今度は自分の番だ

ダンピールを妊娠した可能性が高いことを知りつつ、アオは普通だった。そして、


「そう……」


ラノベ作家<蒼井霧雨>の担当編集であり、彼女の一番の理解者でもある<月城つきしろさくら>は、事実を告げられてただ一言そう漏らしただけだった。


と言うのも、実はさくら自身が、アオにとってはいわば<先輩>に当たるがゆえに。


彼女の場合は、<ダンピール>が夫だが。


ダンピールである夫<エンディミオン>の子を宿したさくらの場合は、幸か不幸か双子を宿しつつそのどちらも普通の人間として生まれてきた。


そういう違いもあり、ダンピールを宿したアオに対して、


『頑張って』


と口にするのは無責任すぎるし、だからといって、


『気を落とさないで』


と口にするのも、『どんな子でも受け入れる』と覚悟の上でミハエルの子を宿した彼女に対して言うのも違うだろう。


さりとて、


『大丈夫だから』


と口にするのもこれまた無責任すぎる気がする。


ゆえに、「そう」としか言いようがなかった。


その上で、自分にできることであれば協力を惜しまないという覚悟もある。何しろさくら自身にとってもアオとミハエルは<恩人>なのだから。


それと言うのも、さくらにはもう一人<子>がいて、その子は<狼人間ウェアウルフ>なのだ。


もっとも、その子はさくらの実子ではない。捨て犬のようにダンボールの箱に入れて放置されていたのを見捨てられなかったために我が子として育てることになったという経緯がある。


この際、アオとミハエルが物心両面で最大限のサポートをしてくれたことで、さくらもその子も救われた。


ウェアウルフの子、<あきら>も。


だから今度は自分の番だとさくらは思っていた。


アオもさくらも、ただただ自分だけが一方的に助けてもらおうとは思っていない。助けてもらえればそれと同じだけ自分も相手を助けたいと思える関係であるがゆえに。


『類は友を呼ぶ』


の言葉通り、同じことができて同じことをしたいと思っている者同士が結局は惹かれ合う。


共感できるがゆえに。


こうしてアオは妊娠生活に入った。


宿した子がダンピールだったからかどうかは定かではないものの、妊娠初期は悪阻がひどく、仕事の方も、正直、筆が進まなかった。


そんなわけでこれまでと違って、いかにもウケそうな設定や展開をとにかく盛り込んで書いてみた作品の評判は散々で、


『ゴーストライターが書いたんですか?』


『先生の良さがまるでなくなってました。ショックです』


『何があったんですか?』


と、ファンにまで言われる始末。


もっともこれさえアオは覚悟の上だったので気にしない……つもりだったのだが、さすがに妊娠によりホルモンバランスが変化しているからか情緒不安定になり、


「なんでこんな目に遭わないといけないんだよ!!」


と喚き散らしてはミハエルに物を投げつけるという暴挙に出てしまったりもした。


けれど、


『妊娠中から出産後しばらくの間は女性は普通の状態じゃないことが多い』


ことを知っていたミハエルは、そんな彼女の八つ当たりもただ受け止めてみせた。


なぜなら、彼女とパートナーとなって子を生すことを選んだのは、他でもない自分自身なのだから。


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