第21話

 それから僕はすぐ家に帰った。また妹の友達たちが遊びに来ていたが、もうどうでもよかった。彼女達と適当にあいさつすると、すぐ部屋に戻った。右手には山岸の手の感触が残っていた。彼女の笑顔を思い出すと、やっぱりちょっとドキドキした。


 次のイベントは、それぞれが内緒で好きなこと、かあ……。


 机の上にノートを広げて、ぼんやり考えた。まず思いついたのは山岸ともっと親密になることだった。だが、それを書くのは大いにためらわれた。ノートの、物語の力を借りてそういうことをするのはさすがにずるいと思った。山岸とはこっちの世界でも会えるんだし。ノートにそういうことを書いたと後でばれると、すごく軽蔑されるだろうし。


 けれど、かわいい女の子と一度くらいは親密になりたい、例えばデートとかしてみたいという願望は僕の中にあった。


 そうだ、あっちの世界にいる、他の女の子なら……。


 いい考えだと思った。あっちの世界の女の子なら、こちらの物語の力なんて絶対ばれるわけないし。そもそもみんな物語の中のキャラなんだから、作者である僕が好きに動かしていいはずだし。


 僕はしばらく考えて、やがてノートにこう書いた。


『ある日、ヨシカズ・サワラは、フェトレ・フォン・イリューシアと二人きりで街に出かけることになった』


 そう、やっぱり、デートするならお姫様だ。彼女はおしとやかで上品ですごくかわいいし。ちょっとくらい仲良くなったって別にいいだろうと思った。なんたって、僕は作者なんだからな。


 だが、そこでふと、こんな適当な書き方だとまた何が起こるかわからないことに気付いた。


 もっと具体的に書かないとな。


 再びペンを握り、ノートに向かった。だが、どういうわけか、それ以上何も書けなかった。お姫様と手を握り合うとか、転んだ拍子にお姫様の胸を触ってしまうとか、そういうちょっとした楽しい描写を色々思いついたにもかかわらず、僕の右手はまるで動かなかったのだ。


 と、そのとき、


「君は向こうの世界の有限の可能性を選定してるだけにすぎないんだよ。動き始めた物語に紡ぎ手が介入できることは、せいぜいそれぐらいなんだ」


 どこからともなく声が聞こえた。世界竜の真皮のところで聞いた、少女の声だった。


「お、お前、いったいどこに――」


 あわてて周りを見回したが、彼女の姿はどこにもなかった。


 幻聴、だったんだろうか……?


 結局その日は、何もわからなかったし、それ以上何も書けなかった。ただ、その晩、僕は奇妙な夢を見た。図書館のような、本がたくさんある部屋で、二人の男女が本を作っていた。男は本に文字を書き、女は挿絵を描いていた。その傍らには小さな女の子がいた。彼女は二人に構ってほしいという感じに何度も彼らの袖を引っ張るが、相手にされない。やがて彼女は泣きだし、周りの棚から本をいくつかひっぱりだして、ページを破ったり、落書きをし始めた。破り捨てられたページの一枚には、銀色の髪の青年がレ・ヌーに乗っている姿が描かれていた……。


 それは本当に、変な夢だった。

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