第6話「天才変態ショタコンお姉さんエストス」
プリティサキュバスリリナちゃんのスキルによって眠りに落ちていたリヴィアが起きたのは、宣言通りの約三〇分後だった。
んっ、と可愛らしい声を出しながら、リヴィアはむくっと体を起こした。
「ここ……は?」
「エルミエルを出て、エルフの里へ向かう馬車の中だな」
「エルミエル……? 馬車……? ……そうだ! 魔王軍のやつは!?」
意識がはっきりとして直前の記憶を思い出したリヴィアは慌てて周りを見る。
「安心して。あの子はもう帰ったから」
「帰った……?」
リヴィアは俺を睨みつけた。
そして、こめかみの血管を浮き上がらせる。
「なんで魔王軍を見逃してんのよ! あんた強いんでしょ!? 勝てるならなんで戦わないのよ!」
「戦う理由がなかったから、かな」
シアンとエストスは、俺の言葉をただ聞いていた。
きっと、俺の気持ちを分かってくれているからだろう。
「俺がやるべきことは、守ることだから。別に魔王軍がいたから片っ端から殺してやろうなんて思ってない。俺は、エルフの里を守れればそれでいいと思ってるんだ」
魔王軍だから敵だっていう思考は、俺は嫌いだからな。
まあ、あのバカ勇者に助けを求めてた時点で、とりあえず魔王軍は倒すって考えなのだろう。
リヴィアは、不満そうに頬を膨らめせてそっぽを向いた。
「ふん! 勝手にすれば!」
「本当に俺には辛辣だな、おい」
俺が苦笑いしていると、リヴィアは矛先を変える。
「そもそもあんたよシアン! あんた魔王軍なのになんで普通にここにいるのよ!」
「シアンはハヤトの仲間だからだぞ!」
「だったらハヤトも魔王軍じゃない!」
「違うぞ! ハヤトは魔王軍じゃないぞ!」
「何よそれ! わけわかんない!」
イマイチかみ合わない会話でリヴィアは不満が溜まり、ぐるん! と俺を睨む。
「い、いやぁ。俺は歩いてたら血だらけのシアンを見つけたから助けただけだし……、そもそも助けた時は魔王軍だなんて知らなかったし……」
「何よそれ! わけわかんない!」
同じ言葉を連続で吐き出すほど理解に苦しむリヴィアは、収まらない怒りを自分の中で消化しようと黙って頬を膨らませていた。
その様子を、スキルで造った即席ティーセットを使って紅茶を飲むエストスが、馬車の揺れで紅茶をこぼさないようにバランスを取りながら横目で見ていた。
「まあ、今のところはハヤトもシアンも悪さをするような気配はない。むしろシアンは力の使い方を学んだばかりだからね。エルフにとって敵になることはないと思うよ」
「え、エストス様が言うなら……」
そう言って渋々頷いたリヴィアの頭を、エストスは優しくなでる。
「安心するといい。どうだい? 私の膝の上に座ってもいいんだよ?」
あれ? と若干俺は違和感を感じたが、特に言うべきことでもないので黙っていた。
リヴィアが恥ずかしがりながらもエストスの膝の上に座る。
頬を赤くして照れるリヴィアが可愛いことよりも、エストスが目の前で風に揺れる緑色の髪を触りながら匂いを嗅いでいるようにも見える動きに目がいってしまっていた。
どうしたショタコン。ついにロリコンにも目覚めるのか。
「少し質問してもいいかな」
「え? あ、はい……」
「エルフの里には、どれくらいの人が住んでいるんだい?」
「えっと、正確な人数を数えたことはないのでなんとなくしか分からないですけど、大体二〇〇人くらい……いや、エルフ以外を含めたら三〇〇人くらいですかね」
リヴィアの「エルフ以外」というワードを聞いて、俺は横から割り込む。
「エルフの里って、エルフ以外の種族も住んでるのか?」
なんだ、そんなことも知らないのかお前は、という顔で俺を見るリヴィアは、ため息を吐きながら説明を始める。
「昔に奴隷として扱われ、エストス様たち、エミラディオート一族に救われたエルフは、スワレアラ国民から忌み嫌われる種族となった。でも、私たちはそんなスワレアラ国が嫌い。だから、同じように周りから迫害された種族や、不幸な境遇で行き場を失った人を自分たちも救おうと決めているの」
「だから、エルフ以外の種族がエルフの里にいるのか」
ええ。とリヴィアは深くうなずいた。
てか、それなら魔王軍と敵対して居場所がなくなってもシアンがエルフの里に住まわせてもらうってことも可能なのか? いや、変に思いつきで提案するのはいいことじゃないか。
そう思っていると、リヴィアを膝に乗せたエストスが再び質問をする。
「ちなみに、エルフの里には君のように幼い子はいるのかい?」
さてはこいつ、さりげなくショタがいるかどうか訊くためにこの話を振りやがったな?
そんなことには一切気付かないリヴィアは、素直に真実を述べる。
「十四歳の私と同い年はあんまりいないです。むしろ私より二、三歳年下の子どもが多くいて――」
「男女比は?」
あ、やっぱりこのショタコン野郎、素直なエルフ使ってショタチェックしてやがる。
これはエルフの少年たちを守るためにも寝れない夜が待っていそうだな。
「え? そこまで聞いて何になるんでしょうか……?」
純粋だからこそできる神回避!
これはさすがのエストスも打つ手なしだろう。どれ、ここは借りを一つくらい作るために数々の言い訳で磨いてきた屁理屈スキルを全開放して――
「大丈夫だ。意味なら後からいくらでも私が見つけよう」
ゴリ押し⁉︎ 叡智の一族、エミラディオート家の天才がショタの人数を確認するためにゴリ押ししてるだと⁉︎
しかもなんであんな真剣そうな顔でそんな雰囲気だけ格好いい中身のないセリフを言えるんだこのお姉さん!
ほら見ろ! リヴィアもエストスが何を言ってるのか分からなくて「えっ? えっ?」って目が泳いでるぞ⁉︎
「だ、大体同じくらい……です。ちょっと、男の子が多い……かなってぐらい……?」
「そうか。それはよかった」
何事も無かったかのように紅茶を飲み始めたぞこのショタコン野郎!
膝に乗ってるリヴィアはあまりにも理解が出来ないのか助けを求めて俺の顔を見つめてきた。
「リヴィア、すまない。俺もエストスが何を言っているのかよく分からないんだ」
「し、シアンはっ!」
「おー! よく分からないけどよく分からないぞ!」
「なっ? なに? 分かってるの⁉︎ 分からないの⁉︎」
「分からないぞ!」
あのシアンがきっぱりと言い切った⁉︎ こんなこと今まで一度も無かったぞ!
エストスの性癖のせいで馬車の中が混沌を極め始めてしまった。
そんな中、一人だけ落ち着いた様子で紅茶を飲むエストスは、大人な笑みを浮かべて口を開く。
「して、エルフの里はもうすぐじゃないのかい?」
リヴィアは言われて思い出したように辺りを見回し、
「そういえば、ここならもうあと10分もあればエルフの里に……」
「なら、少し止まった方がいいかもしれないね」
「なんで止まるんだ? もう少しなんだろ?」
俺が問うと、エストスは眼鏡の隙間から遠くの覗く。
「リヴィア。このまま北へ真っ直ぐ進めばエルフの里なのだろう?」
「は、はい。特別曲がるような場所はもうないですけれど……」
その言葉を聞いて、エストスは紅茶を持つ手とは反対の手で馬車の後方を指差す。
「それなら、私の後ろからかなりの速度で進んでくるあの魔物の群れを先に倒さないといけないね」
「……え?」
俺は慌てて馬車の後ろへ視線をずらす。
遠くに、黒い粒でできたような波が見えた。
いや、あれは粒でも波でもない。
エストスの言う通り、禍々しい見た目をした魔物たちが、俺たちの真後ろからこちらへと向かっていた。
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