第37話
その日、授業が終わると、僕達はそのままラーファス魔術医院に向かった。朝と同じように看護師の女性に無理を言って、山岸に会わせてもらった。やはり彼女はこんこんと眠り続けていた。
「で、具体的にはどうするの?」
僕とアニィは共にルーに尋ねた。今はもうアヒルじゃなくて元の姿に戻っているが、豆の袋を携えている以外はまるっきり手ぶらだった。何の道具も用意なしに、いったいどうやって医者が放置しかないと宣言した病気を治せるって言うんだろうか。
「そりゃあもちろん、必殺のおまじないでバリバリって治すんだよー」
ルーはにっこり笑って言う。
必殺、おまじない、バリバリって。これから病気を治すとは思えない単語の羅列だ。特になんだ、おまじないって。魔法どころか、いきなり超オカルトの世界に飛んで行っちゃったぞ?
「一応聞くけど、それで誰かの病気を治したことがあるの?」
「うん。アタイは調子が悪い時はいつもこれだよ。一晩寝たらすぐ良くなるんだよ。風邪なんか全然ひかないし」
「そ、そう……」
風邪をひかないのは他に理由があるんじゃあ。
「大丈夫だよ、ヨッちん! この子のことはアタイにまかせて!」
ルーは自信たっぷりに言うと、おもむろに山岸の体の上に手を置いた。
「じゃあ、いっくよー」
と、威勢よく言うと、そこでいったん目を閉じ何やら小声で念仏のようなものを唱え始めた。これがルーの家に伝わる一子相伝のおまじないか……。耳を傾けてみると、小さい声で「ゲンキハツラツ……」と繰り返していただけだった。これは、もはや、おまじないですらないような――。
と、しかし、そこで、
「えーい!」
そう叫ぶやいなや、ルーの手から強い光が迸った! うわ、まぶし! 僕とアニィはとっさに顔を手で覆った。
光はすぐに消えた。ちかちかする目をこすって見てみると、依然としてベッドには眠り続けている山岸の姿があった。
「これで終わりなんだけど……あれえ?」
ルーはおろおろと山岸の顔を覗き込む。
「やっぱりダメじゃない……」
アニィはやれやれと言った感じで肩をすくめた。
まあ、そうだよな。医者も治せない病気が、謎のおまじないで治ったら、こんな病院はやるわけないし……。体から力が抜ける思いだった。ほんのちょっぴりは期待してたんだけどな。あくまで、ちょっぴり。
だが、そのとき、
「早良君、早良君」
上から声が聞こえてきた。はっとして声のした方を仰ぐと、なんと空中に山岸が浮いている!
「な……」
さすがに度肝を抜かれた。予想外すぎる。
「や、山岸さん、君は確か、このベッドに寝てて……」
見ると、ベッドにはちゃんと山岸が横たわっている。どういうことだ。山岸が二人になっちゃったぞ?
「たぶん、幽体離脱ってやつよ」
「ゆ、幽体……?」
なるほど。よく見ると、浮いてる方の山岸はうっすら透明だ。
「あんた、何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「ヨッちん、もしかして何か見えてるー?」
アニィとルーは不思議そうな顔で僕を見ている。
「君達には見えないの? そこにほら、幽体離脱した女の子が……」
「幽体離脱? 何それ?」
「お化けなんてどこにもいないよ、ヨッちん?」
どうやら二人には山岸の生霊は見えてないようだ……。
「いるんだよ、ほんとに。さっき、ルーが何かしたせいなのか、急に湧いて出てきたんだ、ほら、ここ」
「湧いてって……人を虫みたいに言わないでよ」
半透明の山岸はむっとした顔で僕をにらんだ。だが、そうやって言葉を発したにも関わらず、アニィとルーは何も見えてない、聞こえてないといった様子だった。
やがて、
「……あんた、もしかして、ルーに気を使ってるの?」
アニィが小声で尋ねてきた。
「気を使ってって、なんで?」
「どうせ、今の変な術で少しでも効果があったってことにしたいんでしょ? 見えないものを見てるふりしてさ」
「いや、違う――」
「いいわよ。今はそういうことにしてあげる」
アニィはしたり顔で微笑んで、いきなり何もない空中を指差し、
「あ、言われてみれば、そのへんに人の気配があるかも?」
大げさな、わざとらしい口調で言った。何だこの流れ。
「私はこっちなんだけど……」
アニィの指差す方向のちょうど反対側にいる山岸も、困惑顔だ。
「ふうん、そっか? じゃあ、アタイの魔法、ちょっとだけ成功したってことかな?」
ルーは嬉しそうに笑うと、「こんにちは。アタイ、ルーフィーだよ」と、アニィが指差す、何もないほうへ手を振った。
「成功、なのかな……?」
とりあえず、山岸とは話せるようにはなったみたいだしなあ。
「早良君、私が寝てる間に何かあったの?」
山岸が尋ねてきた。「うん。すごく大変なことになっちゃって……詳しくは後で」小声で答えた。
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