタカトにとって面白くないのだ。

 日々、幼いながらも母のために必死に頑張っている。

 タカトは母のために何もできなかった。

 なのに、あの二人は頑張っている。

 皆に馬鹿にされても働き続ける。

 でも、誰も救いの手を差し伸べない。

 母がいなくなるかもという不安と絶望が、蘭華と蘭菊の笑顔を奪っていく。

 ――そんなの全くおもろない!

 頑張っているんだから、笑っていいじゃないか。

 いや、笑うべきなんだ!

 それが、ほんのひと時だったとしても。

 そして、それが、一時しのぎだと分かっていても。


 自分たちが腹を空かそうが、蘭華と蘭菊の二人がちょっとでも長く笑っていれば、それだけで十分だったのだ。

 

「このどあほ! また、盗まれたのか!」


 ドアを開けたタカト達に向かって、テンプレのような権蔵の怒鳴りごえが響き渡る。

 慣れたタカトは、右小指で耳の穴をほじりながら、部屋へと入ってくる。

 ビン子も慣れてきたのだろうか、以前までのうつむき姿とは異なり、手を後ろに回し普通に入ってくる。


 大きな耳あかでもとれたのだろう。小指をシャツにこすりつけながら、タカトは言う。

「ちぇっ、いいじゃんかよ。大銀貨の6,7枚大したことないだろう」


「アホか。明日からの飯はどうしたらいいんじゃ」

 腰に手を当てた権蔵は、あきれた様子で肩を落とした。


 耳垢が、しぶとく指からとれないのだろうか、シャツにこすりつけた小指を左手の親指でこすっているタカトは、まるで人ごとのように、あっけらかんと答える。

「とりあえず、森にでもいって何かとってくればいいだろ」


「それなら、お前が行くんじゃろうな……・」

 うなだれた権蔵の目が、鋭くタカトをにらみつける。


 しまったと思ったタカトは、軽く後ろにのけぞると、傍らのビン子に目を向ける。


「へっ……ビン子ちゃんお願い」


 助けを求めるように、ビン子に手を伸ばす


「ちょっ、汚い!」

 ビン子は、タカトの右手を嫌がるかのように払いのけ、身をよじる。


 タカトたちの後を追って部屋に入ってきたコウエンが話をさえぎろうとした。

「実は……」


 ビン子がとっさに振り返り、コウエンの口をそっと指で押さえる。

 その顔は、にこやかに片眼を閉じ、分かっているでしょと言わんばかりであった。


「お前は学習と言うものが……っと、そちらの方はどなたじゃ?」

 割って入ったコウエンに気づいた権蔵は、だらだらと続く愚痴を止めた。


 コウエンが両手を合わせ、丁寧に丸坊主の頭を下げた。

「万命寺の見習いでコウエンと申します」


 タカトが思い出したかのように身を乗り出し、権蔵の前で真剣なまなざしで敬礼をする。

「そうだそうだ。こいつから食料をいただきましたが、不肖タカト、それも盗まれました!」

 しかし、その顔に反省の色が全く感じられないのは、日頃のタカトの行いのせいなのか、いや、その口元に全く反省の色が現れていないからなのだろう。


 もう、怒る気力も失った権蔵は、大きくため息をつく。


「何を人ごとのように……この馬鹿者が!」


「こいつに何か代わりになるものをあげてくれないか。寺に帰ったら、きっと怒られるからさ」

 コウエンのことを心配するタカトは、権蔵にお願いする。タカトの気持ちを汲んだのか、権蔵は顔の横に手を振ると、しょうがないというような雰囲気を漂わせながら部屋の奥へと消え、ごそごそと何かを引きずり出してきた。


「あげたいのはやまやまだが、ご覧のとおり我が家にも食料がほとんどない。せめてこれでも持って行ってくれ」

 権蔵は干した野菜、いや木の根っこだろうか?細く黒くてごわごわと干からびたものの束を持ちだした。

 そして、権蔵は、それを静かにコウエンへと差し出した。

「今はこれしかないが、わしらではこれで精いっぱいなんじゃ」


「これをいただくわけにはまいりません。これがなくなれば、あなたたちが食べるものがなくなります」

 コウエンは、身を後ろに引き、両手を突き出して断った。


「いやいいんじゃ。こいつが世話になったのじゃから、これぐらいはせんとな。ましては神仏へのお布施じゃからな」

 権蔵は干し野菜を持っていない手で、かるくタカトの頭をはたく。

 いてっ

 頭をおさえるタカトが、ペロっと舌を出した。


「こちとら、こいつらが来てから貧乏生活にはなれとる。気にせんでええ。明日には森にでも行って動物でも狩ってくるから安心せい」


「それでも結構です……」

 かたくなに断るコウエン、根負けする権蔵はそうかと言って、干し野菜をひっこめた。




 コウエンは出口で振り返ると、権蔵たちに深々と頭を下げた。そして、夕焼けの道を万命寺へと帰っていく。


 それを見送る権蔵たち三人。権蔵は静かに、そして少しうれしそうにタカトに語り掛けた。

「やっと、友達ができたんか?」


「俺は友達なんかいらん!いるのは愛人のみ!」

 胸を張るタカト。

 しかし、小さくつぶやく。


「……ただのおせっかいなやつだよ」


「そうか、そうか。かわいいお嬢さんじゃないか」

 振り返り、家の中に入ろうとした権蔵は嬉しそうに、タカトの頭に手を置いた。


「えっ! 女だったの」

 驚くタカト


「気づいてなかったの!」

「!?」

 驚くビン子と権蔵が一斉にタカトを見る。

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