姑息で小賢しい俺が異世界無双しようとする話

紅茶りんご

第1話 転生する。

目を覚ましたら立っていた。


「うおっ、何事!?」


周囲を見渡すも概ね白か青しか見えない。

強いて言うなら雲の上……なのか?周りを見渡しても白いもこもこと鮮やかな青、雲間から下に海っぽいのが見える。太陽は……雲に隠れて見えないがあの辺りかな?

取り敢えず、落ち着いて昨日までのことを思い出す。

確か昨日は高校の職員室に忍び込んで中間試験の問題のUSBをコピってこっそり金持ちの馬鹿に売った後、その金を転売用のスウィッツの支払いに回してウハウハ確定後寝たんだよな……。これから暫く懐が暖かいな。旨いもの食べよう。


何でここにいるのか見当もつかないが目覚めた瞬間立っているのは面白い。そんな事を考えていると、

「いらっしゃい、不運なお兄さん~」

随分と幼い声がする。

振り向くと、でかい幼女がいた。

金髪碧眼ツインテールで頭身は5頭身前後、割とかわいい顔立ちなんだが身長2mくらいある。しかも幼女にしてはかなりお太り遊ばしている。具体的には縦横比が2:1くらい。控えめに言ってもキモい。

そのキモ幼女が『私可愛いでしょ?』みたいなあざとい仕草全開で話しかけてくる。更にキモい。

「ここは天国と地獄の狭間~。普通なら貴方みたいなのは秒で地獄行きなんだけど~…」

「ちょっと待て!何で俺が地獄行きなんだ!ていうか俺死んだのかよ!!」

納得できん。大して悪いことなんかしてないし死ぬ理由とかないだろ?昨日元気に寝たぞ!?

「まず~、あなたの死因ですけど~、ズバリ隕石の直撃です~!不運もここに極まれり、ってやつね!キャハ!」

いやキャハじゃねーし。なんだよそれ、どんな偶然だよ。なんで俺がそんな死に方しなきゃいけねーんだ。

「それに~、盗品売買も買い占め転売も結構な罪ですよ~。強盗殺人だけが悪いことじゃ無いんです~」


マジか。あの程度で地獄行きになるのかよ……。なんて世知辛い世の中なんだ……。


「あ、それは違いますよ、普通の人はそんな簡単に地獄行きになったりしませんもの~」


「は!?」

は!?


「普通の人は、善行も悪行も積んでて、その多寡で決まるんだけど、あなた、人生でまるで善行積んでないんですもの。初詣に行けば大きいパーカー着て全力で前に行き偶然を装って賽銭をくすね、財布を拾ってはお金全部抜いた上で川に捨て、猫を拾っては『訳あって血統書はつかないけどほぼ血統書付きレベルの子猫なんだ!』とか適当言って売りつけ、あまつさえ盗品売買に転売ですよ!!普通の人間は気分次第でたまに善行積むこともあるのに善行のチャンスを全て悪行で塗り替える、稀代のゲス野郎ですよあなたは!!まだ性犯罪に手を出してないのが信じられない!!!」


自分で話しながら瞬間湯沸かし器みたいにヒートアップするキモ幼女。このサイズでブチ切れられるとめっちゃ怖い。命の危険を感じる。


「そんなあなたを、何でこの超絶美幼女である私が助けないといけないのよ!!」

そう叫んだ自称超絶美幼女が、次の瞬間はっとした顔で慌てて付け足す。

「も、勿論大神様の決定に異を唱える訳じゃないのよ?ただちょっとだけ、本当にちょっとだけ不思議だっただけなの!」

その目線は概ね上の方、雲に隠れて見えない太陽の方を向いており、俺をちらりとも見ない。ちょっと冷や汗が浮いている。


すると次の瞬間キモ幼女の顔から一気に血の気が引く。冷や汗が噴き出している。なかなかいい気味だ。ざまぁ。


「はい!勿論です!ええ、今すぐに!!!」

次の瞬間ものすごい勢いでこちらを向くと汗をかきながら叫ぶように話す。最初のキモ可愛い演技とか欠片もない。

「あなたは今から異世界に転生するの!適当にいい感じのスキルあげるから頑張って生きてね!!じゃ!!」

そう言うと俺の胸倉を掴み、往復ビンタを繰り返す!

「痛ぇ、ちょ、何しやがぶべるてべぁ!!」

気合で喋ろうとするも一切止める気配がない。しかもこいつとんでもない力だ。1発で奥歯が飛び、往復で反対の奥歯が飛び、次の1発で飛んで無くなったはずの歯がまた飛ぶという、地獄の拷問もかくやというとんでもない痛みが何度も繰り返す。

「よし、このくらいでいいわね」

50往復は確実にされただろう。本気で死ぬほど痛かったはずなのに2秒もたたずに痛みは消失している。

「じゃあ行ってきなさい!!!」

その言葉とともに、俺は雲の切れ目から放り投げられる!!

「ふざけんなてめぇ覚えてろよキモ幼女おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

何もできなかったし一応悪態ついておいた。


そのまま、また意識は途切れる。


次に気が付くと水の中だった。

って、息ができん!死ぬ!溺れる!!

必死でもがき、何とか水面に上がる。息を大きく吸い、一緒に少し水も吸い、またひとしきりもがいてから落ち着く。

……あ、足つく。うわ、恥ずかしー。

水は胸くらいまで。足の届くところで必死に暴れてた自分がすごく恥ずかしい。

しかし、人間5㎝程度の水深で溺れることもあるらしいから、意識取り戻した瞬間水中なのに生きてただけで俺凄い、と思い直す。


周りを見渡す。鹿の親子と目が合う。その瞬間逃げ出す親鹿、一瞬遅れてついていく子鹿。辺りは森…か?木が沢山生えてて薄暗く、ずっと続いてる所を見ると多分森で間違いない。取りあえずこの泉からあがって色々考えねば。

踏み出した瞬間違和感に気づく。

水中なのに進みがめっちゃスムーズだ。水圧が1/5くらいしか仕事してない気がする。ちょっと頑張るだけで水中なのに走れる。すげぇ。

試しに泳いでみた。うわ服着てるのにめっちゃスムーズ!やべぇ楽しい!

調子に乗ってクロール平泳ぎ背泳ぎやってみたらオリンピック選手並みじゃね?ってくらいスピード出た。バタフライで泳いだら体がほぼ水面上に出て笑った。なんだこれ、超楽しい!!


ひとしきり泳いでから岸に上がる。気候的には夏前なのかな?って感じなんだがそれほど寒くは感じない。服を脱いで絞って……としようとするとそこでやっと気づく。


なんだこの服。えらくざらっとした太い糸で編まれた、多分生成りの服。ボタンも木でできてて細長い。革紐で止められて生地の裏に結び目で止められてるだけの超簡素なつくり。襟のないポロシャツみたいな感じ。ズボンも一緒、どっちも七分丈。幸いパンツというか……えっと、ステテコ?だっけ?シャツよりは細かい繊維で出来たパンツっぽいものは履いてる。ズボンもパンツも紐で縛るタイプでゴムなんかは使ってない。


靴下はなく、サンダル?革製便所スリッパにかかとの紐付けました、って感じの履物を履いている。脱ぐには革紐を解かないといけないんだな、これ。

靴?まぁ靴でいいや。靴はそのままで乾きそうだしこの辺枝とか小石とか落ちてるから履いたまま。軽く周りを見渡して誰もいないことを確認し、靴以外全裸になってその辺の木に干す。

乾くまで放置。


さて、とりあえず現状について考えよう。


まず自分だ。

18歳の男、畑山光二。160㎝52㎏。顔は悪くないはずなんだが目つきがダメとよく言われる。よく『数人は殺ってる目だ』とか冗談交じりに言われる。

普通科高校3年。成績は上位2割に何とか食い込むくらい、に調節してるが頭はあまり良くない。試験問題の保管方法に穴があるのを知ってからずっと盗み続けてるからな。あとは2学期3学期の4回盗めれば問題なく卒業だ。

部活は入っていない。

家庭環境だが、父がおらず、俺と母親の2人暮らし。金がないので多少の苦労はしてきた。けど、最近は色々と稼げるようになってきたんでちょっとだけ贅沢できてるな。


そして、そんな俺がここにいる理由だ。

雲の上での話を思い出す。


寝てるときに隕石に当たって死んで転生した?設定適当かよ。交通事故とかもうちょっとありそうな話にしろよ。

でもまあ多分母親は巻き込んでない。そこはよかった。


そう思ってあたりを見渡す。うん、森の中だな。遠くには高そうな山も見える。木や草にはあまり見覚えはないが、元々詳しいわけでもない。紅葉はしていないから春か夏なのかな?銀杏とか松みたいな特徴ある葉っぱも見当たらない。

下を見る。土だな。落ち葉もある。めっちゃじっくり見る。かすかに動く存在発見。ダニとか超ちっちゃい蜘蛛かな?ってのがいる。落ち葉をどかすとミミズらしきものもいる。

湖を見る。そこそこ澄んだ湖だったが俺が無駄に泳ぎまくったせいで濁っている。水際を見ると巻貝っぽいのがいる。


よし、とりあえずここは地球か地球に割と近い世界ってのはわかった。さっきも鹿みたいなのいたしな。


そして次の問題。

あのキモ幼女が言ってた言葉だ。

『適当にいい感じのスキルあげるから頑張って生きてね!!』

俺はゲームは家にある旧型ゲーム機以外あまりやったことはないが、いわゆる転生系の小説は読んだことがある。図書館にあった。

それによると異世界に飛ばされた奴は、たいていお約束的にスキルという何かだったり特殊能力だったりを持っているらしい。

考えてみるとさっきの泳ぎもそうだろう。俺は元々は、泳げなくはないがすごく泳げるわけでもない。25メートルを足をつかずに泳いだのが最長記録だしそれ以上試したこともない。

つまり俺は『水泳』ってスキルを持ってるってことか。

よし、小説に載ってたスキル片っ端から試してみるか。えっと、まず一番便利そうだったのは確か、『収納』だったな。

よし、まずはこの小石を…『収納』!

おお、消えた!……取り出すときは何ていうんだ?『取り出し』?

お、出てきたな。いい感じじゃん。よし、次はあのデカい岩だ!『収納』!!

うおおおおおおお、消えた!そして!

「お、重っ!?」

一瞬で膝をつき、為す術なく倒れる。全身がめっちゃ重い。お腹とかどっか一部じゃない、全体的にまんべんなくすっげー重い!

やべえ動けねぇ頭も上げられねぇ……『取り出し』!

一瞬で身体が軽くなり、手の先に岩が現れる。そしてこちらに転がり始め……

「うわ、あっぶな!」

寸手の所で回避!

ごろごろ転がってから起き上がる。

「ふぅ、死ぬかと思った」

しっかし、収納、不便ではないがすごい便利なわけでもないな。重さは消えないのか……。

自分が潰れていないところを見ると、多少重さは減ってるのかもな。今度検証しよう。


次は身体能力かな。泳ぎは凄くなってたが、それ以外も強くなってるかもしれん。

走る、飛ぶ、木に登るなどした結果、全体的に身体能力は上がっているようだ。ていうか体めっちゃ軽い。これパルクールとか余裕なんじゃないか?

しかも飛んだり跳ねたりしてるのにあんまり疲れない。持久走もいけるなこれ。


さ、次はお待ちかね、魔法だ!

ここがファンタジーな世界なら、きっと俺にも使える魔法の1つや2つ、必ずあるはず。発動の方法とか知らんけど、とりあえず適当に試してみるぜ!

まずは火だ。両手を湖に向け、体の中のパワーを引き出す感じで全力で叫ぶ!!

「ファイアーっ!!!」


何も起きない。


誰も見てないはずなのにめっちゃ恥ずかしい。思わず周りを見渡す。遠くにいた鹿と目が合った。その瞬間逃げ出す鹿と小鹿。あ、小鹿もいたのか。

恥ずかしさを精神力でねじ伏せつつ次の魔法を試す。

「アイスストーム!」ちょっとボリューム抑え目。


何も起きない。


「だいあきゅーと!」ってどんな魔法だ?知らん。


当然何も起きない。


んー、適当にやるだけじゃあダメだな。ちょっと考えよう。

よくあるゲームとかだと、○○しか使えないみたいな特化型が多い気がする。だからいろんな種類を試す必要がある。

確かクラスのソシャゲ好きのオタクがなんか言ってたな……地水火風の4つと光闇の2つが基本。それに自然界にあるいろんなものを適当に混ぜた適当魔法体系が今のスタンダード、だっけか?確か別のオタクが五行思想がどうとか精神がこうとか言って反論してた気もするが…。


よし、順番に行くか。

まず地だ。……地?

どうやって攻撃するんだろうな、地震とか?あとは落とし穴とかか?……なんか地味だな。

よし地震いってみるか。

「アースクエイク!!」


何も起きない。


次、水!

火はさっきやった!風!光!闇!!


何も起きない。俺魔法使えないのかなぁ……。


いや待て、まだだ。自然界にあるもので強いもの、雷だ!!


「サンダー!!」


何もない晴天から突如湖の真ん中に閃光、轟音とともに雷が落ちる!

正直期待してなかっただけにものすごく驚いた。

おお、すげぇぜ俺!!とりあえず雷だけは使えるらしい。

他はぱっとは思い浮かばないしとりあえず雷が使えるってことだけでいいや。


あと気になるのは言葉だなぁ…… こればっかりは他人がいないとどうしようもない。

翻訳とか持ってなかったら言葉を一から覚え直さないといけないのか 、それは面倒だな……

今悩んでもしょうがない!日も暮れてきたし今日はこの辺で寝よう!

って…… ここで寝れるかなぁ、俺。土の上は寝心地悪いよな、絶対。平らな所ならいけるかなぁ……

やってみるか。


1時間後。

「寒いっ!!眠れん!!」

これはあれか、土に体温を取られたのか。とすると、土と自分が直に接触しなければ何とかなるか。となると、落ち葉をかき集めて寝床にする、か…… えーさっき変な虫っぽいのいたし抵抗あるなぁ……。

なら、落ちてた丸太の切れっ端を椅子にして、木にもたれて眠るか。これなら何とかなるかな。

一回体が冷えるとちょっと寝にくいな…… それに腹も減ってきた…… 辺りは月明かりがあるから何とか見えるが…… 


ん?ちょっと待て。夜なのにめっちゃ見えるぞ。あれ?俺今視力めっちゃよくなってる?

試しに遠くの細部をじっくり見ようとすると……


「おお、すげぇ見える!」

「へえ、何が見えるの?」

「100mくらい先の木につかまってる虫の模様までくっきり見える!すげぇ!!」

「あら、それは凄いわね」

「だろう!  ……って、え?」

振り向くと、女がいた。背は俺より少し低い。鮮やかな短い朱色の髪と薄茶色の瞳をした美少女だ。

背は低いのに小顔なせいで非常に均整がとれている。足も相対的に長い。

服装もまた美しい。革でできた鎧だろうか?茶色ベースでありながら、ツタをモチーフにしたであろう細かな装飾がされており、実用性だけではない気品がある。そして腰に見える美しい鞘とーーーーーーー


自分に突きつけられた剣。


突然の事態に冷や汗が吹き出る。

下手な事したら殺される奴だこれ。目が一切笑ってないし剣のぶれとかもない。多分彼女はこういった事態に慣れきっている。

ちょっとでも抵抗する意志を見せると絶対にまずい。こっちは丸腰だ。しかもこの剣ズタボロなのに輝いてるのは飾りじゃないうえに手入れ行き届いてるってことか、うん、戦う選択肢は無しだ。

まずは両手をあげる。

両手を動かし始めると同時に肩がピクリと動く。怖い。

そのままゆっくりとその場に座る。戦う意思はありませんアピールをしなくては。

「まずはお互い、自己紹介から始めないか?」

恐らくいきなり殺しはしない。そのつもりなら声かける前に斬り殺してる。敵対的な対応をしていても欲しいのは首じゃなくて情報なはず。

ならばコミュニケーションは成り立つ。

「俺の名はコウだ。あなたのお名前は?」

「コウ、ね。名字はないの?」

む、質問スルーされた。しかし名字か。

ここの常識がわからないから、名字=貴族とかだったらまずいな。日本も昔は名字持ちは武士以上となんか一部の人たちだけだったらしいし読んだ小説もそんな感じだった。

「いや、ただコウ、と」


女が眉をひそめる。

「……奴隷階級……」


しまった、ミスった!!

ここは多分平民でも名字が持てる世界だ!

ヤバい、逃亡奴隷とか思われると面倒なことになる。

「えーっと、その、訳あって名字は名乗らないようにしているんだ。実家が嫌いでね」

母ちゃんごめん。

だが、女のひそめた程度だった眉にはっきりと皺が刻まれる。

剣を握りなおしてるよ。なんか本格的にまずいことやっちまったかもしれん。やべぇ。何をミスった?

「一応名乗っておきます。アマリア=ラーティカイネン。今は名字の件は置いておきますが、コウ、貴方ははここがどこだか分かっているの?」

ん?ただの森だと思ってたが違うのか?

「いや、普通にただの森だと」

「ただの森がこんなにも穏やかで魔物もなく平和なわけがないでしょう」

ごめんなさい、俺の比較対象は日本の森です。まれにクマが出る程度で魔物とか出ません。

女がハァ、とため息をつく。

「コウ。貴方、遠見ができるわね」

「さっきできるようになったところだけどな」

「遠見で、湖の対岸を見てみなさい」

ん?言われた通り対岸を目を凝らしてみてみる。

おお、なんか建築物があるな。結構でかいお屋敷か?石造り3階建てとは手が込んでいる。

「立派な建物があるな、気づかなかった」

「……それだけ?」

他に?んー、なんか見えるか?あとは玄関っぽいところのそばに立派な旗とーーー

「旗?」

と呟くと、女が一瞬呆けたような顔になる。

「コウ、貴方はあの旗を見て何とも思わないの?」

あ。多分めっちゃ有名な国か何かの旗なのかあれ。とするとあそこになにがしかの要人が住んでて、そこの関係者かこの女。

しかし、ここで知ったかすると事態が悪化しそうだな……。

「いや、すまん、立派な旗なのはわかるが、あれがどこのものかはさっぱり」

そういうと、女は何やら考え始める。小声で呟いているが集中するとはっきりと聞こえる。これもスキルかな?

「……5歳でも見た瞬間逃げる旗を知らない?結界を抜けて…… あの魔法の威力と… 間諜にしては… まさか… 」

凄く考え込んでいる。目線下向いてるよおい。この瞬間ダッシュで逃げたら逃げられるんじゃないだろうか?

と思っていると、突然顔を上げてこちらを見てくる。

「違っていたら申し訳ありません。一応確認させてくださいね。コウは、あ、いや、コウさんはもしかして、『転生者』?」

思わず体が震える。この世界、転生者多いのかよ!

「その反応、やっぱり転生者!」

あー確信持たれた。こりゃしょうがないかな。こっちも反応しちゃったし。

「……多分そうだ。気づいたらここにいた」

途端に眉間の皺が取れる。こうなるとかわいいな。

「なるほど!じゃあだいたいの説明はつくわね。名字の件は……警戒した?ま、当然よね」

む?この女、アマリアだっけ?意外とちょろい?

どこのお偉いさんに仕えてるのか知らんが、転生者と名乗っただけでこの警戒の解きよう、おかしくないか?しかしチャンスだ。

「ああ、分かってくれてありがたい。改めて名乗ろう。畑山光二だ。こちらでは家名を後ろにするのか?なら、コウジ・ハタヤマだな。コウでいい。それで、当然ながらこの辺りのことは何も知らないんだ。明日からどう生きていけばいいのかも分からなくてな。少し色々教えてくれないか?」

「ええ、勿論。でも、もう夜も更けてきてる。対岸の城に泊まりましょう。詳しくは明日、でどう?」

そういって笑いかけてくる。いかん笑うとめっちゃ可愛いなこの子。コロッといきそうになる。

だが待て。5歳でも逃げ出す組織の城なんだよなあれ。

「ああ、その申し出はとても有り難い。しかし、せめて所属だけでも教えてくれないか?」

その言葉にきょとんとした顔になる。表情コロコロ変わるのはいいな。

「そうね、まだ言ってなかったわね」

と、居住まいを正し、こちらに向き直る。


「帝国の秘密警察所属、機動隊隊長のアマリア=ラーティカイネンよ。以後よろしく」


うっわー絶対よろしくしたくない肩書き来たよこれ。しかしここで逃げると、最悪秘密警察全体を敵に回す恐れがあるわけか。てか秘密警察って、スパイ摘発とか反抗分子の弾圧とかが目的だっけか?つまり外部にも内部にも敵がいる、と。

うーん、念のためとぼけとくか。

「ひみつけいさつ?普通の警察とは違うのか?」

「いや、普通の警察とそこまでは変わらないわよ。帝国のために悪い奴らを捕まえるだけ」

何のてらいもなく言ってのける。そこに後ろめたさは皆無。実体はともかくアマリアは本気でそう思ってるっぽいな……。

これで固辞するとアマリアとの関係がこじれそうだ。せっかくの第一異世界人だし、色々情報は得たい。幸いこの身体能力なら逃げ切ることも可能だろう、多分。

「分かった、有り難くお邪魔させていただこう」

そう言うと、アマリアは心底嬉しそうに笑う。

「ほんと!?じゃあ向かいましょ!」

そう言うと指笛をぴーっと大きく鳴らす。すぐに遠くから馬が駆けてくる。鞍のついたずいぶん立派な馬だ。馬、リアルでは初めて見るけど。

アマリアは鐙に足をかけ、ひらりと飛び乗る。

「さ、後ろに乗って」

と、手を出される。普通は男女逆だよなこれ……。

照れてもしょうがない。俺はアマリアの手を取り馬に乗る。身体能力はあまり使わずにあえて引き上げて貰うが、軽々と引き上げてくれる。力はかなりありそうだ。

「悪い、実は馬に乗ったのはこれが初めてだ。先に謝っておくけど変な事したらごめん」

「後ろから腰に手を回して、落ちないように持っていてくれればそれでいいわよ。変なとこ触ったりしたら取調室送りだけど」

「絶対触りません」

その取り調べ、痛かったり苦しかったりして、組織に都合のいい自白をするまで終わらない奴ですよね。何があっても触りません。

「そ、ならいいわ。急ぐから喋らないでね」

そう言うなり馬を走らせる。おお、早い。少し走ると道につき、そこからは更に早くなる。

道を走っていると、途中で分かれ道に差し掛かる。馬は左に曲がるが、右の方が道が広い。

どこに向かうのだろう、あの道。

「なあ、さっきの道なn痛っ!!」

馬の振動で舌噛んだ。痛みと血の味が口に広がる。

「だから喋らないでって言ったのに……」

アマリアは馬の速度を緩め、振り返って言う。

ごめんなさい。

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