相変わらずです

「まあ、訊くまでもないと思うが、エンディミオンは元気か?」


夕食の後、打ち合わせのために家を訪れたさくらに、アオはそう尋ねた。


するとさくらは、


「はい、確かに訊くまでもなく相変わらずです。花に夢中で、昨日は結局、一言も会話しませんでした」


と、やや不服そうな面持ちで応えた。


「お…おう、そうか……」


これがさくらの、月城つきしろ家の現状だった。さくらはエンディミオンを愛しているし、エンディミオンもさくらを愛してくれているのは間違いないものの、元々、根が真面目でのめり込みやすい性格のエンディミオンは、ダンピールであるが故に体力的にも長時間の作業も平気なので、集中すると他のことは慮外になってしまう傾向があった。


かつてはそれが周囲の人間に対する冷酷さとして発揮されていたので、そういう意味では心配も減ったけれど、その分、夫婦の時間が減ってしまったことについては、さくらとしても寂しいところだったのである。


ただ、


「でも、分かってはいるんです。彼がそうやって花に夢中になれるっていうのは、彼の過去を思えば喜ばしいことなんだって。花に夢中になれるほど今が平穏なんだって……」


と、さくらが言うとおり、彼女も理解はしていた。あまりに過酷な人生を送ってきた彼がそうしていられるのは喜ばしいことだと。


けれど、人間の感情というのはそう単純なものでもないことで、愛するエンディミオンとの時間が取れないことに、さくらとしては複雑な想いもあるのも事実だった。


「人間関係は難しいなあ…」


アオが思わず呟く。


さくらの言うように彼の過去を思えばそうしていられるのはむしろ素晴らしいことだと感じる。


さりとて、さくらがこうして寂しげな表情かおをするのは家族同然の者としては残念でもある。


が、なにぶん、相手は旧来の常識の中で生きてきたダンピール。しかもいまだにミハエルのことは狙ってもいる。しかもアオのことも<吸血鬼の仲間>として快くは思ってない。そんな自分が口出ししてはかえってエンディミオンの感情を逆撫でするだろうということで、静観するしかない。


とは言え、実は、


『これも、<幸せな悩み>と言えるのだろうな……』


とも思えた。


人間を恨み吸血鬼を憎んでいた彼が、


『夫婦の会話がない』


程度のことで妻に不満をもたれるくらいは。


『それに、皮肉なもんだな…誰の言葉にも耳を貸さなかったはずのエンディミオンに届く言葉を発せられたはずのさくらが、今や夫婦の会話がないことに悩むとは……』


それも踏まえて、アオは、さくらとエンディミオンの関係を思い返していたのだった。


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