第9話 変わったな、私

 そんなこんなで、半年があっという間に過ぎた。短かった髪も肩まで伸びて、後ろに一つに紐で結わえている。過ぎたのは時間だけで、『悪しき心よ消えろ』という魔法?で魔物になる前に戻してレベルを上げても、放てる魔法が微々たるもので、ある程度の大きさにするのに時間がかかり、最初の頃とそう変わらないのが現状。あ、体系もね。カイン曰く、使う魔力と外に自然と放出される魔力の量が微々たるものだからだって・・・。


 動けど動けどなお、わが体系細くならざり・・・石川啄木を模して。


 それに、カインは相変わらずフードを被ったままで、素顔を見たことは今のところないんだよね。自分もこんな体系で、容姿にも自信が無いからカインも気にしないで良いのに・・・。

 あと、ジャックくんとは仲良くやっている・・・と自分では思っているます。はい。またまたカイン曰く、ジャックくんにとってノアは、困った子を面倒見ている感じだそうだ。ま、「しょうがないな」という感じで接してくるジャックくんもまたカワイイので、それも良しだと思っているんだよね。


「あ、ノア。売るものを整理して、このバックに詰めておいてね」


 カインにそう言われて、肩掛けのシンプルなバッグを渡された。


 今日はなんと、町に行くらしい。やったね!楽しみだよ~。必要なものはある程度、用意してもらっていたけど、やっぱり自分で選びたいからね。部屋のインテリアとかも考えないと。でも、売る物?


「売るものって何?私の持ち物は無限収納インベントリに入っている神様から貰った物しかないよ?」


「あ、ごめん。説明してなかったよね、『ドロップ』について」


「え?・・・あ~なんかスキルにあったね、そんなの」


 うんうん、そう言えば有った有ったと頷いていると、カインはそれについて説明してくれた。


「『ドロップ』は、魔物を倒した時に手に入る物なんだ。無限収納インベントリに自動的に収納されるんだよ。帰還者だけの特典かな」


「え?ゲームとかで、魔物を倒したら姿が消えて何かをドロップするっていうヤツの?魔物消えてないんだけど?そしてまた、帰還者特典・・・」


「そうなんだよね。神様がどんな理由でこんな仕組みにしたのか分からないんだけど・・・なんか、ドロップが貰えるんだ・・・」


「神様って過保護・・・?」


 それはそれは、ダメ人間になりそうな・・・。


「どうなんだろうね・・・あとこっちではドロップ品に似たものって、ダンジョンの宝物箱からしか出ないから、これも気を付けてね」


「え、そうなの?・・・聞かれたら、そう言うことにするよ」


 それはそれは、気付かれたらヤバそうな・・・。


 カインに言われて、無限収納インベントリを覗いてみると、『全毒性警告の指輪』『物理攻撃30%軽減のバングル』『火魔法攻撃40%軽減のイヤリング』『闇魔法攻撃40%上昇のイヤリング』『闇魔法攻撃50%軽減の指輪』の複数のアイテムが新たに収納されてあった。


 これは・・・すごい物なのか、すごくない物なのか、私にはわかりません・・・。


「カイン、これってどういう物?」


 そのアイテムらを、無限収納インベントリから出して見せる。


「あー、ブラックサーペントの攻撃は毒と闇魔法で、ブラッドウルフの攻撃は噛みつきと火魔法と闇魔法だから、それに合わせたアイテムが出たんだと思うよ。その二種類は上級クラスの魔物の中でも、レベルが低めなんだけど・・・それにしては、結構良いアイテムが出たね。ま、しょうがない。俺がフォローするから欲しい物だけ取っておいて、あとは売ろうか?」


「えー。どれが必要か、良く分からないよ・・・」


「ん~、そうだね。攻撃現象関係のアイテムはシールドで何とかなるから、『全毒性警告の指輪』だけ手元に置こうか。もっと良いものが出たら、また売れば良いんだし」


「わかった。じゃ、『全毒性警告の指輪』は持っておくね」


 売る予定のアイテムをカインから渡されたバッグに詰め込み、『全毒性警告の指輪』は自分の左手の中指にはめた。石は濃いバイオレット色で、変わった模様が彫られた銀細工の美しい指輪、自分の太い指には似合わないなと思いつつ、サイズがピッタリで驚いたが、自動調整機能が付いているらしい。


 これ、全部でいくらになるんだろう、楽しみだな~。今のところお金使う予定がないから、家賃代としてカインに全部上げちゃおう。とっても、お世話になっているしね!


 あと、カインの説明の中で疑問に思ったブラッドウルフについて聞いてみた。ブラッドと付くのに、血とは関係ないらしい。本来は火と闇の属性の魔物で、赤黒い姿の見た目から、そう呼ばれるようになったんだって。なるほど~。


「あ、装備はノアの無限収納インベントリに入っている、初心者装備に変えてね。近くの狩場で、少しレベルの低い魔物相手に"あの魔法"を試してみる予定だから。それに、ローブを育てるのにも丁度良いしね」


「うん、分かった。この前言ってたヤツだよね。レベルの低い魔物が"あの魔法"でどうなるか、ドキドキするね」


 今度こそ、魔物が死なないようになるかな?なると良いな・・・。


「もしかしたら"あの魔法"を使っても、レベルが低い魔物でも死んでしまうことがあるかもしれないよ。隠れるのが得意で、生き延びているとかね」


「そうだね、そういうのもあるんだね・・・」


 基本、動物が好きだから何とかしたいけど、助けられない命もあると考えないと・・・。


「魔物の寿命は何百年や何千年とあるから、自我が無いの悪しき心のままでいるよりは、良いんじゃないのかな」


「そっか、そう考えれば良いのかな・・・ちょっと気が楽になったよ。ありがとう」


「どういたしまして」


 あっちの世界では、こんな感じのやり取りなかったな・・・心から『ありがとう』と言ったのっていつ以来だろう・・・。


「準備できた?」


「うん、できたよ」


「じゃ、行こうか」


 そう言って私の準備ができるのを待っていたカインは、家の奥の方へ行く。


「え、出かけるんだよね?」


「そう、出かけるよ」


「じゃ、なんで玄関じゃなくて、家の奥に行くの?」


「行ったらわかるよ」


 その声が、イタズラを仕掛けてワクワクしているような感じだ。小さい時の弟と妹を思い出すよ。サプライズだと言って、いろいろやられたな・・・。


 廊下の突き当りまで行くと、カインは突然立ち止まった。


「ここだよ」


「え、ここって?何もないよ」


 目の前には家の壁があるだけ、あとは何もない。ここに何があるというのだろう・・・。


「まぁ、見ていて」


 そう言いカインが壁に手をかざすと、突然壁が光りだした。


「うわっ!何?光った!!え、何これ!?」


 光りだした壁には、浮かび上がるように扉が現れた。


「じゃ、行こうか」


 そう言うと、カインはドアノブを回して扉を開けた。


「え?う、うん」


 ちょっと、何故説明がないの?・・・この先に何があるのよ~。


 カインが中に入っていくのを、慌てて後を追う。


 さっきのは、何の魔法だろう?後で教えてもらおう・・・町まで空を飛んで行った方が速いっていってたから、この壁の先って乗り物とかある場所に出るのかな?


「・・・あれ?普通の部屋だよね?何もないけど・・・」


 扉の先に入ったそこは、奥の壁には扉が三つ並んでいるくらいで、家具も何も置いていない普通の部屋だった。


「そう見えるよね。まぁ、付いてきて」


 カインは三つ並んでいる扉のうち、真ん中の扉の前に立つ。そして扉を開けて、私に中が見えるように体をどけた。


「・・・何?物置なの?」


 扉の奥には、遠目にだが色んな物が綺麗に並んであるのが見える。近付いて中を覗くと、広さは8畳くらいあるだろうか、そのまま足を進めて中を見渡すと、こぢんまりとしているが、味のある雑貨屋さんのような感じだ。


「物置じゃないよ」


 違うのか・・・物置じゃなかったら、なんだろう?お店の商品を陳列したみたいに並んでいるし、カウンターみたいな台もあるし、なんかお店みたい。


 薄暗かった部屋に光が差したので、振り向くとカインが窓を開けていた。その窓の外を何気なく見ると、開けた牧草地のような場所に道が引いてあり、遠くに家が数件見えた。


 ???・・・あれ?魔の森の中に家があったはず・・・ダンジョン行く時や畑仕事を手伝う時、魔法の練習する時も外に出たけど、家なんて一軒も無かったよね?木々に囲まれているから、ここから見えるのは木だけのはずだよね・・・?


 思わず、くるりと振り返り来た道を戻ると、速足で玄関から外に出て家の裏に回る。辺りを見渡すが、森が広がっているだけで木しかない。それを確認すると、また速足でカインの元に戻った。


「・・・なっ・・なんで、外・・・」


 ぜぇぜぇと息を整え間もなく、カインに聞く。


「あ、魔法だよ。この森の家と、いくつかの街を繋げているんだよ」


 悪戯が成功したような弾んだ声で、そう言ってきた。


「そ、そうなの?・・・」


 それ先に言ってよ。疲れた・・・。


「あそこに家が数件見えるでしょ?その奥に小さいけれど、ダルートという町があるんだ。ここが一番穏やかで危険のない町だから、見て回るには良いかと思って。もっと、いろいろ見せてあげたいけど、大きな町とかにはもう少しこの世界に慣れてから行こうね」


「・・・ありがとう、カイン」


 おばちゃん、もう感動で泣きそうです・・・こんな突然降って湧いた見ず知らずの、外見は若返ったけど顔も体系もパンパンの、中身がおばちゃんの私に、こんなに優しくしてくれるなんて、カインはええ子だよ~。


「・・・こっちに来てからのも、あっちでも、俺と年はそう変わらないからね。ステータスを見てわかっているよね?」


 目元を押さえていると、カインが私の思考を呼んだかのようにそう言ってきた。


「なぜっ!?」


「バレバレだよ」


「えへっ・・・」


 いや~、ちょっとしたジョークですよ。


「なんか、良かったよ」


「え、何が良かったの?」


「ノアと、こんな風に無理せずに冗談とか言い合えるようになって、良かったと思って・・・」


 あぁ、カインは気付いていたんだ。私がわざとテンションを上げて明るく振舞おうとしていたのを・・・。


「カイン、私ね。生まれ育った世界とは未知なるこの世界に対して、異質と不安や家族に会えない寂しさは、一生消えないと思う・・・でもね、この気持ちを持ったまま沈んでいると、あっちにいる家族に怒られそうなんだよね・・・それに、カインがいてくれてる。流石、運が∞!」


 最後の言葉を、わざと明るくそう言う。


「カインはこっちに来て一人で、言葉では言い表せないくらい苦労したと思う。経験していない私にはわからないけど。でも、その苦労を私にも分けてほしい。二人だとそれが半減して、更に分けていくと苦労だと感じないかもしれないよ」


 私の言葉を最後まで黙って聞いたカインの顔が、実際には見えていないのに、泣きそうに歪むのを感じる。


「・・・幸せは倍になるかもね」


 そう言ったカインの声は、震えていた。その背中をバンッと元気付けるように叩く。


「さぁ!町を案内してくれるんでしょ?楽しみにしていたんだから」


 叩かれて驚いたのか少し固まり、それからカインの体が震えだしたが直ぐにクックックッと笑い声が聞こえてきた。


 焦った!体を震わせたから泣かせちゃったかと思ったよ~。


「・・・そうだよね。せっかく普通の人とは違った、変わった人生を貰ったんだ、楽しまないとね」


「そうだよ、そうだよ。考え方一つで損しちゃうよ」


「なんか、ノアが来てから笑ってばかりだよ・・・じゃ、行こうか。楽しみにしていた町に」


 そう言うカインは本当に楽しそうで、こっちまで楽しくなってしまう。これが幸せが倍なんだろうな・・・。

 あっちの世界では、何もかもが憂鬱で不満ばかりで、言いたいことも言えず、出る言葉は愚痴ばかり。本当に下ばかり見ていた。


 しみじみと思うよ。この世界に来て半年くらいだけど、随分変わったな、私・・・。

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