第1章

第2話 え、夢じゃないんですか?へー、異世界……はい?

 『あれ?なんか良い香りがする‥‥‥』


 その甘い香ばしい香りを嗅いで、自分は空腹だと気付いてしまった。


 『寝起きで直ぐにお腹が空くって、まだまだ私も若いな〜』

 

 そんなことを思いながらも、なかなか目が開けられないでいると、ぎゅるるる~とお腹が鳴ってしまった。


 『あれ、どうしよう‥‥‥頭は眠りから覚醒したのに目蓋が開かない。何で?』


 必死に目を開けようとするが、目蓋が貼り付いたように開かない。どうしたものかと悩みながらも、無意識に鼻を頼りに顔を動かし、徐々に香りの方へ近付ける。すると、唇に何か堅い物がが当った。本来だったら絶対しないだろう行動を彼女はしてしまう。それを、なんの躊躇も無く口を開けてパクっと口に入れてしまったのだ。


「フッ」


 『ん?誰かいる?』


 誰かが笑った。それもかなり近くでだ。思わず、彼女は動きを止めてしまう。本当だったら咀嚼したいが、それどころでは無い。居るはずない誰かが側にいるのだ。サーッと、血の気が引いた。

 この状況のままでも怖いが、その人物を確認しないのはもっと怖い。接着剤でも塗ったのではと思うくらい、くっついて離れない重い目蓋を無理矢理こじ開ける。すると、少しゴツゴツとしているが白くスラリと伸びた指と、大きくも無く小さくも無い形の良い男の手がドアップで目に映り込んできた。


「いつまで指を咥えているんだ」


 男の人の声が降ってくる。不思議なことに、その声を聞いて先程まであった恐怖がサッと無くなった。だが、それに彼女は気付かない。


 『え?‥‥‥私、自分の部屋で寝てたよね。ヤバイ。今、私、不審者の指を咥えてる‥‥‥』


 また、目をギュッと瞑り、混乱しながらも彼女は頭をフル回転させた。


『現状、ここは自分の部屋のはず‥‥‥。で、今、目を覚ます前は自分の部屋で眠っていた‥‥‥よね?いや、自分の部屋っだった。うん、自分の部屋。そして、その部屋に居るということは、彼は不審者!?』


 とパニックになりながらも、ゆっくりと口を開けて指を離した。そして、そのまま口にある物に気付いて、それを咀嚼した。


『あれ?口の中に何かが残っている‥‥‥これはクッキーだよね?』


 口の中のそれは、少し硬めで、甘さ控えめで、小麦粉の味がダイレクトだがクッキーに違いなかった。


『うーん‥‥‥これはこれで素朴で美味しいけど、サッパリし過ぎで何か物足りないな。硬さもあったから、もう少しバターと卵を入れても良いような感じだよね。それに口の中の水分が、これでもかってくらい持っていかれるくらいのパサつきだし。飲み物が欲しくなっちゃうよ。‥‥‥いや、ちょっと待て、現実逃避しすぎたわ。もう、お菓子に気を取られるなんて、どんだけお腹が空いてんの私。ヨシ、落ち着け私〜、落ち着くのよ〜。うん、考えを戻そう。まずは、不審者と自分の部屋の現状の確認よ!』


 混乱状態を無理矢理落ち着かせてから、きつく閉じていた目を恐る恐る開いて辺りを見渡した。先ず、初めに目に入ったのは天井で、アパートの白い天井では無く木で出来たの天井だった。壁も同じで、アパートのシンプルな白い壁紙では無く木で出来ている。ふかふかの生成りの掛け布団、素朴だが味のある家具が置いてある。広さは、こじんまりとした自分のアパートの自室より少し広いめの部屋。そして、ベッドの脇のイスに座っている男。


 その不審者の男は、不思議な服装をしたいた。ゲームやマンガに出てくる魔法使いが良く着ていそうな黒色のローブの様なもので、それを纏っている彼の体型はよく分からない。その上、ローブに付属しているフードを深々と被って良く顔が見えなかった。


『えーと。ここ私の部屋じゃないわ‥‥‥。でも、どうして?いつの間に?もう、何がどうなっているのか分かんないよ‥‥‥。も、もしかして、さっきの夢の続きかな?』


 その光景に彼女はだんだんと焦り始めたが、ずっと神経を張り詰めた状態だったので、疲れたのか考えるのを放棄した。そして、また天井の方へ顔を戻して目を瞑った。


「夢だったら、そのうち覚めるかな‥‥‥」


「夢?」


 ポロッと出てしまった言葉に、彼は反応した。


「え?夢かなって思って。私、自分の部屋で寝てたはずですし‥‥‥」


「そっかー。君って、こんな状況の夢を良く見るの?」


「‥‥‥いや、初めてだと思います。こんなハッキリと受け答えした夢は見たことないですし」


 夢を全部ハッキリと覚えているわけがないので確実では無いが、覚えている限りは無いはずだと頭を巡らせる。


「そうなんだ。じゃ、夢じゃなかったらどうする?」


「夢じゃなかったら?ですか‥‥‥。まぁ、何もしないないですね。それか寝るかですね」


『夢だと思うけど、もし万が一、夢じゃ無くても、私って一般市民でお金持ちじゃ無いし。その上、こんなふくよかな中年女性を何が目的で攫ったのか、何の得があるのか不思議でしょうがない訳で‥‥‥。だから、それ以上は考えられないし、することないし、なので寝た方が良いのかなと』


「え、寝るの?」


「ま、これが現実だったとしても、自分ではどうしようも出来ないので」


『ここで暴れて、危険な目にあうよりは良いと思うんだよね。というかハッキリ言って、現実逃避なんですけどね』


「そっか。‥‥‥じゃ、何でこういう状況なのかとかの確認はしないの?」


「うーん。例えば、夢じゃなかったとしたらですけど、寝ているうちに連れてこられたと思うので事件性があるんじゃないかと‥‥‥。なので、危害が加わらないうちは大人しくしていた方が良いのかなと思うんです」


「へ〜。事件性があると分かっているのに怖く無いの?」


「えぇ、そうなんですよ、不思議ですよね。何故か知らないけど、恐怖感が湧いてこないんですよね」


『本当に不思議。最初は恐怖感あったけど、今は全くと言って良いほどないのよね』


「フッ、そうだね。不思議だね」


『あれ?なんか、笑われたみたい』


「でもね、これ夢じゃ無いんだ」


「え?」


『夢じゃ無いって‥‥‥』


 その言葉の意味を知りたい彼女は、閉じていた目を開けて彼の方を見た。


「まぁ、先ずは自己紹介をしようか。僕はカイン、辺境の森の中で暮らしている魔術だよ」


 それはさて置きと、カインと名乗った彼は突然自己紹介をし始めた。


『突然の自己紹介‥‥‥。え?待って、辺境?森の中?魔術?‥‥‥聞き間違いじゃないよね』


「‥‥‥乃愛です。事務職をしています。その辺境とか、魔術って‥‥‥」


 彼の言葉に疑問に思いながらも、彼女は自己紹介を返した。


「あー、それはちょっと待ってね。それより、ノア?って言うんだね。よろしく、ノア」


「はい‥‥‥よろしくお願いします」


『なんか、さっきから変な感じなんだよね。沢山疑問に思うことが出てくるのに、スムーズに受け取ってしまうんだよね。それも何に対して疑問に思ったかも忘れてしまうし‥‥‥。でも、ま、良く分からないけど流れに身を任せてみよう。夢だし』


「それじゃ、まだ夢だと思っているようだけど、『ステータス』って言ってみてほしいんだ」


「え?す‥‥‥てーたす?」


『ステータスって、あのステータスだよね。ゲームとかに出てくるヤツだよね』


「そう、ステータス。百聞は一見にしかずって言うからね。さっきの言葉とも繋がるから」


「え。じゃ‥‥‥」


 寝たままでやるのも気分的に嫌だなと思い、ヨイショヨイショと体をベッドから起こした。


「はい。それでは、ステータス」


 まだ、不思議に思いながらも、ノアは『ステータス』と言葉に出した。


 すると、ピロン♪と音を立てながら、あちら側が透けて見えるモニターのような画面が突然現れた。


名前:幸泉 乃愛(コイズミ ノア)

種族:人族・帰還者

性別:女

職業:ーーー

AGE年齢:16【40】

Lv:1

HP(生命力):7678/7678

SP(体力):121/121

MP(魔力):0/0【∞/∞】

STR(攻撃力):61

VIT(防御力):1000

AGI(俊敏性):53

DEX(器用):392

INT(知力):388

MND(精神力):375

LUK(運):∞

CHA(魅力):39【548】

スキル:『全言語理解』『全ての魔法』『取得経験値増』『必要経験値減』『神眼』『隠蔽』『創造』『具現化』『ドロップ』『無限収納(インベントリ)』

加護:『神々の加護』『異世界神々の加護』


「‥‥‥えーと。これは、どういうこと?」


 追いつかない思考で、出た言葉がそれだった。


「ステータス画面が出たみたいだね。ま、夢だと思っていても良いよ。けど、今からこの世界のことを説明するから聞いていてね」


「‥‥‥世界?」


「そう、ここはノアが居た世界とは違う世界なんだ。小説や漫画に出てくる異世界という感じかな」


「え、ちょっと待って。なんで、私が違う世界から来たという前提で話すの?」


「う〜ん。それはね。この世界は、魔物と呼ばれる生き物が存在するんだよ。その中でも、途轍もなく強い魔物がうじゃうじゃいる所が数カ所があるんだ。そのなかの1つがここ『魔の森』で、それのど真ん中にあるのがこの建物というわけなんだ。普通、こんな危険な場所に間違っても迷い込まないんだよ。それも軽装でね」


 カインは、顎に手を当てながら説明してくれる。


「そうなんですね‥‥‥」


『う〜ん。納得しちゃう話の内容なんだよね。それに『ステータス』も、夢にしては私が知らない内容が多いし‥‥‥』


 目の前にある『ステータス』をマジマジと見ていると、カインが言葉を続けた。


「偶にいるんだ。何かしらの原因で、こっちに渡ってくる人たちが‥‥‥。次元の歪みか、神の悪戯か、理由がわからずにこの世界に立った者もいるけど、勇者召喚などとして呼ばれた人もいるんだ」


「なんか、大変そう」


『知らない世界に来たってだけでも大変そうなのに、勇者召喚って』


「‥‥‥もっと大変な人もいるけどね」


 ボソッとカインが呟いたが、ノアの耳には入らなかった。


「何か言いました?」


「いや、こっちのこと。それで、種族の右側にある内容を教えてほしいんだ」


「種族ですか?」


『なんで種族なんて聞くんだろう?異世界から来たとなると、人間しかいないはずでは?あ!そうか、自分の世界のことだけで考えてたわ、私』


「そう。種族の所に、種族以外の文字がないかな?」


「あ、あります。これなんですか?」


「帰るって言う漢字が入ってる?」


「あ、はい。入ってますね」


「そっか‥‥‥。じゃ、君は『帰還者』なんだね」


「きかんしゃって‥‥‥」


 そう言うノアの頭の中に浮かんだのは、乗り物の方の『きかんしゃ』だった。


『いや、漢字が違うし』


 頭に浮かんだ機関車を、慌てて消し去る。


「ま、乗り物の『きかんしゃ』が浮かんでもしょうがないよね」


『何故、分かったんだろう。機関車が浮かんだの』


「『帰還者』というのはね。この世界に生まれるはずだった魂が、何らかの原因で異世界に渡り戻ってきた者を言うんだよ。その魂は、直ぐに戻される者もいれば、渡った先で産まれる者もいるみたいなんだ」


「私って元々こちらの世界の人だったんですね。それに渡った先で産まれるって、私みたいなことですか?でも、どうやって‥‥‥」


「それは分からないんだよね。でも、安心してほしい。元いた魂を追い出して入り込む、ということは無いみたいだから」


「それはちょっと安心です」


『元いた魂を追い出して。ってなってたら申し訳なさすぎて、どうにかなりそうだったわ。良かった〜』


 ノアはホッと胸を撫で下ろした。


「話を戻すね。その歪みを正すために神と言われている者が、魂を見つけだして本来の世界へ戻しているらしいんだ」


『神様と言われている者って、神様じゃないのかな』


「でも、長い間見つけられなかった魂は、亡くなってから帰ってくることもあるみたいだよ」


『どっちが良いんだろう。生活の途中で連れてこられるのと、死を経験してから連れてこられるのって』


「また、それとは違って何かしらの原因でこちらに渡って来た人たちは、『来訪者』と呼ばれているんだ」


「来訪者?」


「そう。でね、この世界の者たちは、魔力の元となる魔素を酸素のように取り入んて、魔力を体内で生み出さないと生きていけないんだよ。だから、魔素を取り込んで魔力に変換できない者たちは、衰弱して亡くなってしまう‥‥‥」


「え、じゃ、それが出来ない来訪者たちは‥‥‥」


「大丈夫。時空を渡って来た影響なのか何かしらの力が加わって、それを補う能力が備わるみたいだから問題ないよ」


「それは良かったです」


「それどころか、基本能力やスキルなどが非常に高くなったり、特殊なスキルが備わったりすることもあるんだよ」


「それって、チートって言われている物ですか?」


『その手の小説や漫画、何冊か見たことあるわ』


「だね。でも、帰還者もそれに関しては同じだよ」


「うわ、それは嫌かもです」


 げんなりといった感じでノアは言う。


「それよりもチートかもしれないよ」


「え!?」


『何それ、怖いわ‥‥‥』


 そう思いながら、ノアは自分の体を抱きしめた。


「異世界に渡った帰還者は、魔素が無いその世界でそれを取り入れることなく、多くの魔力を作り出して生きていかないとならなかった。だから、自分の体内で魔力自体を生み出す能力や器官を自然と作り上げていくんだ。生きていけるくらいの量をね」


 そう言って、カインは自分の胸に手を当てた。


「こちらの世界に戻ってきても同じで、自分で魔力を生み出す能力はそのままなのに、更に魔素を取り込んで魔力に変換してしまうから、異様な程の魔力量になるんだ。それにね、一度だけ渡ってきた来訪者より二度渡る帰還者の方が、更に能力が高くなっているみたいなんだ」


「なんか、複雑な理由での魔力量の多さは分かったんですけど、来訪者より帰還者の方がチートっていうのは『巻き込まれ』そうですね」


「ハハッ、そうだね。帰還者だと知られると、必ずと言って良いほど『巻き込まれる』ね」


『やっぱり〜』


「帰還者は、来訪者と違って元はこちらの世界の人だから、いいように使っても良いだろうと考えている人もいる。だからね、気を付けてほしいんだ。他の人に帰還者だと知られることをね」


「カインさんは‥‥‥」


『嘘を言っているように見えないけど、この話が本当だとして、カインさんは"どっち"なんだろう』


「カインでいいよ。ま、僕も帰還者だから」


「あ、そうなんですね」


『同じ帰還者だから色々説明してくれてるのかな。あれ?私、いつの間にか、もう夢じゃないって思ってるわ‥‥‥』


 ノアは、首を傾げた。


「ねぇ。何故、自分はどんなに運動しても、倒れるくらい食事制限しても痩せないんだろうって思ったことない?」


「あります!家族全員が痩せているのに、なんで自分だけって‥‥‥」


「それには理由があったんだ。体内で作り出された魔力のうち消費されない物は、外に排出もされず体にどんどんと蓄積していくからなんだ」


『だからなのね。運動や食事制限の他に、整体やリンパマッサージなど色んなことして来たけど、何をやっても無駄だったのは!』


「時間取っちゃったね。ステータスの確認していこうか」

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