花咲き少女の異世界日記

みくり

第1話「ちがう、これじゃない。」




 ーー思えば、物心がついた時からだったと思う。


 遠足はいつも必ず雨。

 雨になって欲しい体育の時ほど晴れになる。

 修学旅行は台風が来て予定変更。

 毎朝通る道では子犬さんにさえ吠えられる。別に私は何もしてないのにな。

 消しゴムはすぐに消えるし。

 シャーペンの芯はすぐに折れるから、換えを2つ持ってきてる。

 気をつけてるのによくコケるから、絆創膏は常備品。


 誰かに移るわけじゃなく。いつも被害を受けるのは自分自身。でも周りのみんなに二次災害は起こってる。


 ーーー誰もが煙たがる『不運』

 それが、綾瀬璃々花(あやせりりか)と言う私の、1人の女の子の持つ体質。






ーー

ーーー

ーーーー








ーーーー

ーーー

ーー






 と、まぁ不運らしいことを独白してみたけれど、こう10数年前一緒に過ごしてきたら慣れるものだったり。



「………うへぇ。昨日まであったはずなんですけど……」



 今日だって朝から絶好調。起きて歯を磨こうとしたら、歯磨き粉の中身がないという。おかしいな、ちゃんと昨日の夜までにはあったはずなんだけど……



「まぁ、こういう時のために換えを買ってあるーーー」



 Oh、しまった。間違って買ってきたミントの辛いやつしかない。仕方がない。物がないよりかはマシです……



(寝癖が凄い………コレ直るかな?)



 鏡には薄い桜のようなピンク色をした髪の毛が、四方八方に飛び跳ねている姿が。

 むー、そんなに時間ないんですけど……



「ーーふぁてと、ふぁっさとおわらへぇないほぉ」



 ーーあっ、辛っ!無理やり喋ったから口が凄い辛いっ!!

 急いで口の中を水で綺麗に流す。うー、このピリッと感。朝ごはん食べる時には治って欲しいです……





 歯磨きも終えて、急いで台所へと立つ。

 ただいまの時刻は6時30分。目覚まし時計はいつも何故か1度じゃならないので、スマホと二重でかけて準備はしてる。そこの所は経験ですから。

 さてと、朝ごはんと後は学校のお昼ご飯も作らないと。今日はなんにしようかなーなんて、冷蔵庫を開ければ一目瞭然。



「…………冷凍食品と卵しかない……」



 そういえば昨日の夜に買い物行ってないや。これは単純な私のミスです。



「まぁ、何とかなります!」



 卵もちゃんと調理すれば美味しいですし。卵焼き、スクランブルエッグ、目玉焼き。どれも手軽に作れて美味しいので感謝ものです。

 そんな数少ない材料と戦っていると、自分ではない足音が聞こえてくる。



「ーーあら、おはよう。早いのね、璃々花。」



 寝起きからか、欠伸をしながら小さな声で挨拶をする。



「うん。おはよう、お母さん。もうすぐでご飯できるから、ちょっと待っててね。」



 チラッとお母さんを見ると、お母さんは特に変な様子はなく、洗面所へと向かっていった。

 寝ぼけてるのかなって思ったけど、大丈夫そう。ふぅ、良かった。






「ごちそうさま。それじゃあ私、学校行ってくるね。」



 上手に焼けた目玉焼きもキレイさっぱり食べ終わり、片付いたお皿を流し台に持っていく。



「えぇ。気をつけてね。」


「ーーうん!」



 いつもの日課である朝のニュースから目を離さいまま、お母さんは送ってくれる。

 寝巻きも制服へと変わり、手には学校のカバン。玄関で靴を履いて、もう一度お母さんに声をかけて玄関を出た。





 晴天の空の下、私はいつも通りの道を歩く。朝7時45分過ぎ、つまりは学校への登校の時間。



「んー、今日もいい天気ですっ!」



 学校は家から歩くには少し遠いから、通学にはいつも電車を使っている。

 都心に近いわけじゃない、少し田舎方面の地域。だからそこに着く電車も特に混み合う様子ない。いつもの特等席は今日も空いている。



(さてと、今日は何か面白いことがあるといいなぁ)



 私は電車に揺られながら、いつもしてる事がある。それはスマホでネットサーフィンをすること。別に暇人だとかじゃないですよ。

 情報世界のネットには、世界中の何十億という人が自分の体験したこと、願いなどを呟かれ、毎日毎日飽きることなく頻繁に更新されていく。そんな中から面白そうなものを見つけるのはあまり難しくはありません。



『ーーあの人気作品の映画化が決定!放映日はーー』


『ーーもう夏に突入!?例年より早い暑さが日本をーー』



 時には今流行りのゲーム。ある時は今現実で起きているイベントだとか。

 今を生きる殆どの人間がスマホを持っている世の中では、街中で見るものや、はたまた見たことも無いような大事件など、色んな情報が交差している。

 そんなこの世の中では、とあるジャンルが人気を集めていた。



 それはーー



(…あ、また『異世界』だ。みんな大好きですねぇ。)



 ネットのどのページに行っても目に映るのは、これでもかと派手な色やフォントを使った『異世界』の文字。そして、そんな異世界というジャンルの中でとりわけ人気を博しているのは『転生』や『転移』。

 今の日本では、それがブームになっている。



(まぁ、一般人が異世界に行くにはそれしかないですよね……)



 転生。それははるか昔からある神話などでは、自分の命を新しい命へと変生させること。また新たなる生命としてもう一度生を受けることを指す、らしい。

 そして転移。これに関しては全く違う世界に能力などがプラスマイナス追加などあれど、本人がそのまま移動してしまうというもの。

 そして、世の中の人達はそんな非現実なことにイメージをふくらませ心を奪われていた。魔法やモンスターなど現実には無いような物は、今に少し退屈になった人たちには魅力的に見えるからだと思う。



(翼を生やした猫さんに、二足歩行するカエルさん……空を飛ぶ島とか魔法とか………ふふっ、何だか変な感じですね。)



 そんな例に漏れず、私の通う学校でもソレは流行っていたりする。

 休み時間になれば、周りのみんなは自分の思う世界を語り合う。


 ーーこういう異世界っていいよね。


 ーーある人がこういう世界を考えていてさ


 まるで周りのみんなが作家になったかのように顔を輝かせて話す。

 まぁ、そんな客観的に言う私も、周りの皆ほどじゃないですけど、異世界というものに心が引き寄せられていたりなかったり。



(異世界……別の世界、か……)



 目を瞑って、ここでは無い異世界に思いを馳せる。



(色んな形や色の花…知らない動物達、そして、魔法を使って生活をする人達。そんな人たちが居るんだろうなぁ………それに……)



 と、いうところで私は空想という夢から覚める。いけない、いつの間にか寝ていたらしい。昨日遅くまで起きてたからなぁ。

 夢で見たとても心が騒ぐ素敵な風景。だけど所詮、それは無い物ねだりの空想です。



(うん。ないない、異世界なんてあるわけないです!)



 周りとは違って、私は無いものは無いと切り捨てる。

 興味が無いといえば嘘だけど、でもそんなものはただの夢だって分かってる。今日も一日、何気なく時間が過ぎるんだろうなって感じがする。

 そう確信している私は、今日もまた大人しく授業を受ける。


 タメにはなるけど、興味はない座学授業。


 身体はほぐれるけど、ただ疲れるだけの体育。


 いつもとあまり変わらない、レンジで解凍したおかずのお昼ご飯。


 毎日しているのだから汚れなんて大してない掃除。


 帰りのホームルームで先生からの言葉を聞き流しながら、私はまた何気ない時間を流して、家へと帰っていくのだった。



「ーー今日も、特に面白そうなものは無かったなぁ。」



 ふぅ、って1つため息をこぼしながら、私は家の前に立つ。

 む、いけません。ため息は幸せを逃がすって言いますし、ガマンガマン。



「ただいーーー……ま??」



 玄関の扉に手を添えようとした時、扉の横に付けられた郵便ポストに、中から半分ほど顔を覗かせる手紙が見えた。



「?手紙?誰でしょう………むむ?宛先も名前も無いですね……」



 なんでしょう、コレ。文字も絵も無い真っ白な手紙なんて、初めて見ました。

 私の家には基本、スーパーのチラシとか広告だとかそういった物しか来ません。スマホの普及した世の中で手紙を出す人なんてそうそう居ないですし。

 業者の渡してくる特殊なものならまだしも、ここまで見るからに一般的な手紙は見たことがありません。



「……ただいまー。」



 私は手紙を持ったまま、扉を開けて家の中へと入る。

 靴を脱いでそのまま台所へ向かうと、多分料理の支度だと思うけど、お母さんがエプロン姿でキッチンに立っていた。



「……あら、璃々花。おかえりなさい。」



 お母さんは料理から目を離さず、律儀に返事をする。今日はお母さんが作ってくれるんだ。



「ねぇお母さん。手紙が来てたけど……知らない?」



 そう言って私は手紙を見せるように掲げた。私宛じゃない以上、多分お母さん宛でしかないはずなんですが。

 珍しい届きものに、お母さんは調理の手を止めて私の持つ手紙をジーッと見つめる。



「いいえ、知らないわよ。璃々花当てなんじゃない?中を見れば分かるわよ。もう少しでご飯できるから待っててね。」



 お母さんは特に気にすることなく目線をキッチンに戻し調理を始める。

 うーん、お母さん宛じゃないなら誰のでしょう。



「お母さんも知らない手紙………開けてもいいのかな……?」



 中身の分からないものを開ける恐怖と興味が、今の私の心を染める。久々に感じたワクワク、ってやつですね。



「まぁ、開けて見れば分かることです。」



 自室に戻って、カバンを置き、手紙を見る。

 見れば見るほど不気味ですね、この手紙。折り目も汚れもないなんてビックリです。

 とりあえず開けてみようとハサミで切ったら、中からはこれまた真っ白な紙が現れた。



「ーーむむ、また真っ白な紙……?」



 薄く何か書いてあるのかと思いジーッとよく見たけれど……うん、やっぱり真っ白です。

 汚れも字も絵も何一つない、逆に怖く感じるほどの真っ白。



「イタズラ、ですかね……?」



 中身の無い手紙なんて十中八九イタズラでしょう。どこかの子供がやったのかな?

 うーん、こりゃいっぱい食わされたってヤツですね。出来がよかったので思っきり騙されました。

 とりあえず、机の横に置いてある小さなゴミ箱に捨ててしまおうと手を伸ばす。



 ーーーすると




「……?あれ、これなにか光って………?」



 伸ばした手の中で、白色の紙からそれに負けない程の眩しい光が紙から溢れだす。

 何これ、窓からの光?ううん、そんな訳ない。だってカーテン閉めてますしーー

 それが一体なんなのかを知るより前に、その光は、一層力を強めて私を飲み込んでしまった。



「きゃっ!!」



 うわっ、眩しい!!?

 腕と瞼で遮られた真っ暗な視界にさえ届く光。でも、そんな目に突き刺さる光はやがてなくなり、瞼を閉じた私の視界は真っ暗に戻る。



ーー終わった、かな?















「………え?」







 目を開ければそこは真っ暗闇。さっきの光に反し今度は色のない真っ暗闇だった。

 先程までは座っていた椅子も、部屋を彩っていた家具も何一つ無い。ううん、これは最早、部屋ですらない。

 え、何コレ?私、また夢でも見てるんですか………?

 そんなことを思っていると、どこからともなく聞いたことも無い女性の声が現れる。



「あれー?うーん……おかしいなぁ。ここは普通なら『えっ!?何ここ!!??私どうなってるの!!??』……っていうお決まりな大慌てネタが起きるはずなんだけど。冷静すぎない?」



 その声はどこから聞こえてくるのか。

 上かもしれないし下からかもしれない。もしかすると自分から発されているかもしれない、そう思ってしまうほどこの謎の声が全体から聞こえてくる。



「ーーえ?あ、え、えーっと……ご安心してください、誰かさん…?あまりに突然過ぎて反応できてないだけですので……」



 謎の声は慌てた様子が見たかったらしいけど、生憎私はパニックに陥り一周まわって冷静になっている。残念ながら、その反応は見込めない。



「あら、そう?って言ってもまぁ知ってたけどね?んー、じゃあそのついでに色々言っちゃおう!私はとある世界の女神。君のいた世界からルーレットで決まった人を異世界へと連れていこうという仕事をしてます。という訳で、おめでとう!君が選ばれたよ、異世界旅行者に!!」





 ーーーうん??何だって?





「え、女神……んん??」



 分からない。急に色んな言葉が飛びかかってきて処理するのに時間がかかる。

 今なんて言ったんでしょう。女神……とか、異世界……??



「………………はぁ。異世界、旅行者ですか。しかもルーレット……」



 夢かと思い頬をつねるけど、うん。痛い。全然痛い。

 どうもこの光景、そしてこの状況に謎の声。現実感が湧きません。

 正直夢だと思いたかったけど、さっきの痛みがそうはさせてくれないらしい。

 うん、よし。ここは頭をからっぽにして諦めよう。全部受け入れるしかないみたい。

 そう割り切ったはみたものの、ただ唯一どうもルーレットという単語が気になる。



「わーい、もっと嬉しがって欲しいなぁ。だって異世界だよ?新しい世界だよ?今とは違う人生だよ?ルーレットって言っても、今の人生に不満を抱いている子しか選ばれないんだけど。君もそうでしょ?」


「………まぁ、そうですけど。」



 女神を名乗る声は明るい声で私に尋ねる。

 今の人生に不満を抱く。そう聞かれたら、頭を縦に振らずにはいられない。

 そう思わないようにしていたが、心の底では女神様の言った通り、今の人生のとあることに不満を持っているのかもしれない。



「うーん、じゃあ、合意ってことで!契約成立ね!」


「えっ、これって契約とか交わすやつなんですか?」


「大丈夫大丈夫!言葉のあやってやつだよ。別に何かある訳じゃなからさ。」


「はぁ……。」



 何でだろう。姿は見えてはいないのに、どんな表情で話しているかが読み取れる。



「さてさて、そんな訳で。今から異世界旅行に行く君に、説明しなくちゃいけない」


「説明、ですか?」


「そう!君が異世界に行くにあたって、私は1つ君にプレゼントをしようと思うんだ。」


「プレゼント、ですか?」


「うん!そのプレゼントって言うのはね、異世界で生きるのに大切で大事な“力”なのだー!」


「力………それって、魔法ってやつですか!?」


「正解大正解!ま、てかプレゼントしないとすぐ死んじゃうからなんだけどね。」


「うぇ……死ぬって……」


「いや、当たり前でしょ?魔法も持たずに魔法が主流の世界で生きていけるわけないじゃん。」



 ビックリするほどのド正論。特に私なんか魔法を貰ってもすぐ死にそう。



「さーてさてさて。そのあげる力なんだけどね。これがまたーーーーールーレットなんだなーー!!」



「……………え、また?」



 またルーレット……。

 私の今後の人生を決めると言っても過言じゃない結果がルーレットなのはどうなんでしょう。

 すこし格好がつかないような気がするーーなんて思ってる間に目の前に現れたのは、うん。間違いなくルーレット。しかもこれ、なんか見た事あるな。



「あの、これなんか人生ゲームとかで見た気が……」


「人生ゲーム?この世界でルーレットを検索したらこれ出てきたからコレにしたんだけど、ダメ??」


「いえ、ダメってわけじゃないんですけど……その、安っぽいっていうか。」


「ノンノン!世の中見て見ぬふり気づかぬ振りは大切よ。格好良さなんて人個人の感覚なんだから。さ、つべこべ言わずに回した回した!」



 有無を言わせない女神に乗せられて、私はルーレットに手をかける。



「じゃあ………えい。」



 やるからには全力でと思い、思いっきり力を込めてルーレットを回す。

 思いっきり回したルーレットはカラカラカラと音を立てる。



「あら、いい回転ね。あまりにも良すぎて止まるのに五分ぐらいかかっちゃうぐらいに。でも長すぎるので私が止めるね。とりゃ!」


「あぁっ!!止められたらルーレットの楽しみが………」



 止めるんだったら最初からやる必要あったかな……?



「えーっと、ふむふむ…………なるほど。喜べ少女よ!キミに授けられた能力は《超生命(スーパーライフ)》!!しかも、固有体質不運(アンラッキー)付きだ!」



 女神様は特に声色を変えることなく、結果を言い渡す。






 ………超生命?しかも、不運って……?






「えっ、ちょっと待ってください女神様!《超生命》ってなんですか!?魔法の名前っぽくないんですが!しかも不運て!!」


「むむ?《超生命》は凄いんだぞぉ?生命力がバカみたいに高くって、疲れてもすぐに回復する!傷だってすぐに治るし、病気にだってかからない。更に身体能力もずば抜けと来たもんだ!!」


「それ魔法じゃないですよね!?他の魔法とか付いてないんですか!!?」


「全く。強いて言うなら固有体質ってうスキルで《不運》が付いたぐらいだけど………スキルってあんまり付かないんだよ?ま、それが《不運》だったっていう君の元からの不運さだね。不運で不運を呼んだ感じ?」



 何という不運さ。今までの一生の中で、ここまで1番自分の不運さを呪ったことはない。


「うぅー、これ返却とか出来ないんですか?」


「出来ません。もう君に与えちゃったし。」



 ですよねー……



「さて、これ以上居たら君からの苦情がすごそうだし、早速異世界に飛ばすね?」



「え、もうですか!?まだ心の準備と納得が出来てないんですけどーー!!」


「知らない知らない聞こえなーい!ふぅ………さてと。」



 未だ納得がいってない私を放って、女神様は準備を始める。



〈我、ガイア星態現最高神『ヘラ』の名の元に、汝の命運を循環する。〉


「凄い真面目になった!?」


 うぅー!まだ頭の処理が終わってないのにーー!!

 慌てる私に構わず、ここに私を呼んだ光が、今一度私の体を包み始める。それと同時に、急な眠気が私を襲う。



「ーー大丈夫。何があっても諦めないキミならって、信じてるよ。璃々花ちゃん。」



 最後に何か聞こえた気がするけど、私の意識は既に眠りの中へと消えていった。





「大丈夫、大丈夫だよ。これから苦難が訪れようと、キミなら。きっと世界を救うーーーーー」




















「〈奇跡になってくれるともーーー〉」


















ーー

ーーー

ーーーー

ーーーーー


「ーーっ!ーーーだ!ーやく!!」


「なに、あれーーーーうわっーーー」


「早く逃げてーー」



 長い眠りから覚めると、あらゆる五感で周りの感覚を手に入れる。

 それは、人の声。だが叫んでいるかのように声が大きい。

 それは、流れる風。だかあまりにも強風すぎる。

 それは、真っ赤に燃える街並み。………破壊されてる?



 ……というより、本当に燃えているーーー




「…………へっ?」



 そこは、家からは火が燃え上がり、悲鳴とともに人々が逃げる街並みだった。

 吹き溢れる煙と、立ち上る火。

 とりあえず、さっきまでいたはずの景色じゃないことは分かる。

 ここは異世界で、無事に来れたんだろうってことは、何となく察しましたけど……けど、最初の光景がコレ……??

 何も状況が飲み込めずポカンと立ち尽くしているとこちらに駆け寄ってくる男性が声をかけてくる。



「何をしてるんだ君はっ!!早く逃げなさい!じゃないと、暴れているドラゴンが………って、うわぁ!こっちに来やがった!!!」



 ズシンと重い衝撃が地面から伝わってくる。その音のする方向を見てみると、そこには漫画やアニメなどでしか見たことの無い姿が見えた。

 射抜かんとするギラりとした大きな目玉。人1人は丸呑みできるほどに太い首に、その巨体を覆い尽くすほどの翼。大樹のように太い手足に、長い尾。火花で薄赤く光る真っ白な鱗。

 間違いない。これが紛うことなき『ドラゴン』でしょう。

 先程までの男性は、こちらを向いたドラゴンに気圧され慌てて逃げだしていく。



「…………えーっと…これ、もしかして……」


「グガァァァァァァアアアア!!!」



 目前のドラゴンは喉の奥から街全体に広がるように雄叫びをあげる。

 初めての異世界。その最初の1歩。それが、こんな大事件のまっさだなか。

 うん。これは間違いないです。


「…もう既に…《不運》が絶賛発動中ですか………?」



 ドラゴンは全身の力を右手に込めて、強く地面を叩く。叩き潰された地面はドラゴンの手を中心に硬い大理石をめくりあげる。

 ーー座り込んでた私を乗せて。



「え、え、ちょ、こっちにーーってうわぁあ!!」



 衝撃により巻き上がる地面と共に、空高くへとその軽い身体を吹き飛ばされる。






 『不運アンラッキー

 それは、女神様から授かった能力と共に昇華した心底いらない私の体質。

 不運な今までとサヨナラできると思って異世界に行くって言ったのに。



「こんなの……こんなの…っ!私の思ってた転生じゃなぁーーーい!!!」






 これは、“幸運”にも異世界に呼ばれ、“不運”にもいらない能力を貰った。






 ーー1人の少女の物語。

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