第8話【終わり行く高校生活の中で】
最後のホームルームは松木先生の生徒たちへの想いが詰まった言葉で締めくくられた。
松木先生の想いの詰まった言葉を聞いた生徒たちはそれぞれの想いを胸に動き出す。
ホームルームが終わり、多くの生徒が松木先生の周りに集まっていた。
「先生!今までありがとうございました!」
「先生の最後の言葉は一生忘れない!」
などと、様々な言葉が飛び交うなか、裕二は立ち上がった。
「じゃあ俺、帰るわ」
文人の目の前に来て軽く言い放つ。
「俺たちには高校生活での良い思い出なんて無いし、松木の言ってたようなきれい事には縁がないよな」
松木先生の方を向き小声で話す裕二。
「そうだな」
と言葉少なげに返す文人。
「お前は、まだ帰らないのか?」
「うん。もう少ししてから帰るよ」
「そうか。今思えば俺はお前と出会って、少しはましな高校生活を送れたと思うよ。じゃあな」
そう文人に話し裕二は教室を後にした。
教室に残った文人は、松木先生の言っていた最後の言葉を思い出していた。
(いい思い出ねぇ…そんなもの俺には無いよなぁ…
ここにいるみんなの事なんて思い出したくもないし)
皮肉な考え方をしている文人だが、もちろん文人の高校生活が全て悪い思い出だった訳でもない。
1度は茜に恋をし、茜と付き合い、充実した日々を送った時が文人にもあった。
しかし、今の文人は違う。
茜は当時の文人にとっての親友だった、陸と付き合うようになったからだ。
そして、教室でいる際は、二人の仲むつまじい様子を嫌でも目に入ってくる高校生活が半年以上も続き、教室にいるときは校庭を眺める事が文人にとって当たり前のようになっていった。
茜と陸、同時に二人に裏切られた文人は、教室以外でも周りの友人関係などの人間関係を極力避けるようになり、徐々に1人でいることが多くなる。
そして、ある時からクラスの中で浮いた存在の、裕二と話をする機会が増えていき今に至る。
それでも、信頼していた松木先生が言った言葉を、何とか前向きにとらえようと必死で考える文人。
(いい思い出か…裕二と二人で周囲を否定したり、放課後に残って松ちゃんに個別で試験勉強を教えてもらったりしたぐらいか…)
と、いつものように席に座り校庭を眺めながら考え込んでいる文人。
「大沢~ねぇ、大沢~!」
どこからか自分の名前を呼びかけてくる声がした。
文人はとっさに辺りを見渡す。
そこには1人の女子が立っていた。
立っていたのは茜の親友…
「長澤…」
思いもよらない人物に声をかけられ、びっくりしたように文人は呟く。
「あのさぁ、最後だし二人っきりでゆっくり話しをしたいんだけど今いい?」
そう言って、文人をホームルームが終わった教室から連れ出す結香。
〈スタスタスタ!〉
足早にどこかへ行こうとしている結香に、ただ着いていくのが精一杯の文人。
文人たちの教室がある3階から階段を降り、1階まで降りた時だった。
「なぁ、何処まで行く気なんだよ」
と文人がようやく言い放った。
「もう少しで着くから」
と、結香は足を止めることなく歩き続ける。
そして、着いたのが旧校舎1階のとある空き教室だった。
「ここって…卓球部の…」
と言い、突っ立っている文人。
「さぁ、入って」
そんな文人を、半ば強引に中へ誘導する結香。
文人たちが入った空き教室は、部員の少ない卓球部の練習場所として使われていた空き教室だった。
「今さら、どうして俺をこんな場所へ連れてくるんだよ?」
と、教室の中に入った文人は不満そうに言う。
「ごめん。ここしか、人気のなさそうで、落ち着いて話せる場所が思い浮かばなかったから」
と結香が返す。
確かに、卓球部の練習場所でもあったこの空き教室は、旧校舎の1階の一番端に位置して人気がほとんどない場所ではあった。
それでも、文人からしてみれば、この空き教室よりもっと他に良い場所があったのではないかと疑問に思っていた。
「話ってなに?」
と結香に問いかけた文人。
すると、結香はラケットと玉を手に取った。
「ちょっと打ち返してよ!」
と結香は言い、文人のほうに目掛けて玉を打ち込む。
〈カッ!〉
文人はとっさに、目の前にあったラケットを掴み、飛んできた玉を打ち返した。
〈ポーン!カッ!ポンポン、カッ!〉
その後も二人の打ち合いが続く。
「ここでよく、四人で練習したよね…あの時は…楽しかったよね!」
そんな最中、結香が突然話し始めた。
結香が言う四人とは、結香、文人、茜、陸の事だ。
言うまでもないが、その四人は、文人と茜が別れるまで、よく一緒にいる事が多く、卓球部の部員が少なかったこともあり、卓球部の結香と陸に付き合うようにして、文人と茜も放課後に一緒になって練習をしていた。
「あの時は楽しかったよね」
懐かしむ結香に話を合わせるように文人も話した。
その後も、打ち合いをしながら結香が四人で過ごした日々を話し続ける。
それから数分が経ち、結香がこう言った時だった。
「でもさ、あの時より今の茜が本当に幸せに見える。だから大沢には悪いけど、私はあのまま茜と大沢が付き合っているより、二人が別れて陸と付き合うことになって良かったと思ってる。
大沢もそう思わない?」
突然の結香からのきつい質問に戸惑う文人。
「そうだね…」
文人は精一杯の言葉を絞り出した。
そして、文人が結香の質問に答えた直後だった…
〈カーン!!!カッ!!シュッ!〉
結香が打った見事なスマッシュが、台に1度バウンドして文人の顔の横を通過する。
「ごめん!ちょっと力入りすぎて強く打ちすぎた。大丈夫…?」
と、すぐに謝る結香。
「大丈夫、大丈夫」
と言って文人は床に転がった玉を拾いに向かう。
「あれ?どこに行ったんだろう…?」
文人が玉を探している間に、結香はラケットを置き、文人の方をにらみつけながらこう切り出した。
「やっぱり大沢は本音を言わないよね…」
短くも重い言葉に文人は思わず顔を上げて結香の方を見つめる。
「茜も悪いところがあったかも知れない。
でも、付き合ってるときに大沢がうじうじして、茜から逃げていたから茜は陸のところに行ったと私は思ってる。
大沢が、茜ともっと本気でぶつかっていれば、こんなことにはならなかったかも。
別れてからもそう。教室で茜のこと気になっていたよね?
声をかければよかったのに、いつも校庭を眺めて避けていたでしょ?
声をかければ、取り戻すチャンスがあったかも知れないのに…
どうして何もしなかったの??
って、今さら大沢を責めても遅いよね」
と苦笑いしながら言う結香に対して、ただ呆然と立ち尽くしている文人。
「もう卒業したんだし、これからは逃げないで何でもぶつかっていくように生きてみなよ。
それで、大沢も茜といるより幸せだと思える相手を作って、茜より幸せになって私たちを見返してみなよ!」
と文人に背中を向け廊下の方へ向かいながら言い放つ結香。
そして、廊下に出た結香が文人の方へ振り返る。
「私が言いたかった事はこれぐらい。本当は前からずっと思ってて、もっと早く言いたかったんだけど、なかなか話しかけれなくて…
でも私は思いきって言ったから!大沢もこれで変わってみせてよね!!」
と結香はスッキリした表情を文人に見せた。
「わざわざ言ってくれてありがとう。
俺も今までの自分を変えて、茜より幸せになれるように頑張ってみるよ!」
結香の言葉を聞いた文人の目の色が変わった。
そして、そんな文人の姿を見た結香は満足そうに空き教室から去っていった。
【予告】
これまで一緒に過ごした友人、結香に励まされた文人。
自分を変えようと前を向いた文人は、ある決心をするが…
次回【(9)その想いは儚く…】
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