第23話【あたしと文人の秘密】

 十年前、茜は母親の百合子と共にデパートへと買い物に来ていた。


 そこで同じ境遇の男の子と出逢い、行動を共にするなかトイレをしたくなり……。


 そんな二人は狭いトイレの個室にて密着して固まっていた。

 ドアの向こうにいる人に、子供だけでいるのを隠す為に……

 


「ふーんふーん」と鼻歌のような、やや年老いた女性の声を出しながら、近付いてきた人物は二人のいる個室の扉を二度叩いた。

 

 男の子はそれに対して、お返しのように躊躇ちゅうちょなく二度叩き返した。


 「やっぱり入ってるか……ここは後で掃除しますね~」


 そう言ってその人物はトイレ内の掃除をし始めた。


 「あなたやるわね……てかそろそろ限界……。早く出ていって……」


 男の子の陰に隠れていた茜は、再び男の子を扉の向こうに押し出そうとした。


 「おばさんまだ外にいるよ?」


 「うぅ……」


 男の子を一人で個室から追い出すと、男の子が怪しまれるのと同時に掃除の人が個室に入ってくる。そうすると茜も男の子と一緒に入っていたことがバレてしまうと思い、追い出すことは出来なかった。

 

 ただ……そんな茜も我慢の限界であった。



 「……絶対こっち……みないでよ」


 

 「うん」



 茜は男の子にきつく言い聞かし、ドアの方へと体を向けさせ、音消しを鳴らして行った。


 

 その間、男の子は茜の方へ全く振り向かず、言い付けを守りきった。

 

 だが、男の子が例えドアの方を向いていようと、男の子が居てる目の前でするのは、幼い茜であっても尋常じんじょうではない恥ずかしさがあった。


 「見てないし聞いてないよね?」


 「うん。見てない」



 終わったあと茜が男の子にもう一度聞いた。



 「……聞こえてもないよね?」



 「……ジャーってちょっと言ってた……」



 「バカッ!」



 男の子はとても正直者であった。


 

 そんな二人は場所を移動し、売り場の外れにある休憩スペースの椅子に座っていた。


 「ねぇ?これからどうする?あなたよくここに来てるならママたちの行った場所知ってるんじゃない?」 


 「うん」


 「えっ……じゃあなんで最初から連れて行ってくれなかったの?」


 

 「きみと一緒にいたかったから……」


 

 「あたしと……?」


 「うん」



 そう言って男の子は握っていた茜の手をさらに力強く握った。

 そんな男の子の顔は少し赤くなっていた。


 茜はこれまでの男の子と一緒にいた時間で、多くは語らないが、正直者で悪い子ではないと確信していた。

 

 「きみじゃない。あたしはあかね。たかやまあかね。あなたは?」


 母親より簡単には名前を名乗らないようにと言われていた茜だったが、彼の名前を聞きたくなりここで初めて自身の名前を名乗ることにした。


 「……ふみと。おおさわふみと」


 

 この時、この先長い付き合いになるであろう二人は出逢った。  

 

 

 二人の前に「ピンポンパンポーン」とどこからか音がなった。

 耳を澄ますと、二人の名前や今着てる服装が館内中に放送されていた。


 「ママたち探してるって。もどる?」

 

 その放送を聞いた文人が茜に言った。 


 「ママたち怒ってるよね……」


 「うん。怒られるね」


 そう下を向いて考え込んでた二人の前に「君たち~!」と大きな声で二人を呼ぶ声が聞こえた。


 振り向くと警備員の格好をしたおじさんが、一目散いちもくさんにこっちへと向かって走ってきていた。


 「ねぇ、あたしまだふみとと!」


 茜は文人の方を見つめて言った。


 「ぼくも、あかねと!」


 文人も同じように茜を見つめながら言った。

 

 これが二人の気持ちが繋がった瞬間だった。


 

 「じゃあ一緒に逃げようか?」



 茜は握っていた文人の手を持ち上げて笑顔で言った。



 「うん!」



 文人はこの日一番の返事をした。直後に二人は走り出した。


 茜が文人の手を引っ張ったのを皮切りして。


 「あっ!ちょっと!君たちどこに行くの~!お母さんたちが心配してるって!ちょっと待って~!」



 しばらくの間、二人はお互いの手を強く握りしめながら、デパートの中を駆け抜けた。


 その時、茜はこう思っていた。(文人とならどこまでも行ける!)と。

   


 「茜~!」「文人~!」二人は走り疲れ、母親たちが待つ場所に辿り着いていた。

 

 二人は再会した母親たちに強く抱き締められた。


 


 「本当にどこにも行かないようにってあんなに行ったのに……」


 「うちも一緒です」

 

 「あら、そうなの?」


 「やっぱり子供だけで置いておくのは危ないですよね……」


 「これからは必ずバーゲンにも連れていかないとね」


 「そうですね……でも二人……手なんて繋いじゃっていて……微笑ましかったですね」


 「本当ね。高山さんところの家はどの辺なの?」


 「最近引っ越して来まして――」


 「――あら、うちの近所ね。これからもよろしくね」


 「こちらこそお願いします」


 こうして母親同士も仲良くなり、この先も頻繁に会う機会が増えていくこととなった二人。


 

 【入学式当日】


 「うん」


 「あっ!また『うん』って言った。文人はあの頃から何にも変わってないね」


 「それってどういう――」


 

 「――えっ、ちょっと待って!」



 文人の話しをさえぎって大声をあげる茜。


 「急にそんな大声出して……ビックリする――」


 

 「――それってもしかしても覚えてるの!?」


 

 「って?」



 「いや……それはあれだよ……」


 「えっ……なに?」


 「……いや……その」


 「だから何?今は茜が俺みたいになってない?」



 「あっ~!もう!だ、か、ら!…………よ」



 「えっ?なんて??」



 「もう~!!ジャーのやつって言ってるでしょ!!!」


 暗闇の中、茜の顔は茜色に染まっていた。



 「ジャーのやつ?炊飯器??」



 「……覚えてないならそれでいい」



 茜は文人がバカで助かったと考えていた。


 

 「あっ!ジャーってもしかして……一緒に入ったトイレの――」



 「――んもぅ!!何で思い出すの!!信じられない!!分かってると思うけどこのこと絶対誰にも言ったらダメだからね!!もし言ったら……」


 

 茜は文人の肩を拳で叩きながら言った。



 「分かってるって……俺もこんなこと恥ずかしくて誰にも言えないって……」   



 (それに……明日以降の俺はこのやり取りを覚えてないんだし……)  


 

 「もう文人のせいで何かすごく暑い。話し変えるけど、今のこと覚えてるってことはお祭りの日のことも覚えてるよね?」


 

 「今のことってジャー――」



 

 「――それ以上言ったら殺す……」


 文人の目の前にて、乾いた笑顔で拳を握った茜。


 (もう死んでるようなもんだけど……)  


 

 二人はあのお祭りの日の事を話そうとしていた。

 あのお祭りの日は、二人の関係性に関わる重要な二つの約束をした日でもあり……

 その約束が運ぶ二人の結末とは……。


次回【(24)告白】

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