慌てる必要もない

こうして、<猫のブローチ>は、日本に向けて発送されることになった。到着予定は二週間から三週間。確実を期すために敢えて時間が掛けられる。輸出時や輸入時のチェックもしっかりとクリアするためだ。


一緒に送られる物品は、きちんと実際にドイツの商社が正式に輸入手続きをしたものだった。民芸品とかが多いそうだ。それだと、雑多な物品が同梱されていても不自然じゃないからね。


「無事に届きますように……」


安和アンナが手を合わせて祈る。確かに、事故率一パーセントは、日本の郵便や宅配のそれに比べればはるかに高いものだろうな。だけど、安和自身、そういうことがあるというのは承知してくれている。


『この世というのはそういうものだ』


というのはね。だから何か好ましくないことが起こっても、慌てる必要もない。残念なのは事実でも、


『何もかもが自分の思い通りにいくわけじゃない』


というのをわきまえていれば、心も乱されにくくなる。


もちろんそれは、理不尽な行いに対してされるがままになれという意味じゃない。あくまでこの世界を生きる上において必要な心構えという意味だ。


理不尽な行いに対しては必要とあれば断固とした対処を行うこともちろんある。


もっとも、安和あんなのサイトに現れるようなのや、椿つばきが煩わされた程度のそれについては、そこまではしないけどね。あくまで身体生命に影響が出るようなレベルの行為に対しては、だから。


ただし、安和あんなのサイトに現れるようなのが、今以上に攻撃的になったり、数が増えるようなら、改めて対処しなければいけなくもなるだろうけど。


今はあくまでも<猶予期間>ということだ。その間にあの人間が自らの行いを改めるならそれでよし。もし改めないのであれば、一層、不幸になるだけだろうね。


あんなことをせずにいられないというのは、結局、本人が、不幸だからというのが一番の理由だろうし。悠里ユーリや安和や椿つばきは、そんなことはしないしする理由がない。それを思えば。


加えて、自身が好ましくない事をしているというのは、これまでに何度もアカウントが停止されていることから、あの人間にも分かるはずだ。


今も、安和は、コツコツと、運営に違反報告を行っている。


実はその所為か、最初の頃はそれこそもっと直接的で過激な文言のコメントしてきていたのが、多少は抑えた表現になってきてるんだ。


自分が運営から処分を受けるような行いをしている自覚も、少しはあるんだろう。


安和も、それに気付いて、今では憐憫さえ向けるようになっていたな。


「ダンピールに生まれた私だってこんなに幸せなのに、なんでこいつはこんななんだろうね。どんな親の下に生まれたらこうなるんだろう……」


と……


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