聞いてもらえるような背景
『オレがはねられたらお前らの責任だ!』
アオや交通指導員の女性に対してそう吐き捨てた男の子について、学校でも問題として取り上げられた。アオも交通指導員の女性も具体的にその男の子の名前や学年を知らなかったことですぐには特定されなかったものの、集団登校で一緒に通っていた生徒の中には当然知っている者もおり、数日の後に特定され、指導が入ることになった。
しかし、アオはそれについては何も知らされていないし、首を突っ込むつもりもなかった。
他人の家庭のやり方に口出ししても上手くいくビジョンが見えなかったからだ。
「だって、ロクに知りもしない赤の他人の言うことなんて、まともに聞く人とかいると思う?」
ということだった。アオ自身がそんな形で口出しされて素直に言うことを聞くようなタイプじゃなかった。聞いているようなフリをしていても、それはフリだけだった。
適当に聞いているフリをしておけばそれで済むことを知っていた。だから分かってしまう。効果がないことが。それどころか、自分の両親や兄を見ていれば、他人に口出しをされるとかえって意固地になってしまうことも分かってしまう。
ましてや、自分より弱い相手を平然と怒鳴りつけたり殴ったりできるようなタイプは、自分こそが正しいと思っているので、それに反する意見については基本的に耳を貸すこともない。
それもよく知っていた。
だから直接口出ししない。
話を聞いてもらうには、聞いてもらえるような背景が必要だった。
<尊敬している相手>
などの背景が。
しかしそんなものはすぐには用意できない。
他人の家庭の事情に口出しすることの難しさがそこにあった。
結局、話を聞いてくれる人間を間に立てないと逆に拗れることの方が多いということだろう。
加えて、人間関係においては<信頼>がどれほど重要であるかという話かもしれない。
しかも、頭ごなしに『信頼しろ!』と言ったところで信頼してくれる人間は滅多にいない。その辺りをおざなりにしているから上手くいかないという事例が多いはず。
そして、そこまでできない自分が、あの男の子を頭ごなしに叱り付けてもやっぱり上手くいかないことも分かる。
『さくらならどうするかなあ……』
そんなことも思うものの、さくらにも無理だというのは分かっている。彼女が、夫の<エンディミオン>を変えられたのは、何も彼女一人の努力の結果じゃないことも分かっているから。
<エンディミオン>
彼にさくらの言葉がなぜ届いたのか、アオは改めて考えていたのだった。
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