自らに言い聞かせて

人生経験豊富で精神的にも成熟しているミハエルはともかく、アオが子供達を怒鳴って叩いてとせずにいられたのは、一番はミハエルの存在が大きかっただろう。彼がアオのストレスを受け止めて解消してくれるから、その苛立ちを子供達に向ける必要がなかった。


加えて、アオ自身が、子供達をとにかくよく見るようにしていたからというのもある。


子供達の顔を、姿を、表情を、仕草を、毎日しっかり見ていたことで、子供達が自分の気持ちを上手く言葉にできなくても、かなりの部分、アオにも察することができるようになった。


すると、アオが苛々していると、子供達の様子が明らかに不安げになるのが分かる。怯えた様子でアオを見て、委縮してるのだ。


もうこの時点で、子供達は、アオに対しても圧倒的な力の差を理解しているのが分かった。


悠里ユーリ安和アンナでさえ、二歳になる頃にはすでに膂力ではアオを上回っていたのに、アオが不機嫌そうな様子だと確かに怯えていた。


それを見てアオは思った。


『母親が不機嫌そうにしてるだけで子供はこんなに怯えるのに、なんでその上で怒鳴ったり叩いたりしなきゃならないんだろう…?


ま、想像はつくけどね。単に自分の感情が抑えられないだけなんだろうなって。


<躾>とかじゃないんだよ。躾にかこつけた<ストレス発散><八つ当たり>だ。


絶対にそうとは認めないだろうけどさ。


だけど、怒鳴ったり叩いたりしなくても、子供達だって分かってくれてるよ。


幼いからどうしてもすぐに忘れちゃったり、他に気になることがあったら失念しちゃうだけで、本当に分かってないわけじゃないと思う。


だって、まだ自分じゃ言葉も満足に話せないうちから、親の言ってることのかなりの部分を理解してるもん。ダンピールの悠里ユーリ安和アンナは事情はちょっと違うかもだけど、普通の人間の椿だって一歳になる頃にはかなり私の言ってることが分かってたよ。


猫とか犬は、人間の三歳とか五歳くらいの知能があるみたいなこと言われるけど、猫とか犬が、三歳や五歳の人間の子供と同じだけの言語能力があると思う? ないでしょ? それで、『子供なんて動物と同じ』とか、よく言えるよね? 全然同じじゃないじゃん。


どうしてその現実を見ようとしないの? 『動物と同じ』とか言っちゃってさ。どうして『自分と同じ人間だ』っていう現実から目を背けようとすんの? 


私が生んだのは猫や犬じゃないよ? 馬鹿にするのも程々にしてもらえる?』


と。


これは、他ならぬアオ自身が、


『子供なんて動物と同じ』


と決め付けて現実から目を背けようとしてしまうことを諫めるために自らに言い聞かせてることだった。


だからこそ、子供達も、自分をまっとうに扱ってくれる彼女のことを見倣っているのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る