第11話 終焉の訪れ

 校舎から逃げ出そうとする女子生徒たちが大勢押し寄せてきた。その中を掻い潜りながら、オリビアの姿を探す。


 しかしこの混乱状態の中、彼女を探し出すのは難しい。


 しばらくすると、大半の生徒たちが校舎から脱出できたようで、混乱はようやく収まりそうだ。


 確か今の時間は調理実習のはず。


 今朝の登校中に何気ない会話から、そんな話を彼女から聞いた。


 ルカは全力で走りながら調理実習室を目指した。


 「ルカ!」


 オリビアの声がした。振り向くとそこにはオリビアが立っていた。


 「オリビア!」


 ルカもまた彼女の名前を呼んだ。


 「来てくれたの?」


 「ああ。そんなことより早くここから出よう。もう時期この場所も危なくなる」


 ルカはオリビアの手を掴んで校舎の出入口を目指した。そして二人は無事校舎から脱出することができた。


 すると突然、強烈な爆発音が辺りに轟いた。


 大きな黒煙が上がっている。その方角はノースフィールド領主の邸宅だ。


 そしてその周辺の上空には、煌めく銀の鎧の騎士を乗せた複数の巨大なワイバーンが旋回飛行している。


 やがてノースフィールド領主の邸宅からは炎が上がり、それは巨大な火柱へと変わった。


 それを目の当たりにして、思わずルカとオリビアは言葉を失ってしまった。


 「行こう」


 ルカが一言そう告げると、オリビアは黙ってただ頷いた。そして二人は再び走り出した。まだ街には被害は及んではなさそうだ。


 「まずは家に向かおう。おじさんとおばさん、それに母さんたちと合流して、みんなで森の中に逃げよう。いくらあのワイバーンでも森の中までは追っては来ないだろう」


 ルカはオリビアにそう告げながら、一目散に街の自宅へある方へと向かった。


 しかしワイバーンによる騎士たちの侵攻は想像以上に速かった。


 三頭のワイバーンがルカとオリビアの頭上を高速で滑空して行った。


 そのワイバーンたちが向かう先は、二人が住む家の方角。そしてその先で瞬く間に轟音と共に大爆発が起き、黒い煙と炎が上がった。


 オリビアはそれを見て思わず悲鳴を上げた。


 それをかばうかのようにして、ルカはオリビアを自らの胸元に抱き寄せた。


 彼女は恐怖のあまり泣きながら震えている。


 「大丈夫。みんな無事だ。大丈夫。絶対にここから逃げ出せる」


 おまじないを唱えるかのように、ルカはそっと優しくオリビアの耳元でそう囁いた。


 しかし無情にも、鎧の騎士を乗せたワイバーンたちは次々と街を破壊していく。


 ルカとオリビアの周りでは次々と爆発が起こり、その各所で黒い煙と炎が上がり始めた。


 多くの街の建物は一瞬で燃え上がり、気がつけば周囲は火の海と化していた。


 頭上を飛び交う鎧の騎士を乗せたワイバーンの動きを観察する。ワイバーンはその口から強力な火炎のブレスを吐き出している。


 その吐き出された火炎のブレスによって、多くの街の人々が火だるまにされのたうち回っている。


 子供の泣き叫ぶ声や女性の悲鳴、老若男女問わず至る所から叫び声が聞こえてくる。


 ふとした瞬間、不快なものを見てしまった。


 遠くの方で剣を構えた男が、ワイバーンから降りてきた一人の鎧の騎士によって、ハルバードの鎌で胸を斬られてしまった。


 そして同じくその男は、騎士の穿つハルバードの穂先で心臓を貫かれ、殺害されてしまった光景が視界に飛び込んできた。


 その男はゴルドルフだった。あの強かったゴルドルフ先生が呆気なく殺されている。


 それを目の当たりにし、思わず強烈な衝撃と激しい動揺に押し流されてしまいそうになる。


 しかしルカはその強烈な衝撃や激しい動揺を必死に抑え、無理やりにでも自らの平静を保とうと努めた。


 どんなことがあろうとも今は絶対にオリビアを守り、そして家族たちと共に安全な場所に逃げなければならない。


 ルカはオリビアの手を引いて必死に炎の中を走り抜けた。


 しかしそこら中から、人の肉が焼け焦げる何とも言えない不快な悪臭が漂ってくる。


 目の前はもうまるで地獄絵図だ。


 「ルカ!」


 突然少年の声がした。振り返ると、そこにはヨハンがいた。


 「ヨハン! 逃げなかったのか?」


 「僕、怖くてどうしていいか分からなくて……」


 ヨハンは茫然とそこで立ち尽くし、今にも泣き出しそうになっている。


 「もういい! 泣くな! さっさと逃げるぞ! 一緒に来い!」


 ルカはヨハンにそう手招きしてから、オリビアを引き連れて自宅の方へと再び走り始めた。


 (頼む。みんな無事でいてくれ……)


 息を切らし走りつつも、ルカは心の中で強くそう願った。


 ワイバーンの吐き出す火炎ブレスが引火して立ち上った火柱や、倒壊する建物の破片が容赦なく襲いかかってくる。


 そんな中ルカたち三人は、それらを何とか回避しながら街の通りを走り抜けた。


 すると目の前に一人の男の姿が見えた。それは線が細く長身の男。不気味にも、その男の周りだけ妙な静けさが漂っている。


 ノエル・ノースフィールド。彼は目に涙を浮かべながらその場で一人佇んでいた。


 「ノエルさん!」


  ルカは思わず彼の名前を呼んだ。


 「ノエルさん! ここは危ない! 早く逃げましょう!」


 ルカは必死にノエルにそう訴えかけた。


 「もう、うんざりだ……」


 哀しみに暮れた彼の顔。


 「なぜ人は力を持つと、弱き者たちを虐げようとする?」


 「ノエルさん!」


 ルカが必死に呼び掛けるも、ノエルは全く反応してくれない。


 「人は皆そうだ。下手な知恵がある故に、力を持てば他の者を虐げ、そして支配しようとする」


 「ノエルさん!」


 辺り一体、ついに飛竜に跨ったオーガスタの騎士たちが現れ、ルカたちは周囲を囲まれてしまった。


 もう逃げ場は無い。


 自分はどうなってもいい。どうにかしてオリビアとヨハンだけは、助けることはできないだろうか?


 危機迫る状況。


 ルカは周囲を見回し逃げ道を探した。しかしいくら逃げたとしても、すぐに空からワイバーン乗った騎士たちに追いつかれてしまう。


 「もう、こんな悲惨な世界は終わりにしよう。僕は決めたよ。この世界は、今から僕が支配する」


 すると突然、ノエルは天に向かって右手をかざした。


 「ノエルさん?」


 ルカがいくら呼びかけても、やはり彼は全く反応してくれない。


 目の前に立っているノエルは、まるで別人のようにも思えてきてしまう。


 「この我が生命いのちを賭して汝に誓う。我らの前に立ちはだかる者全てをなぎ倒し、その血肉の全てを余すことなく汝に与えることを。そして約束する。この世界の全てを深い闇へと貶めることを」


 ノエルは呪文のごとく、何かの言葉を天に向かって唱えた。そして静かに口を閉じ、深く息を吸い込んだ。


 「出でよ! 混沌の魔剣バアルよ!」


 ノエルの渾身の叫び。


 その瞬間、天空から一切の光が消え、周囲は深い闇に包まれた。


 上空には大きな雨雲が蔓延り、激しく無数の稲光がほとばしった。


 そしてそれは一瞬の出来事だった。


 雷鳴が轟き、眩い一筋のいかづちが地上に落下した。


 そして同時に、ノエルの足元に不気味な黒いオーラを放つ漆黒の剣が突き刺さっているのが見えた。


 するとノエルは、自らの目の前に突き刺さるその漆黒の剣を静かに引き抜いた。


 そしてその引き抜いた剣を天高く掲げ叫んだ。


 「ディメンションズ・ゲート! 出でよオークたちよ! 我らに逆らう者どもを全て駆逐せよ!」


 次の瞬間、四方八方あらゆる場所に闇へとつながる異界のゲートが出現した。


 そしてそのゲートの中から、オークの戦士たちが大勢押し寄せてきた。


 その瞬間、焼け野原と化してしまった街は、瞬く間にオークの戦士たちによって埋め尽くされてしまった。


 「さあ、弓を持つ者たちよ! 上空にいるワイバーンに跨る愚か者どもを射抜け! そしてこの地上に引きずり落とすのだ!」


 弓矢を装備したオークの戦士たちは、一斉に空へと狙いを定め渾身の矢を放った。


 そして見事ワイバーンに跨るオーガスタの鎧の騎士たちを、次々と射抜き地上へと落下させた。


 すると今度は、棍棒を装備した大勢のオークの戦士たちが、落下してきたオーガスタの鎧の騎士に群がり始めた。


 そして大勢で力任せに一人の鎧の騎士を棍棒で滅多打ちにし始めた。


 男の悲痛な断末魔の叫び声が辺りに響き渡る。


 そして飛び散る肉片と血しぶき。


 もはや目を覆いたくなるような恐ろしい惨状が目の前で繰り広げられている。


 ルカはオリビアを自らの胸に抱きしめ、その惨状を見せないように彼女の視界を隠した。


 すると次の瞬間、異変が起きた。


 オークたちが突然、ルカたちにも襲いかかってきたのだ。ルカは即座にオリビアをかばいつつ、オークが振り下ろしてきた棍棒を素早く回避した。


 その瞬間、突然オリビアが悲鳴を上げた。


 次にルカの視界に飛び込んできたのは、遠くの建物の壁に全身を強く打ちつけられてしまったヨハンの姿だった。


 彼は頭から血を流しながらぐったりとしている。


 「ヨハン!」


 ルカはそんな彼の姿を目の当たりにして動揺しながら、彼の名前を必死に叫んだ。

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