仮想空間でドルオタしてたら高飛車アイドルをプロデュースする羽目になった話

九十九髪茄子

第1話 決戦!『プラネットシステム』のライブバトル

1-1 キミ、アタシをプロデュースしなさい

「単刀直入に言うね。キミ、アタシをプロデュースしなさい!」


「………はぁ?」


 三秒遅れて変に甲高い「はぁ?」が出た。力強く命じる久能くのう侑莉ゆうりの言葉と、まるで釣り合わないマヌケな音だ。


 その日の朝、僕の机に入っていたのは『昼休み、体育館の裏で待ってます』と書かれた紙切れ。世界の流れから何周も遅れたベッタベタな呼び出し。こんなの大昔の漫画でしか見たことがない。けど、そんな漫画に出てくるような不良グループに目をつけられる覚えはないし、異性に告白されるような覚えはもっとない。

 何事かといぶかりながらも、呼び出し場所に行くと、待ち受けていたのはクラスメイトの久能だった。一ヶ月ほど前に、我らが『私立ヴァンドーム学園』の栄光ある芸能科から、下々のモブ一般人(例えば僕のような)が暮らす普通科へと編入してきた少女だ。


織部おりべ信乃しのくん、あなた『あっちの世界』ではちょっとした有名人よね?」


 心臓が掴まれた思いがした。


「あ…あっちの世界? …えーっと……なんの事?」

「とぼけないで。『SEEF』に決まってるでしょ?」


 久能は即答する。そりゃそうだ。SEEFは、今や世界人口の40%がユーザーと言われている仮想世界体験システムだ。LDR(ルシッド・ドリーム・リアリティ)と呼ばれる技術で、自由に夢の世界へ旅立つことが出来る。今の時代、日常会話で「あっちの世界」といえば、SEEFの事だ。


「確かに一応、SEEFはやってるけど…。それが、どうしたの?」

「キミ達が向こうの世界でやってるプレゼンチャンネル、あるでしょ? アイドルの。アタシ、アレを見たの」


 その一瞬、「ふふっ」と久能が笑みをこぼす。


「なかなかよかったよ、ハウンド・マウンド君」


 終わった。ハンドルネームを呼ばれた瞬間、掴まれたままだった心臓は、「ぶしゅっ」と音を立てて握りつぶされた。


「な… なんでその名前知ってるんだよ……?」


 冷静を装うが、声が上ずっているのが自分でもわかる。


「そんな事はどうでもいいでしょ。それよりもさ、面白かったよ、織部くんのプレゼン」


 わざとそうしているのか、久能は僕の本名とハンドルネームを混ぜながら話を続ける。


「アイドルに対する情熱がちょっと引くレベルで熱かった! それとキミのアイドル観も面白いよね。大昔の現実世界のアイドルと比較したりして……まさしくオタク。ただのアイドルのファンって意味のオタクじゃなくて、『アイドル』そのものを病的に知り尽くしている、本物のドルオタ!」


 褒めてるのかディスってるのかわからない評価。嬉しくもなんとも無い。


 アイドル産業は、今SEEFで最も注目されているネタのひとつだ。SEEFは人の脳波を読み取ることで構築される仮想世界。思考を具現化できる世界だ。想像力によって拡張されるアイドルたちの歌は、ダンスは、ステージは、現実世界のそれとは比較にならないほど、まばゆい輝きを放つ。

 僕はSEEFで活躍するアイドルたちを追いかけ、その筋のドルオタたちからは確かな情報源として信頼されている。

 久能が話すプレゼンチャンネルとは、ドルオタたちが自分と同じ"沼"に人を引きずり込むために、推しアイドルの魅力を語るSEEF世界でのフォーラムだ。僕が周りのドルオタたちと始めたもので、今では広告料で小遣い程度の収益を得られるくらいには注目されている。


 ……けどその事は、現実世界ではごく一部の友人しか知らないはず。誰かが漏らした?よりによって一番知られたくない人種に…!?


「キミの、そのちょっとキモいレベルの熱にピンときたのよ!だからアタシに協力しなさい!」


 目の前の小柄な少女は、腕組みをしながら命令口調で話しかけてくる。やっぱりだ。こいつも芸能科にいた頃の気分が抜けていない。普通科の生徒を見下している。自分だって今は普通科生徒のくせに……。


 編入前に彼女が在籍していたヴァンドーム学園芸能科は、SEEF内のアイドルたちを育てるための教育機関だ。あっちの世界では今〈六華仙ろっかせん〉と呼ばれる6人のアイドルたちが頂点に立っている。その6人全員が、ヴァンドーム学園の在籍者・卒業者で、学校もそれを売り文句にして、多くの生徒を集めている。

 〈六華仙〉と彼らに憧れて入った生徒たちは、SEEF世界で莫大な収益を上げている。学校も、それを運営の資金源としている。僕ら普通科生徒の学費が嘘みたいに安いのもそのためだ。だから学園内には、上流階級の芸能科と、下層階級の普通科というヒエラルキーがある。


「協力してくれれば、悪いようにはしない。アタシのプロデュースをするんだもの。こんなせせこましくて貧乏くさい普通科を辞めて、芸能化へ編入することだって不可能じゃない!」


 ちょっと待て。マジで何言ってるんだコイツは?


「芸能科へ編入? 君はその貧乏くさい普通科に落ちてきたんだろ。競争の激しいアイドル社会で負けてさ」


 輝かしい芸能科から、一般人モブの住まう普通科へ編入してくる生徒は定期的に存在する。その理由は単純明快。落ちこぼれだからだ。

 この学校は、芸能科生徒のアイドル活動で運営されている。それはつまり、数字を出さないアイドルは容赦なく切り捨てられるということだ。最高水準のレッスンを受けながらも、仮想世界で結果を出せない生徒は、普通科への編入を余儀なくされる。


 それでもなお、彼らは普通科生徒を見下し続けるのだから、同じ教室の僕らはたまったもんじゃない。だから編入生は、いつもれ物扱いだった。そして一般人モブたちに馴染めない彼らは、いつの間にか退学届を出して姿を消す。

 入学してから一年半の間に、そんなことが何回かあった。その最新バーションがこの久能侑莉というわけだ。


「まさかと思うけど、芸能科に戻れるとでも思ってる? 僕が入学してからそんなヤツ一人も見たことないけど?」


「でしょうね」


編入生おちこぼれの久能侑莉ちゃんは、口元に不敵な笑みをたたえて腕組みの仁王立ちを続けている。


「アタシはそーゆー負け犬たちとは違うから。その気になれば元の場所に戻ることだって、キミをそこへ連れていくことだって出来るの!」

「……大した自信だね」

「そりゃそうよ。その理由、キミならわかるはずだけど?」

「は?」

「アタシを見て、話して、気づくことはないの、ハウンド・マウンド君?」


 見て…話して……? そう語る久能侑莉の姿を改めて眺める。



 あれ?



 腕組み、仁王立ち、不敵な笑み……何より、その高圧的で自信たっぷりな口調。脳裏に、一人の大人気アイドルの姿が浮かび上がる。というか僕の推しの一人だ。


 久能の小柄な背丈は、長身の彼女とはまるで違う。久能の肩までの長さの黒い髪は、彼女の赤髪とは似ても似つかない。鎖骨からおなかまでストンと落ちる久能の身体のラインは、魅惑的な谷間を持つ彼女の胸元とはまるっきり別物だ。けど……


「まさか……炎浦ほのうらイオン……?」


 久能は黙ってうなづく。その無言は、自分の正体の表明だった。


 炎浦イオン。〈六華仙〉の一人で、SEEFのアイドル界を代表するアイドルだ。燃えるように輝く長い髪と、やや吊り気味でルビーのように光る瞳がトレードマークの美少女で、誰にも物怖じしない強気で高飛車な言動が人気を博していた。


・いい加減視界から消えてくれない? 今夜の夢見が悪くなるから。

・取り巻きが欲しくて〈六華仙〉やってるんじゃないの。アンタと違って。

・ときどき頭が悪い人が羨ましくなる。どーせ怖いものなんて無いんでしょ?

・そんな醜い性根でよくアイドルできるね?

・私が〈六華仙〉じゃなくなる時? それってSEEFがサ終するときでしょ?


 もはや高慢とも言えるような彼女の名言禄の数々だけど、アイドルとしてのの実力は本物だった。そんな性格だから彼女には敵も多く、〈六華仙〉の座を奪うべく勝負を仕掛けてきたアイドルも他の〈六華仙〉メンバーと比べると、ずば抜けて多かった。

 それでもライブ感動度勝負、ライブ動員数勝負、楽曲購入数勝負、歌唱力バトル、ダンスバトル……あらゆるルールの対決で一度も負けたことがなく。30勝無敗を誇っていた。


そう、誇って「いた」



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