第6話 鬼だった

 なんで私はここにいるんだろう・・・。


 カインの家から『魔の森』と言われている森の中に入り、大木の合間を通り抜け少し歩いた所に、そのダンジョンはあった。鬱蒼とした森の中は薄暗かったが、そこは少し拓けていて光が差し込み、辺りが明るい。それは、大きくゴツゴツとした岩肌の崖がそびえ立つ所にあり、ビル3階ほどの高さはあるだろうか、幅は大人5人ほどが余裕で並び入れるような広い洞窟のようなダンジョンだ。その大きさにも驚いたが、中に入ると入り口の倍以上の広さになり更に驚いた。そして、スタスタと進むカインの後を、恐る恐る付いて行き数分。目の前には洞窟いっぱいに蜷局を巻いた、大きくて太くて真っ黒な体に赤い瞳の蛇と今、睨めっこしている。


「最初は低ランクの魔物を倒して慣れていくけど、今回は時間がないからここで中ランクの魔物を相手に魔力を放ってみよう」


 魔力を放ってみようって、私一人で、ですか!?あなた杖も武器も防具も無ですよね?戦わないということですよね?それに、なんでそんな後ろに離れているんですか!?


「属性が付いていない魔力でも当たればダメージになるから、大丈夫!おもいっきりやろう!」


 青くなって固まっている私に、カインはまた軽く言い放つ。鬼がいる・・・ここに鬼が・・・。


「そんなこと言われたって、魔力もまともに出せないのに、どうやって倒せばいいのよ!こんな大きな蛇!!」


「ちなみにそれ、ブラックサーペントっていうんだけど、肉は引き締まった鶏のムネ肉に似ていて美味しいんだ。皮は軽い割には防御力そこそこで、食品としても素材としても大人気なんだけど、なかなか採れないから高額で取引されているんだよね」


「え!?」


 ある言葉に思わず反応してしまった。・・・鶏のムネ肉に似ている?しっとりとしたモモ肉も捨てがたいが、さっぱりなムネ肉に濃い下味で漬け込んでから揚げにする好きなんだよね・・・。

 じゅるり。


「下手に傷つけると、価値が下がるからね」


 うん、肉を無駄にしないようにすれば良いのね。杖を前に突き出してっと・・・。


「ふんっ!!」


 ・・・・・。あれ?何も出ないぞ。蛇もどことなく、呆気にとられているように見える。


「うん、全然ダメだね」


「何かアドバイスはないの!?」


 淡々とした感じで、傍観しているカインにイラッとする。


「う~ん、皮膚呼吸のイメージって言ったけど、どれぐらいの量をイメージしてる?」


「え?普通に自分の腹式呼吸くらいだけど・・・」


「それじゃ全然足りないと思うよ。それよりもっと量を多くして出し続けてみて」


「わかった。やってみる」


 再び杖を前に突き出し、これでもかってくらいの量の魔力を込める。すると、ちょろちょろと縫い糸くらいの細さのモヤモヤっとした魔力が出てきた。

 出てきたけど、ほっそ!!


「もっと限界ギリギリまで量を増やしてみて」


 その言葉に頷いて、顔が赤くなるくらい力いっぱい更に魔力を込めると、今度は小指ほどの太さの魔力が出てきて野球ボールくらいの大きさにして、蛇に当てったが小さなキズも付けられなかった。

 限界ギリギリでこの細さ、私才能ない?ガクッと首が垂れる。


「それくらいか・・・こっちに来て間もないし、使っていけば量も増えると思うから、落ち込むことないよ」


 そんな無理して慰めなくても良いですよ・・・魔法を自由自在に操ってスローライフなんて、ちょっと夢見た私が馬鹿だったんです。


「良いんです・・・わたし、才能無いんです・・・」


「いや、慰めで言っているんじゃないよ。俺もそうだったから。今回は本気でやってみて、どれくらいの魔力の量が出るか試したかったのもあったわけだから」


 え?それってマジですか?地中を通り越して、地獄まで気落ちしちゃったよ!!


「それを最初に言ってよ~!」


「本当はゆっくり指導したかったんだけど、時間がなくてね。ちょっと危機感があったら力が発揮できるかなって・・・」


 ぬぬぬっ聞き捨てなりませんね、それは!


「酷い・・・」


「ごめん、ごめん。でも、最初よりは魔力が出たでしょ?結果オーライっということで」


 解せぬ・・・。あれ?そういえばすっかり蛇の存在を忘れていたけど、全然襲ってこないというのはおかしいね??


 そんな疑問を持って蛇の方を見ると、いつの間にか首が切られた状態で横たわっていた。


「あっ倒しておいたから大丈夫だよ」


「いつの間に!・・・」


「ノアが魔力を放った後だよ」


気付かなかった・・・。


「あ、ちょっと疑問なんだけど、なんで蛇は襲ってこなかったの?」


そうだよ!全然ピクリともしなかった。変だよね、普通は私が魔力を出してる時にパクってしちゃうよね・・・。


「あ~、威圧だよ。ブラックサーペントに威圧を掛けて戦闘不能にしておいたんだ」


「え?そんなこと出来るの!?」


 私、何も感じなかったけど。


「ブラックサーペントだけに威圧したんだよ」


「へ~指定できるんだ。じゃ、首を切ったのは魔法?」


「風魔法だよ。ウィンドカッターっていうやつで首を切ったんだ」


 私の質問攻めに、カインはさらっと言う。


 当たったのは当たったのに、私はキズも付けられなかった・・・。


 落ち込みの激しい私に、カインは説明してくれた。このダンジョンは、魔の森にあるのでレベルが高くて、高ランクの魔物しか出ないと。他のダンジョンはスライムやゴブリンなどの低ランクの魔物が現れ、徐々にランクが上がっていくらしい・・・。

 そっか、魔の森自体が異常なんだね。と、何もないのに遠くを見てしまう。


「じゃ、レベルも少し上がったと思うし、帰ってステータスを隠蔽して行こうか」


「倒してないのにレベルって上がるの?」


「倒さなくても、高レベルの魔物と戦うとレベルが上がるんだよ」


「そうなの?倒さないとレベルって上がらないかと思ってた」


 おっそれより、やっと隠蔽なんですね!さぁ、さっさと帰りましょう!!


「では、帰りましょう!さっさと、帰りましょう!!」


「あ、ちょっと持って」


 そう言うと、カインは倒したブラックサーペントに向けて手を掲げる。すると、ブラックサーペントが跡形も無く消えてしまった。


「え?・・ええー!?」


無限収納インベントリだよ」


 突然のことに驚いた私に、カインは先ほどの不思議な現象の答えを教えてくれた。


「おぉ!これが無限収納インベントリの能力!?こんな大きいのも収納できるんだね」


「どのくらい入るのかわからないけど、大きなドラゴンを数体入れても容量の上限に達しなかったよ」


 ???ドラゴンってどのくらい大きいんだろう?・・・でも、沢山入るのは良いことだよね。


「じゃ、帰ろうか」


「えぇ、帰りましょう!」


 そう言うと、隠蔽を行うため帰路に着いた。




୨・୧ ୨・୧ ୨・୧ ୨・୧ ୨・୧ ୨・୧ ୨・୧ ୨・୧




「早速、ステータスを開いてみて」


「うん」


 家に戻って来てすぐ、リビングのテーブルに横に並んで椅子に座ると、カインは早速隠蔽をするためにステータスを開くように促す。


「ステータス画面が出たね。じゃ、隠蔽するところへ自分の指を持って行って、魔力を流してみよう。まずは種族からね」


「わかった!頑張る!!」


 こくこくと頷いて、言われたとおりにステータス画面に魔力を流す。


「魔力を流しながら、隠蔽したい文字や数字をイメージして」


 事前に用意された隠蔽後のステータスが書かれた紙を見ながら、言われたとおりにやっていくと、次々にステータスが変わっていく。


名前:ノア・コイズミ(幸泉 希空)

種族:人族・来訪者(隠蔽)【帰還者】

性別:女

職業:――

AGE年齢:16【40】

Lv:3

HP:856/856(隠蔽)【3921】

SP(体力):208/208

MP(魔力):508/508(隠蔽)【∞】

STR(攻撃力):75

VIT(防御力):613(隠蔽)【1853】

AGI(俊敏性):55

DEX(器用):85(隠蔽)【439】

INT(知力):159(隠蔽)【503】

MND(精神力):86(隠蔽)【498】

LUK(運):236(隠蔽)【∞】

CHA(魅力):156(隠蔽)【620】

スキル 『全言語理解』『火属性魔法』『土属性魔法』『風属性魔法』『水属性魔法』『光属性魔法』『無属性魔法』『生産』『アイテムボックス』(隠蔽)【『全ての魔法』『取得経験値増』『必要経験値減』『神眼』『隠蔽』『創造』『具現化』『ドロップ』『無限収納インベントリ』】

加護 『火神の加護』『土神の加護』『風神の加護』『水神の加護』『光神の加護』『創造神の加護』(隠蔽)【『神々の加護』『異世界神々の加護』】


 ふ~、終わった・・・言われるまま隠蔽したけど、スキルや加護はカインのと、ほぼ同じだね。来訪者も私たちの隠蔽後のステータスとほぼ同じだから、何の問題もないらしいけど。レベルも少し上がってる・・・さっきの蛇?ブラックサーペント?のおかげかな?


「でもこれって、レベル上がる度に修正しないといけないの?」


「大丈夫だよ。レベルが上がれば、一緒に上がっていくようになっているから」


「へ~、便利だね」


 いちいち直さないのは良いね。これをレベルが上がる度に調整するとなると、レベルなんて上げたくなくなるよ。


「あ、もうお昼過ぎてるね。何か食べようか、と言っても大したものないんだけど・・・」


「じゃ、私が何か作るよ。ジャックくんも私たちと同じもの食べるの?」


 そう言い立ち上がって、キッチンの方へ向かうカインに、私は続いた。

 朝、ジャックくんについて情報を得た。カボチャの部分も体の一部だと・・・それを聞いてジャックくんって何者?と思ったが、カインにはそれを聞かなかった。聞けば答えてくれると思うが、今は聞かないでおこうと思う。だって、それを観察するのも良いかなって・・・。


 本当に、ジャックくんって何者だろう?熊なのかな?カボチャなのかな?熊だと肉とか木の実とかだよね。カボチャだった場合はなんだろう、水?肥料?光合成?


「あぁ、好き嫌い関係なく何でも食べるよ」


「・・・偉いね、ジャックくんは。カインは食べられない物ある?」


 何でも食べれるということは、ジャックくんはカボチャの要素は無いということなのかな?


「ん~、基本好き嫌いはないんだけど・・・あっちの世界でゲテモノと言われている食材が普通に食べるんだ、こっちの世界では・・・例えば、ワームとか・・・でも、ここにはないから大丈夫!」


 突然、暗い雰囲気を醸し出したカインに、私は首を傾げた。


 ん?ワーム?何が言いたいんだろう・・私もゲテモノは嫌だけど・・・つまり、カインが食べられない物はここには無いってことだよね?


「じゃ、どんな食材があるか見せてくれる?」


「良いよ。食材庫はこっちだよ」


 そう言うと、そのままキッチンの奥にあるドアまで案内をしてくれた。


「ここが食材庫で、外からも入れるようになっているからね」


 ドアを開け、中に入ると明かりが自動に付く。そこは8畳くらいの広さで、沢山の食材が引き積めてあった。いろいろ見ていくと、大型の冷蔵庫くらいの大きな箱が二つと見たことも無い色や形の野菜ばかり。それもあっちの世界の野菜より味や香りが薄いらしい。大きな箱二つは時間停止のアイテムボックスで、中には肉や魚が入っているそうだ。そして、カインに聞きながら使う食材を決めていった。ハーブなどの香草は無いようで、棚に並んであった薬草だという植物の匂いを嗅ぐと、料理に使えそうなハーブのような香りだったので、変わりに使えそうだと思った。その中でバジルの香りに似た物を選び、バジルソースのパスタを作ることにした。薬草を料理に使うことにカインは驚いていたが、こんな良いものを使わない手はない。


「これって小麦粉?あと、ニンニクに似た物ってある?野菜じゃなくて、薬草の中で」


「うん、小麦粉だよ。ニンニク?薬草の中でね。じゃ、これかな」


 そう言って渡してきたのは、人の腕ぐらいあるネギのような物だった。


「でかっ・・・」


「ま、違和感あるよね」


「無いよりは良いよ。じゃ、作っていくね」


「うん、お願い」


 乾燥パスタがあったのだがそれは使わず、小麦粉を練りニョッキ風を作っていく。水道の水やコンロの火のつけ方は元の世界と似ていて、ボタンを押すだけで使えた。魔力の調整が難しいジャックくんがキッチンを使うために、魔力を使わなくても使えるようにしたらしい。まんま、日本のシステムキッチンだ。鍋に火をかけ、ニョッキ風を茹でている間、コンソメが無いので干し肉を水で戻す。ニンニクもどきの皮を剥いていくが、ニンニクの欠片みたいなのは出てこない。分厚い皮がニンニクの変わりになるのかな?ニンニクもどきを刻み、バジルもどきの薬草も刻んでおく。ニョッキを茹でている鍋の隣のコンロに、フライパンを乗せて油を入れて火にかける。焦げちゃうと大変なので、フライパンが温かくなる前にニンニクもどき炒め、香りがたってきたら干し肉と戻し汁を加え、バジルもどきの薬草を入れ、バジルソースを作っていく。出来上がったソースに茹で上がったニョッキ風を入れて出来上がり。お腹がすいていたので、簡単に作れるものにしてみた。


「よし、できた」


「良い香り、おいしそう・・」


 作っている間ずっと脇で見ていたカインが、出来上がった料理に顔を近づけ香りを嗅いだ。


「ジャックくんを呼んでもらえる?」


「大丈夫、念話で呼んだからすぐに来るよ」


 マジで良いな、ジャックくんと念話・・・。


 二人で料理を盛り付けて、テーブルに並べている間にジャックくんがやって来て、3人で遅い昼食となった。


「じゃ、いただきましょう」


「うん、いただきます」


「がうっ」


 私の号令に、二人が答える。


「・・うっ上手い・・・」


「がうぅ~」


 一口ニョッキを口に入れるとそう言い、その後2人は無言でがつがつと食べ始めた。私も食べ始めると以外に美味しくて驚いた。干し肉が良かったのかもしれない。


「ごちそうさま。美味しかったよ、ノア」


 食べ終えるとカインは、満足したようにしみじみとそう言い。


「がうがう!」


 ジャックくんはつぶらな瞳をキラキラさせていて、多分美味しかったと言ってくれているのだろう。


「お粗末さまでした。口に合って良かった」


 カワイイわ~ジャックくん!このままでは、ずっと顔が緩みっぱなしになってしまうよ~。あぁ、ジャックくんとお話がしてみたい!カインはズルイ!!


 満足したのもつかの間、カインは食器を片付けるのに席を立つ。


「おなかも膨れたし、今度は腹ごなしに魔物を数体倒しに行こうか。もう、少しレベルも上げないとね」


 私も席を立とうとすると、そんなことを言ってきた。被っているフードで良くわからないが、満面の笑みを浮かべているように感じる。


 えっ?今日はもう十分じゃないですか?私疲れましたし、食後すぐに動くの体に悪いって言いますから。それに、ジャックくんとゆっくりまったりしたいんですけど・・・。


 そんな想いを込めながら、じっとカインを見る。


「今度は、俺は手を出さないから、頑張って最後まで倒し切ってね」


 それに臆さないカインが、更に追い討ちをかける。


 ここに鬼がいます・・・。

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