第23話「当たり前だ」
「聞いてたな、シアン」
「おう! 聞いてたぞ!」
凛とした表情と声で、シアンは俺の横に並んだ。
俺と同じように自分の前に立つシアンの背中を、エストスは見つめる。
「大丈夫だぞ! エストス!」
その背は、今まで見てきた少女とは比べ物にならないほど大きく、猛々しく、震えるほど勇敢だった。
そんな少女は、胸を張って言う。
「シアンが、守るから!」
無邪気で、裏表のないシアンの心からの言葉だからこそ、その言葉を笑顔で言うからこそ、エストスは涙を流す。
そして、一つ深い呼吸をしてから、エストスはゆっくりと立ち上がった。
「こっちに、来てくれないか」
言葉から俺たちを止めようとする気が感じられなかったので、俺とシアンは言われるままエストスの方へ歩く。
俺たちのことを寂しそうに見つめると、エストスは口を開く。
「止まる気は、ないのだろう?」
「ああ」
「おう!」
「……そうか。だったら、これを持っていくといい」
エストスは自分のつけているガントレットとグリーヴを外すと、スキルを使って新たな二つのガントレットを造り上げた。
つけてみると、俺のものもシアンのものも、特注したかのように完璧に合った。
「これと君たちの身体能力があれば、あの光線を数度は相殺できるはずだ」
「……エストス…………」
「今でも、止めたいと思っているさ」
視線を落として、エストスは言った。
俺たちとは目を合わせず、独り言のようにエストスは続ける。
「失いたくないと思うほどに、君たちを大切に思っている。だから、お願いだ。死なないでくれ」
歳上の貫禄などどこにもない。
誰よりも人生を重ねたはずの彼女は、この場にいる誰よりも子どものように顔を歪ませて泣いていた。
「私にもう、罪を重ねさせないでくれ……ッ‼︎」
俺はそっとエストスの頭に手をのせ、クシャクシャと撫でる。
「もちろんだ。俺が救ってやる」
「…………ッ」
俺が振り返ると、次は自分の番だと言わんばかりにシアンが言う。
「シアンもたくさんの人を倒しちゃったから、よく分かるぞ。きっと、それが悪いことだって最初から知ってたエストスはもっと胸がチクチクするはずだぞ」
何も知らずに向かってくる冒険者を蹂躙してきた魔王軍幹部は、「でも」と、首を振ってエストスの手を握る。
「エストスはシアンとは違うはずだぞ。ずっとずっと、誰かを守れるエストスだぞ。だから、大丈夫」
満面の笑みで、シアンは伝える。
変わると決めた自分が、変わろうと決意したその根底を。
「誰かを守れる凄いやつは、絶対に悪いやつなんかじゃないぞ!」
「……君らしいね、シアン」
「えっへんだ! シアンは変わるからな!」
微笑して涙を拭うエストスに対して、笑顔で胸を張るとシアンは俺と再び並び、魔人の前に立つ。
「頑張ろうな、シアン」
「がってんだ!」
ほぼ同時に、俺たちは地面を蹴った。
目の前で、大切な仲間が自分のために戦っていた。
その姿を、エストス=エミラディオートはただ見つめていた。
一般的な身体能力しかない自分が戦うために必要な装備は、もう彼らに託した。
もう見守ることしか、出来ない。
勝って、くれるのだろうか。
不安で不安で、仕方なかった。
ただ目の前の戦闘を見つめるエストスの横に、人影が見えた。
「リヴィア、か」
「……エストス様」
エストスの横に立つエルフの少女の目は、大粒の涙で一杯だった。
今までのやり取りを全て聞いていたリヴィアは、泣きながらエストスの手を取る。
「ずっと、罪だと思っていたのですか」
「…………ああ」
「どうして、ですか……?」
弱々しく頷くエストスへ、エルフの少女は問いかけた。
「私のせいで仲間が死んだ。私のわがままが、皆を殺したんだ」
エストスの手を握るリヴィアの体は、小刻みに震えていた。
「それが、間違いだと、いうのですか……?」
声が、上がる。
「私たちエルフを、奴隷を救ってくれたことも、間違っていたと、罪だと、あなたは言うのですかッ⁉︎」
「――ッ‼︎」
手を握られる力が強くなる。
その痛みが彼女の想いの表れだと、エストスは思った。
強く強く、かつて自分たちを救ってくれた英雄へ、リヴィアは叫ぶ。
「あなたはエルフを救ってくれた! だからここにいるのですよ⁉︎ あなたが救った命は、確かにここに受け継がれているのですよ⁉︎」
エストスの手を握る手とは反対の手でエルフの少女は自分の胸を叩く。
英雄が救った命がここに脈打っているのだと、そう伝えるように。
「あなたの武勇伝は、言い伝えとしてエルフたちの中に残っています! 毎日毎日、親から聞かされるあなたの活躍が、私は大好きだった‼︎」
エストス自身が汚れた手だと語るその手を力いっぱい握りしめて、エルフの少女は叫ぶ。
「あなたは罪人なんかじゃない! どれだけ時間が経ったとしても、あなたは私たちの英雄なんです!」
「…………、」
心から叫ぶエルフの少女は、英雄の目を見てはっきりと言った。
「だから、恩返しをさせてください」
何百年経っても色あせることのなかった英雄への恩を、ようやく返せる時がきたのだ。
力なら、ある。
戦うための力は、ある。
今立ち上がらずに、いつ立ち上がるというのだ。
「あまりにも遅すぎるとしても、私はこの恩をあなたに返したい」
リヴィアの目には、もう涙はなかった。
その力強い姿は、間違いなく戦士のそれだった。
「君も、行くのかい?」
「……はい」
「……そうか」
呟くと、エストスは腰を下ろし、リヴィアが履くグリーヴに触れた。
エストスのスキルによって、ガチャガチャとグリーヴが変形し、リヴィアの足に合った形に整い、エストスの使っていたグリーヴに似た形状へと変化した。
「こ、これは……?」
「勝手で悪いが、君の装備を改良させてもらった。これで動きやすくなるだろうし、君のスキルの助けにもなるはずだ。ちなみに、デザインは私とお揃いだよ」
「えッッ!!?? いいんですか⁉ あ、ああ、ありがとうございます‼」
「気にすることはない。だから、無事に帰ってきてくれ」
「……はい‼」
頷くと、すぐに風をまとってハヤトとシアンの戦いに参戦した。
そして、それに続いてエストスの元に現れたのは、クセのある赤毛と露出の多い服に身を包んだサキュバス。
「あーしのこと、忘れてもらっちゃ困るって感じなんだけど」
「……リリナ」
「あーしもあんたに救われた。結果的にマゼンタを倒したのはシーちゃんだけど、私の命を救ってくれたのはあんたって感じ」
ハヤトやリヴィアのように深い思いや、背景があるわけでもない。
だからこそ、明るく、陽気に、リリナは笑う。
「あんたの罪とか、出会ったばっかのあーしにはよく分からないって感じだけど、なんかあったらあーしも助けてやっから、安心しろって感じ!」
いうだけ言ってすぐに魔人のほうへ進んでしまうリリナの背を、エストスは止めることすらできなかった。
そして、一人残ったエストスは魔人と戦う仲間たちを見つめる。
生まれて初めて、自分が戦わずにただ見守るだけの時間。
「……本当に恵まれすぎだよ、私は」
静かに、エストスは呟いた。
戦いは、駆け引きなど一つもない純粋な喧嘩のようなものだった。
機械的に一定の動作で体を動かし、光線を放ってくる魔人。もちろんエストスたちが作ったのだ。インターバルはあるものの弾数制限があるようには思えない。
ただ、最初からそうだが、避けるのは簡単だ。それに、今回は囮も増えている。
「リヴィア! お前そんな速かったけ⁉︎」
「はっはっは‼︎ 神の力を手に入れた我に死角などなし‼︎」
全速力の俺以上のスピードで魔人の周囲を駆け、狙いを一切絞らせないリヴィアの活躍で、魔人の無駄撃ちが明らかに増えた。
あれを見ていると、本当に神の力を手に入れたようにしか見えないので笑えないが、頼りになることは確かだ。
おかげで、光線を回避しながらも魔人に近づける。
「オラァ‼︎」
人と構造は全く違うのだが、人で言えば左の脇腹を俺は拳で吹き飛ばした。
続くようにシアンも拳を振り、右手の関節から先が弾け飛ぶ。
しかし、魔人の動きは止まらない。
「避けろシアン!」
「わかったぞ!」
人であれば致命傷だが、活動停止の雰囲気がないのを察した俺は、エストスのときのような奇襲を危惧してすぐさま退避をさせる。
案の定、グルンッ、と勢いよく魔人の頭部が回り、紫の球体が力を蓄える。
その矛先が向いているのは、おそらくシアンだ。
「させるわけねぇだろうがァ‼︎」
左手で、俺は光線を正面から迎え撃つ。
ガリガリッ! とガントレットが削れる音がするが、なんとか壊れずに光線を相殺できた。
慌てて距離を取ると、その間に紫の煙が俺たちの破壊した部位を覆い、瞬く間に魔人の体を修復していた。
「自動再生持ちとか俺よりチートだろ……!」
思わず文句を口にすると、後ろからエストスが声を張り上げた。
「ハヤトッ! 魔人の体内に魔力の核となる球体があるはずだ! それを壊せば魔人の活動は停止する!」
「ようは拳でど真ん中ブチ抜けばいい訳だな⁉︎ 馬鹿でも分かる説明に感謝だぜ!」
回避行動を取ったせいで少し離れた位置にいるシアンへ、俺は叫ぶ。
「聞いてたかシアン! あの魔人のど真ん中ブン殴るぞ‼︎」
「おー! それならシアンもわかるぞ!」
すぐにシアンは俺の元へ走り、魔人の隙を探る。
単調だと言っても、一つの不注意で戦況は一変してしまう。確実な隙を見つけなければ。
「ハヤト、シーちゃん! あーしとこのエルフで囮になるから美味しいとこ持ってけって感じ!」
「ちょっと! 勝手に決めないでよ!」
「うっさい! パワーでゴリ押せるのはあの二人だけなんだからさっさと動けって感じ!」
「あーもう! わかったわよ! 頼むわよ、二人とも!」
リヴィアは吐き捨てるように言ってから、既に動いていたリリナと同じように魔人の注意を引くように動き出す。
本当に、頼りになる味方だな。
ありがとう。必ず、勝ってみせる。
「いいか! 聞け、エストス!」
伝えたいことが、ある。
「俺たちは、絶対に死なねぇ!」
一度全てを失ってしまったその恐怖に震えるエストスへ、伝えなきゃいけないことが、ある。
「お前を絶対に独りになんかしない!」
エストスが昔に慕った仲間たちの代わりになろうだなんて思ってはいない。
失ったものは帰ってこない。
でも、お前はここにいるんだ。
乗り越えて、立ち上がるしかないんだ。
「死んでいったお前の仲間たちにまた会えたときに、幸せで最高の人生だったって胸を張れるように、そんな風に生きろ!」
生きていれば、何度だってやり直せる。
シアンもエストスも、これから全てを変えていけばいいだけなんだ。
だから、
「だから、仲間の俺たちには全力で頼れ! 迷惑かけて、わがまま言って、これ以上無いくらい幸せになれ!」
リヴィアとリリナが囮になってくれたおかげで、両手からの光線が俺やシアンとは別の方向へと放たれた。
正面から、いける。
「…………いいのか?」
噛みしめるように、エストスは言う。
「私は、許されてもいいのか……?」
「当たり前だ‼︎」
俺はエストスへ叫びながら、隙を逃さぬように地を蹴った。
また、弱い声が聞こえた。
「また多くを求めてもいいのか……?」
「当たり前だぞ‼︎」
俺の行動を察してほぼ同時に攻撃の体勢へと移ったシアンが、左の拳を大きく振りかぶりながら叫んだ。
やはり生きているのか、本能的な警戒をした魔人は頭部に魔力を集中させて全てのエネルギーを凝縮した塊を作り上げた。
もう俺もシアンも攻撃姿勢だ。
回避など、必要ない。
「二人で行くぞ‼︎ シアン‼︎」
「おう‼︎」
ゴアッ‼︎‼︎‼︎ という空間の捩れるような不気味な爆音が響く。
止まる気など、さらさらない。
俺とシアンの拳が、同時に強大な紫の光線に衝突した。
勇者の最後の攻撃にも似た、弾けるような衝撃が拳を貫く。
だが、エストスのくれたガントレットが拳を守ってくれていた。
「……お願いだ…………!」
歯を噛み締め、土を握りしめ、心に収まりきらなくなった何かが溢れ、口から流れ出す。
溜め込んでいた全てを、吐き出すように。
「私は謝りたい‼︎ どうしようもない私のために命を賭してくれた大切な仲間たちに、もし許してもらえるのなら、彼らに頭を下げて謝りたい‼︎」
エストスの握りしめる土が、指の隙間に落ちる雫によって濡れていく。
体を震わせながら、エストスは顔を上げた。
「私のわがままを聞いてくれるのなら、どうか、どうかお願いだ……ッ‼︎」
声を絞り出すエストスの表情は、俺たちの知っている顔じゃない。
あれはきっと、全てを失う前の、全ての時が止まる前のエストスだ。
「私にもう一度、これから全てをやり直す機会をくれッ‼︎ 私を、私を……!」
心の底から、助けを求める声が聞こえた。
「私を、救ってくれ…………ッ‼︎‼︎‼︎」
よく言った、エストス。
バキンバキンとガントレットが壊れていく音など、気にする必要などない。
すぐに隣で同じように光線に立ち向かうシアンも、同じことを思っているはずだ。
大丈夫だ、エストス。
お前は、独りなんかじゃねぇ‼︎
「「当たり前だァァァァァァア‼︎‼︎‼︎‼︎」」
シアンの声が、俺と完全に重なった。
紫の光が、花火のように周囲に散り、消えていく。
あと、少しだ。
届け、届け……!!
「「ラァァァァァァァアアアア‼︎‼︎‼︎」」
パンッ! という弾ける音とともに、紫の光線が消滅したのと、俺とシアンのガントレットが壊れるのは、同時だった。
魔人はもう一度頭部へと魔力をかき集めるが、勢いのついた俺とシアンには間に合わない。
「これで終わりだァア‼︎」
拳が、紫の煙をまとう純白の胴体を貫く。
何か異様に硬いボールのようなものが砕けていく感覚があった。
「…………ヵ………………‼︎‼︎」
俺とシアンによって胴体の中心が完全な空洞となり、浮いていた魔人の体が地面へと落ちていく。
死に様は、あまりにも呆気なかった。
「ごめん。俺たちの勝手なわがままでお前を殺すことになって」
もし、この純白の体をした物体に命が宿っているのなら、俺は命を奪ったことになる。
正しかったのだろうか。
こいつをこのまま目的もなく生かすことが、救うことになったのだろうか。
「間違っては、いないはずだ」
こちらへと歩いてきたエストスが、魔人の亡骸に触れながら言った。
「元々魔人を生んだのは私たちだ。罪は、私たちにある」
言うとエストスは膝をつき、土下座の体勢で頭を地面に強くつける。
「本当に、すまない。どうかこんな私を許してほしい。君の命、決して無駄にはしない」
エストスは罪を背負って、それでも前を見て生きると決めたのだ。
体感だが、かなり長い時間、エストスは頭を下げていた。
ゆっくりと体を起こすと、エストスは視線を移す。
「では、場所を移すとしよう」
その視線の先には、地面から盛り上がるように生まれた遺跡の入り口にも見えるような二メートル程度の高さのある穴。
そこには下へ続く階段も見えたので、おそらくこの先にエミラディオート一族の遺したものが眠っているのだろう。
「じゃあ、行こうか」
静かに言うエストスの手が震えていた。
思わず俺はその手を握る。
「大丈夫。お前は独りじゃねぇから」
「……ありがとう」
震えが収まったのを確認してその手を離すと、エストスは一歩ずつゆっくりと階段を降りていった。
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