What I want to do

鎌倉行程

1

”弊社に応募いただいた事に改めて御礼を申し上げますと共に、たちばな様の今後一層のご活躍をお祈り致します”


 受信ボックスを開き、何度目か分からないため息をつく。ここ数ヶ月ですっかりお馴染みになってしまっている企業からのお祈りメールが届いていた。

 平日の昼休み、騒がしい学生食堂の中でひとり、スーツを着込んでノートパソコンと睨めっこしていると、ディスプレイの前方の視界に550円のインドカレーセットを乗せたトレーが表れた。


西和せいわ大学法学部のたちばな祐樹ゆうきくん。では、まず一分程度で簡単に自己紹介をお願いします」

啓太郎けいたろうか、おはよう」


 インドカレーセットの主の芝居がかった問いかけに、祐樹はディスプレイから視線を外さずに食い気味で答えた。

「質問に答えろよぉ」と不貞腐れながら、パーカーにジーンズのラフな恰好の男子生徒はインドカレーセットを遠慮なくノートパソコンの前に置き、祐樹の向かいの席にゆったりと腰かけた。

「あのさ、この空間で祐樹だけめちゃくちゃ浮いてるよ。学食でリクルートスーツは無いって」

 たしかに、5月の学生食堂はゴールデンウィークで仲を深めた新入生やサークルの集まりで賑わい、祐樹のリクルートスーツの黒さが際立っていた。

「午前中に面接一件あったんだ。惨敗だったけど」

「ああ、なるほど。おつかれさまでした」

「ありがとう、啓太郎は今日予定入ってないのか」

「今日就活はオフ。午後の現代日本文学だけ受けにきたんだよね」

「あ、俺もそれ行くから。流石にそろそろ講義出ておかないと、卒業単位がまずい」

 祐樹は面接後にコンビニで買ったおいたサンドイッチをたいらげると、啓太郎と一緒に大講義室へ向かった。


 大講義室は、授業開始の二十分前にも関わらず、ほぼ満席に近い状態であり、前から三列目に何とか二人分の席を確保することが出来た。

「すごいな。こんなに席が埋まってる講義、大学入ってから初めてかもしれない」

 思わず率直な感想を呟いていた祐樹に、啓太郎はこれまでのノートを眺めながら何故か誇らしげに応えた。

「講義名は現代日本文学なんだけど、アニメとかも扱うから人気なんだよね。日野ひの啓太郎けいたろう様のありがたい講義ノートを見るかね」

 啓太郎はノートを二人の席の間に広げた。パラパラとページをめくると、誰もが一度はタイトルを聞いたことがある有名作品のテーマや他作品との関連性について、細かな分析が書かれていた。祐樹の好きだった作品もある。


 いつの頃からか「アニメに関わる仕事がしたいから絶対都内で就職する」と啓太郎は祐樹に話していた。しかし、経済学部の啓太郎には、全く畑違いの業界で、連戦連敗が続いている様だったが、祐樹はそんな啓太郎が少し羨ましくもあった。

 一方で、祐樹は就活が始まってからというもの、前は夢中になっていたアニメや映画から随分と遠ざかっていた。

 啓太郎のように、元々仕事にしたいという程の熱を持っているものでもなく、またアニメや映画に限らず、仕事にしたいと思える程にやりたいこと自体がそもそも無かったのだ。


 そんなことを考えているうちに、講義開始のチャイムが鳴った。

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