渋滞

ミハエルと安和アンナが一人の子供の命を救っていたその時、セルゲイと悠里ユーリはしっかりと渋滞の列につかまっていた。


「どう? 気分は悪くない?」


後席でチャイルドシートに収まっている悠里にセルゲイが声を掛ける。


「うん。大丈夫」


と応えた悠里の声はまだ張りがあった。確かに大丈夫なようだ。携帯ゲームも持ってきているし、退屈はしていない。


でも、


「ごめんね。だけどこれも人間社会だから」


こうして渋滞で時間をロスすることも学ぶ必要がある。


ただ、悠里はつい思ってしまう。


「人間って寿命短いのにこんなことで時間無駄にするんだね」


言われてみれば確かにそうだ。渋滞に並ぶよりも何か有意義なことをすればいいのに。


と考えてしまう。しかしそれに対してセルゲイは言った。


「そう思うのは、悠里がダンピールであり、自動車など使わなくても易々と長距離の移動ができてしまうことで、他に選択肢があるからじゃないかな。目的地に行くのにそれしか方法がないとなれば渋滞しているのが分かっていても選択するしかない場合だってあるよ」


「あ…そうか……」


セルゲイはそういう部分も含めて、自分達と人間達の違いについても悠里に学んでもらおうとしていた。


『自分と相手は違う』


まずそれを認めてこそ、真の相互理解が始まるからだ。違いを認めた上でどのようにすれば共存が可能であるかを模索する。


セルゲイやミハエルは、人間達を見下すこともしない。しないように自分達を律している。


その上で、悠里や安和アンナが人間を見下さないように、見下す必要がない環境を作りつつ学んでいってもらおうとしてるのだ。




なんてこともありつつ、セルゲイと悠里ユーリはようやくプンチャックへと到着した。


<人里離れたジャングル>という風情はありつつも、いわゆるドライブイン的な道路沿いのレストランには人の姿も多い。もっとも、それらの多くが<昆虫採集ツアー>の客だったけれど。


セルゲイがその駐車場に自動車を停めると、悠里も自分でチャイルドシートのベルトを外し、セルゲイに抱かれて車外に出た。


レストランで夕食をとり、しかし他のツアー客らとは離れてジャングルへと入っていく。


もちろん、幼い子供を連れて勝手にジャングルに入っていけばそれを見咎められる可能性もあったので気配は消して。


そこは、<緑の匂い>が体にねっとりとまとわりつくほどに濃密な場所だった。命がとても濃い。


立っているだけでエネルギーが沁み込んでくる気さえする、


「すごい……」


悠里が呟く。体が幼く小さい彼だとそれこそ命の濃度にてられそうなのだった。


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