椿と紫音 その11

椿つばきに対して有意に進めていたのに、ルーレットの出目によって椿が逆転すると、再び、紫音しおんが苛立ちを募らせ始める。


しかも、所持金すべてを失うトラップに嵌り、


「あーっっ!!」


癇癪を起して盤上のコマを手で払いのけた。しかも、拳をボードに叩きつけて怒りをあらわにする。


普通ならその行いを、厳しく叱責するところかもしれない。けれど椿は、


「あらららら」


少し驚いたような様子は見せながらも、


「なかなか上手くいかないね」


彼を叱責するのではなく、ただ理解を示す。


けれど癇癪を起こした紫音しおんは、ボードゲームを何度も殴りつけた後、部屋の隅に膝を抱えて座り込んだ。


自分の感情を持て余してしまって、どうすればいいのか分からなくなったんだろうな。


それでいて、その感情を、直接、椿にぶつけようとしない辺りに、まだ理性を感じる。まだ取り返しがつく段階だと感じる。


椿に殴りかかったりしちゃいけないとは、まだ思ってくれてるんだろうね。


そんな彼の肩に椿はそっと手を触れた。なのに紫音しおんは、


「んんっっ!」


獣の呻き声のような声を上げつつ、体をゆすって椿の手を振り払う。


たぶん、今、彼の中では、自分の思い通りにいかないことに対する憤りと同時に、実は上手くできない自分自身に対する憤りとが無秩序に渦巻いているんじゃないかな。


優しくされると余計に惨めな気分になる状態なのかもしれない。


気遣って慰めようとしたことを拒絶された椿つばきは、さすがに戸惑った様子だった。自分や悠里ユーリ安和アンナは、こんな態度を取ることはまずないから。


そういうところからも、紫音しおんが自分の家でどんな思いをしているのかを、椿は悟ったみたいだ。


自分達が取ることのない態度を取らずにいられない紫音しおんの精神状態を察してしまう。


だからこの日はもう、彼が拗ねるに任せて、自分はただ静かに彼の傍でじっと見守るだけだった。


声も掛けない、慰めようともしない。ただ、傍にいるだけ。


余計なこともしないけれど、見捨てもしない。


「帰る……」


紫音しおんは立ち上がって、椿に視線を向けることもしないまま、部屋を出て行った。


でも、そうやっていつもより早く帰ったことで、彼はさらに傷付けられることになってしまった。


母親が、父親じゃない男性とリビングで睦み合っているのを見てしまったんだ。


瞬間、


「何で帰ってきてんだよ!! もっと遊んでろよ!!」


母親が感情を爆発させたのが、自宅の書斎にいた僕にさえ聞こえてしまってた。もっとも、それ以前から、男性との行為で嬌声を上げていたのが聞こえていたんだけどね。


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