ベネズエラへ

ミハエル達との出逢いは美千穂にとってもすばらしいものだったかもしれないが、同時に、ミハエル達にとってもかけがえのないものだった。こうして正体を明かしても変わらずに接してくれる人間を見付けられることは吸血鬼にとっては何にも代え難いものなのだから。


そして互いに本アカウントの連絡先を交わし、ミハエル達は次の目的地、南米のベネズエラへと向かった。


なお、美千穂が日本のホテルグループを経営する一族の子女であることを誘拐犯達が知った経緯は、カナダに来てからできた友人の一人が、深く考えずにSNS上でそのことを面白おかしく触れたからだった。


これについては必ずしも法に触れるようなことではなかったので直接責めるようなことはしなかったものの、SNSで個人情報を発信することを硬く禁じている大学からは厳重注意が行われたという。


大学の講義があったから空港までは見送りにいけなかったけれど、ホテル前でタクシーに乗るミハエル達を、美千穂は見送ってくれた。


「お元気で」


「美千穂も体に気を付けて。夢が叶うことを私達も祈っています」


そうやり取りし、別れの寂しさに少し涙ぐんでいる美千穂を、セルゲイがそっと抱き締めてくれたりもした。


「…まあ、これくらいは挨拶だから……!」


安和アンナは少し不満そうにしながらもそう言って認めてくれた。


こうしてカナダを離れベネズエラ入りしたミハエル達だったが、温和な雰囲気だったカナダとは違い、空港に降り立つ以前から何とも言えない緊張感が漂っていた。


と言うのも、ベネズエラは現在、反米派、親米派の二つの<政府>が並び立ち、互いに強く反目しあっている状態で、非常に不安定な情勢だったからである。


西側諸国は親米派の政権を正当なものとして承認しているとはいえ、反米主義的な東側諸国は反米派の政権を正当なものとして支持していて、解決の糸口さえ見えない状態だった。


現在ではあからさまな武力衝突こそ控えめになっているものの、それでも、それぞれの政権を支持する人間同士による散発的な衝突は起こっていて、多くの地域で日本からは渡航中止勧告さえ出されている。


どうしてそんな危険なところに行くかと言えば、それはもちろん、人間の世界の現実を見ることに加え、有名なギアナ高地の一部が含まれているため、そこに生息する昆虫の観察が大きな目的であった。


加えて、現時点では軍の多くを掌握し実効支配を行っておりやや優勢と見られている反米派の政権はロシアの支援も受けていることから、ミハエル達はロシアの身分証明書を持ち、ロシア人として入国を果たしている。


そして何より、ここにはセルゲイの古くからの友人(人間)が住んでいたのだった。


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