第19話


 いったん教室へ戻る途中、僕はたくさんの生徒達に囲まれ、称賛を浴びた。何体もの宵闇の陽炎を剣で斬って倒したのがすごいということだった。ルーやフェトレも大いに褒めてくれた。アニィとワッフドゥイヒの賛辞はややひねくれた感じだった。


 しかし、僕はその称賛を素直に喜ぶことができなかった。


 だって、僕はあらかじめそうなるようにノートに書いたんだから……。いわば自作自演の活躍だ。全然すごくない。むしろ、僕のせいで、学園は大いに混乱してしまったし、みんなに怖い思いをさせてしまったし、約一名、負傷者も出てしまった……。しだいに罪悪感で胸がいっぱいになってくる。


 僕は彼らを半ば無視し、すぐに山岸と合流した。そして、高校に戻った。相変わらず時間は少しも経過しておらず、昼休みのままだった。


「早良君、どうだった? バトルで活躍できた?」


 ヌー学科の生徒達は早々に避難してたらしく、山岸は事の詳細を知らないようだった。僕は先ほどまでの流れを、手短に、かつ、客観的に話した。


「へえ、すごいじゃない。早良君一人でいっぱい敵を倒したんだ?」


 山岸の反応は他の生徒達と同じく、とても素直だった。僕はますます気がめいってきた。どうして、自作自演の活躍だって知ってるのに褒めるんだろう。おかしいじゃないか。


「山岸さんはさ……その、僕とは違うよね」


 思わず、口からこんな言葉が漏れた。


「違うって?」

「……こうやって話す前はさ、僕と同じような人間じゃないかってうっすら思ってたんだ。でもやっぱり違う。山岸さんは、あっちの世界に行って、普通に楽しくやっていけてるだろう? 僕はそうじゃない。時々、隣にいる奴と自分を比べたりして、すごく窮屈な気持ちになる。それに、あっちに行く前だってそうだ。僕も山岸さんもクラスに友達はいないって感じだったけど、僕の場合は友達が作れない、山岸さんの場合はあえて作らない、あえて人を遠ざけてる、そんな感じだったじゃないか」

「どうしたの急に?」


 山岸は目を丸くしている。


「別に……」


 その視線は非難するようにも見えた。僕はますます苦しくなって、山岸から顔をそむけた。


 そして、そのまま早足でその場を後にした。



 その日の午後の授業中、僕はもう山岸とは口をきけないだろうと思っていた。「あっちの世界に行っても僕はちっとも楽しくない」と、はっきり言ってしまったから。あっちの世界に行くことは僕達の唯一のつながりだった。だから、それを否定してしまった今、言葉をかわす理由なんてないはずだった。


 けれど、放課後、いそいそと校門を出たところで、後ろから声をかけられた。


「早良君、待って!」


 振り返らなくても誰だかわかった。山岸だった。


 だから、僕は聞こえなかったふりをしてそのまま前に進んだ。すると、山岸は僕の前に回り込んできた。


「ねえ、待って。私、早良君に聞きたいことがあるの」

「……なに」

「あっちの世界のことよ。早良君はどう思ってるのかなって……」

「どうって……言ったじゃないか。僕はあっちに行っても楽しくないって」

「それよ!」


 山岸は急に立ち止まり、鋭く叫んだ。


「楽しくないって、そう思える気持ち、私はすごくいいと思うの」

「ちょ、何言って……?」


 意味がわからない。


「だって、それってあっちの世界のことが夢とか幻とかじゃないって思ってるってことでしょ? 夢とか幻なら、誰かと自分を比べて落ち込む必要なんてないんだし。ウソなんだから。夢の中で出会う人たちもウソなんだから。でも、早良君はそう思ってないんでしょ?」

「それは……」


 そうかもしれない、と、思った。夢とか幻で片づけるには、あの世界はやはりとてもリアルだった。それに、僕の創造したはずの架空の人物には、僕の知らない一面があった。あそこは、僕の頭の中で描いた世界より、ずっと奥行きがあった。


「でも、だからって何だって言うんだ。あれが、ウソだろうと、ウソじゃなかろうと、今ここにいる僕達には遠い世界には違いないじゃないか」

「……私は違うって言いたいの」

「え?」

「私……さっき早良君に言われて気付いたの。確かに、あっちの世界で私はこっちとは違って楽しくやっていけてる。でも、それは私があっちの世界のことを心のどこかでウソだって考えてるからじゃないかって……。でも、それってすごくつまんなくて、さみしいことだよね。あんなに楽しそうな世界が広がってるのに、私はそれと距離を置いてる。あっちの学校のクラスのみんなとも、そう。友達みたいに話すけど、友達じゃない。だって、みんなが話しかける私は、本当の私じゃない……。みんなのこと、ウソだって思ってるから気軽に話せるだけなんだよね。本当の私は、あんなふうに気軽に誰かと友達になれるような人間じゃない……」


 山岸はうつむき、暗い顔をしてつぶやいた。僕はその言葉がよくわからなかった。だって、山岸はあえて友達を作らない、孤高のぼっちのはずだったから。


「さっき、早良君は私に言ったよね。自分と私は違うって。正直、私もそう思うわ。だって、私は早良君と違って、ずるくて、臆病で、ウソつきだもん……」

「どういう意味?」

「……これのこと」


 山岸は自分の眼鏡を指差した。


「これ、伊達なの。ほんとはかけなくてもちゃんと見えるの。でも、ダメなの。私、人前でこれを外せないの……」


 山岸の声がいよいよ悲しげにかすれた。

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