落陽

星灯

第1話

 遠くで2回、汽笛が鋭く鳴った。

 川辺から見える真っ赤に染まった鉄橋を、真っ黒な汽車が轟音と共に走り抜ける。


「やっぱり行かせたくない」

「......今さら、何言ってるの」


 私と同じ爽やかなシャボンの匂いが、鼻先に触れる。彼に、強く抱き締められていた。

 背中に回された腕は、微かに震えていて。


(私が抱き返せないことなんて、分かりきっているでしょうに)


 行き場なく彷徨った自分の手のひらを、弛く開閉して、それからきつく拳を握った。


「早く離れて」

「嫌だ……」


 ぐすぐすと涙声で頑なに離れようとしない彼の肩にぎこちなく頬をのせて、耳元に口を寄せる。


「いい子だから、お姉ちゃんの言うこと聞いて」


 私は明日、生まれ育ったこの町を出ていく。

 あなたの好きと私の好きは違うもの。

 透き通った、ただ綺麗な愛情だったなら、どれだけ良かったことでしょう。煮詰めに煮詰めたこの気持ちは、目を背けたくなるほど甘ったるくて、冷えて固まった蜂蜜のように喉奥にドロリとへばりついて、とっても飲み下せない。


「もう帰ろう。母さんが夕飯作って待ってる」


 弟は、目尻を赤く染めて頷いた。

 逆光のせいで、表情は読めない。


 ──ああ、もう、陽が落ちる。

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落陽 星灯 @ningyonoyume

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