アルメニアを発つ

こうしてまた人間という生き物の現実に触れて、僕達はホテルへと戻った。


「おかえり」


受付の男性があたたかく迎えてくれる。でも、この男性も、これまでに様々な経験をしてきたんだろうなと感じる。そういう年輪が見える気がする。それでもなお、こうして人間の街で暮らしているんだ。


実は吸血鬼もそうなんだけど、人間も、自分の思い通りになることが幸せだと、それが正しいことだと思ってる面がある。だけどそんなのはただ自分に甘いだけなんだよ。この世は、自分の思い通りにならないことこそが本来の姿なんだ。


それを前提に、ほんの一握りの例外を作っていくのが、『生きる』ということだと僕は思う。そうして作り上げることができた<ほんの一握りの例外>こそが、<幸せ>になるんだと思う。


大切なものを奪われないようにするために戦うことは大切だけど、他者の大切なものを奪わないように努力することはもっと大切なんだ。他者の大切なものを奪い取ることで自分の思い通りにしようとすることが、やがて戦争にも繋がっていくから。


もちろん、生きるためには命を奪わなくちゃいけない。それはつまり、<大切なもの>を奪う行為に他ならない。けれど、最低限生きるためにさえそれをしているんだから、拡大解釈して、


『他の誰かから奪って自分を満たせばいい』


と考えるのは、ただの傲慢だ。


必要最小限で済ませる努力が必要なんじゃないかな。僕はその努力を続けたいと思う。


少なくとも同種同士で奪い合うことは避けた方が、無駄に不幸を生まないと思うんだけどな。


『他人が奪おうとしてるんだから自分も』


と考えるのは、『他人の所為』にしているだけだよね。自分はそうやって他人の所為にするのに、自分以外の誰かが『他人の所為』にしようとしたら責めるのは何故?


『他人の所為にするな』


『社会の所為にするな』


と言うのなら、自分も他人や社会の所為にしちゃいけないんじゃないかな。


僕は、そういうことについて、悠里ユーリ安和アンナと話し合う。アオと椿つばきも交えてね。


自分が吸血鬼であることも、悠里と安和がダンピールであることも、アオと椿が人間であることも、すべて含めて考える。




翌日、僕達はアルメニアを発つ。今度こそ列車でアララトに向かい、そこから歩いて国境を越え、アララト山を目指すんだ。一応、<トルコ領>とされている、でもアルメニアはそれを認めていない、アララト山にね。


せっかくだから、<ノアの箱舟>でも探してやろうってことで。


冗談だけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る