怪物らしい怪物

『私は、自分が撃たれる覚悟を持っている』


セルゲイはそう言ったものの、実はそれはある種の<ハッタリ>である。


何しろ彼は吸血鬼。拳銃で撃たれたくらいでは死ぬことはない。痛みも制御できる。となれば、人間が銃で撃たれるのとはまるで意味が違うからだ。


だから、基本的にこれは、この強盗に対して、自身の考えを改めさせるきっかけになればという意図もある。


おそらく無駄になる可能性の方がはるかに高いことも分かってはいるけれど。


そうこうしている間に、どこかのんびりとした雰囲気も放ちながら駆けつけた警察に強盗犯を引き渡す。この際、ボリスが警官達と顔見知りだったことで、すぐに話がつき、さほど煩わされることなく開放された。


なお、銃で自分の肩を撃ったセルゲイについては、それを申告はしなかった。どうせ吸血鬼だから平気だし、騒ぎになったことで落ち着いて食事もできそうにないことから別のレストランに移動して食事にしようということになり改めて自動車に乗り込んだ時に、


「まったく無茶しやがる。まあどうせお前のことなんだから大丈夫なんだろうけどな」


とボリスも呆れたように言う。


それに対してセルゲイも、


「まあね」


と、撃った方の肩をぐいぐいと回しながら応えた。シャツは破れて血は付いているものの、量は少ないしすでに乾いている。


そんな二人を、悠里ユーリ安和アンナは呆気に取られたように見ていた。


特にセルゲイについては、これまで見たことのない冷酷な表情を見ることになったからというのもあるだろう。


吸血鬼としての彼の一面を垣間見る思いだった。


「ごめん。怖かったね」


そんな二人の気配を察してか、セルゲイが後ろを振り向いて、いつもの穏やかな笑顔を向ける。


「あ…うん、大丈夫」


安和はそう応えたものの、それが強がりを含んだものであることは誰の目にも明らかだった。


けれど、これもまた、現実。そういうものも受け止められるようになっていかないと、この先、こういうことは何度もある。


だからミハエルも、


「不安だったら無理せずにそれを打ち明けてくれたらいいよ。そういうのは押し殺すんじゃなく、認めた上でどうやったら受け止められるようになるのかを考えるんだ。そのための助言は僕達もする。それは人生の先輩としての役目だ」


と、悠里と安和に告げた。


そんな様子に、ボリスは、


「まったく。いいお父さんじゃねえか。その辺の人間なんかよりよっぽど人間らしい。俺の父親なんざ飲んだくれては女房子供を殴る蹴るだったからな。


子供の俺から見たら吸血鬼よりも怪物らしい怪物だったぜ」


およそ今の姿からは想像もつかないような話をし、次のレストランに向けて車を走らせたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る