事案

冠井かむらいさん! 何やってるんですかっ!?」


冠井迅かむらいじん椿つばきの机を強く蹴り、それが彼女の体に激しくぶつかるその瞬間を、たまたま教室に来たことで目撃した担任教師が叫んだ。


「うう……」


机がぶつかった弾みで椅子ごと転倒した椿は胸を押さえてうずくまってしまう。


桐佐目きりさめさん!」


「椿ちゃん!!」


普段は何かといがみ合う山下羽楼やましたはろう藤木一紅ふじきぴんくでさえ、椿を案じて声を上げる。


椿も胸の痛みに起き上がることができず、救急車が呼ばれ、警官まで現れた。


この時点では学校側は警察には通報していなかったものの、自治体とこの地域を管轄する警察および消防との間で<子供の被害>について協議がなされていて、子供を要救助者とする救急要請があった時には消防から警察に連絡が行くようになっていたのである。


意識ははっきりしていながらも胸の強い痛みを訴えている椿から事情を聞いたことで警察としても<暴行事案>として扱うことを決め、暴行の非行事実で冠井迅かむらいじんから事情を聴くこととなった。


これにより、学校側も担当弁護士に連絡を入れ、正式に重要な案件として対処を決定。弁護士が冠井迅かむらいじんの両親に連絡を入れた。


すると母親が迎えに来て、その日は一旦、自宅での待機を言い渡され、翌日以降、改めて事情が聴かれる流れに。


これについて、仕事から帰った父親は激怒。


「お前がちゃんとしてないからこんなことになるんだ!!」


と激昂しながら母親の頬を平手で打ったという。


さらには冠井迅かむらいじんにも平手を浴びせ、


「他人に迷惑を掛けるなといつも言ってるだろうが!!」


などと叱責したが、実はそれは、


『他人に迷惑を掛けるな』


というのはただの建前で、


『俺に迷惑を掛けるな!』


というのが本音であることは、母親はおろか息子の迅にさえ見抜かれていた。


なお、学校側はすでに<教育の範疇>を超えてると判断し、対応を弁護士に一任することを改めて決め、弁護士が対応に当った。


これは、<モンスターペアレンツ>等の、学校を取り巻く諸問題に対処するために当該地域を所管する教育委員会が決定したことだった。


これまで治外法権的に学校内で起こる事案について学校側だけで処理してきたことを改め、


『学校は司法機関ではない』


という、本来ならば『当たり前』の見地に立ち返って、学校内で行われる触法行為については、警察や司法とも連携し毅然とした態度で臨むこととしたのである。


冠井迅かむらいじんの行為は、それに当てはまると判断されたということだ。


この対応に対して、


『大袈裟な!』


とか、


『子供の悪ふざけくらいで!』


と批判する者もいるものの、


『こんな些細なことで警察沙汰にするとか、息苦しい世の中になった』


と口にする人間もいるものの、今回の学校側の対応は、


『<やったもん勝ち>を許さない』


というだけの話である。


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