第5話「シアンのお友達(魔王軍)」

 あまりにも軽快な自己紹介に反応が遅れ、数秒経ってからリヴィアが身構えた。


「魔王、軍……ッ!?」


 この反応はむしろ当たり前だ。だって、元々リヴィアは魔王軍に襲われたエルフの里を助けてもらおうとスタラトの町まで来たのだから。


「あの魔物……! もしかして、あいつが里に魔物を!?」


 敵意をむき出しにするリヴィアを見て、リリナは慌てて両手を出して敵意を否定するように手を振る。


「ちょちょちょ! 急に戦闘パートは早すぎるって感じ! あーしはただシアンを探しにきただけだっての! 魔物も気配読めるやつに出てきてもらおうとしただけって感じだし! そもそも私は戦闘要員じゃないから勘弁って感じ!」


「そんなことで納得できるわけが……」


「待ってくれ、リヴィア」


 リリナへ攻撃しようとするリヴィアを、俺は手で制し、一歩前へ出た。

 入り口にいるのはリリナとそれを囲う魔物が……軽く数えただけでも二〇体。負けることはないが、ここで戦っても誰も得をしない。

 リリナはシアンを探しにきたと言っていた。なら、話をするというのが一番いい選択のはずだ。


「シアンを探しにきたって言ってたな?」


「そーなの! えっと、急に家出しちゃったから探しにきたって感じ?」


「じゃあ、連れ戻しにきたのか?」


「あー、まあ家出中だし、連れて帰れれば満点って感じなんだけど。別にあーし的には無事って確認できれば満足って感じ? ほら、この近くでおっかない勇者が来てたって話じゃん? そりゃ心配になって魔物引き連れてでも探しにくるって感じなんだケド」


 ふわふわと踊るように体を捻りながらリリナは言った。

 まあ、魔王軍としてというよりは、シアンの友達として来たってところか。敵対するつもりはないみたいだし、気を張る必要はないか。


「……そっか。まず、シアンは元気だよ。今は腹減りな上に魔物の気配を感じたから別行動してるらしい……って、あれ?」


 そもそも、魔物の気配って今目の前にいるリリナが来たから感じたんだよな? それで、ちょうどこっちにリリナが来てるってことは、つまり。

そんな俺の予想は、見事的中した。

どこからともなく、けたたましい魔物の声が聞こえた。


「ギャルルルルルルル‼」


音源はリリナの後方、エルミエルを駆ける魔物と、その上にまたがる実年齢と見た目が噛み合わない褐色で銀髪の少女。


「あっはははーっ! ドリアンは元気だな!」


 まるで森で育った少女かのように魔物を乗りこなすシアンが爆速でこちらへ来てしまった。

 これは色々と危ない。


「シアァァァァン! ストォォォォッップ‼︎」


 俺の声を聞いて、シアンは乗っている魔物の背中をバンバンと叩いて急ブレーキ。

 そして、ちょうど止まった目の前にいたリリナを見て、シアンは声を上げる。


「おおお! リリナだ! 久しぶりだなー!」


「おー! おっすおっす! てか言ってもシーちゃん出ていってから一ヶ月も経ってないから久しぶりは違和感って感じ? まあ元気そうで何よりっしょ!」


「シアンは元気だぞ! それにドリアンも元気だから嬉しいぞ!」


 魔物にまたがりながらふふんと胸を張るシアン。

 なんとなく会話が噛み合っていないことには本人たちが楽しそうに話しているからスルーするとして、これまた問題が発生した。


「なんで、シアンちゃんが魔王軍の魔族と仲良くしているの……? なんで、魔物にまたがって……? あれじゃまるで――」


「彼女が魔王軍ではないのか。そう、言いたいんだろう?」


 エストスが、小さく呟いた。

 言ってはいけない一言が放たれたかのように、リヴィアは次の言葉に戸惑っていた。

 そんな空気を察したリリナは、目を丸くする。


「え? え? てかシーちゃんが魔王軍幹部だって知らなかったって感じ? でもシーちゃん、嘘ついたり誤魔化したりなんて器用なことできないだろうから、そこのエルフの子だけ知らないって感じ?」


「魔王軍……幹部……?」


 魔王軍に里が襲われていると助けを求めてきたリヴィアだ。仲間だと思っていた人が自分の敵だったと知ったら、動揺するのも当然だ。


「黙ってて、ごめんな」


「……たの?」


 震える拳を握りしめて、リヴィアは叫んだ。


「騙してたの!? 魔王軍と手を組んで、私を、私たちエルフを殺すためにこんな手間のかかった演技までしていたって言うの!?」


「ち、違う! 話を聞いてくれリヴィア! 俺たちはお前を騙してなんかいない!」


「だったらあの魔王軍の二人と仲良くしてるのはどういうことなのよ! 騙す以外の何があるのよ! 魔王軍なんでしょ!? バカみたいじゃない! 私たちを殺そうとしている魔王軍に助けを求めていたなんて!」


「それは、違うぞ!」


 叫んだのは、シアンだった。

 友達らしき魔物から降りると、シアンは珍しく真剣な表情で声を上げる。


「シアンは、みんなのことを止めにきたんだ!」


「ちょ……、シーちゃん? 何言ってるのって感じなんだけど……」


 次に焦り始めたのはリリナだった。

 当然だろう。魔王軍幹部が魔王軍の攻撃を止めると言っているのだから。


「シアンたちは間違ってたんだ! シアンたちがやってきたことは良いことじゃなかった! だから、みんなに言いにきたんだ! みんなは間違ってるって!」


 堂々としたその姿勢と言葉は、リヴィアの思考を停止させた。

 言葉を失っていたのは、リリナも同じだった。


「俺たちはさ、みんなエルフの里を助けたいと思ってここにいる。エストスは言わずもがな、俺もシアンも、お前を騙す気なんてないんだよ」


「……そう言われたから、簡単に信じるとでも思ってるの」


「信じなくていい。信じなくていいから、とにかく俺たちにエルフの里を守らせてほしい。エルフの里を魔王軍から守ったら、俺たちはすぐに家に帰るからさ」


 これでもダメなら、どうしようもない。

 俺だって逆の立場なら素直に頷けない。

 知らないうちに改心してた敵に自分の仲間たちを任せるなんて。

 戸惑うリヴィアは、視線を移した。

 今、この状態で、自分が唯一信頼できる存在、エストス=エミラディオートへ。


「大丈夫だ。私は、エルフを助けるためにここにいる。何があっても、私は君の味方だ」


 唇を震わせて、数秒ほど悩んだ後、リヴィアは口を開いた。


「……ハヤト」


「おう」


「……助けなさいよ。私たちの里を」


「もちろんだ」


 精一杯の笑顔で俺が返事をした瞬間、ピりついた悪寒が体中を突き刺した。

 なんだ。この寒気……!?

 慌てて振り返ると、この寒気の元凶は、赤い髪を不機嫌そうにいじりながら俺たちを睨みつけた。


「何勝手に話を終わらせようとしちゃってるわけ? 一番納得できないのはあーしって感じなんだけど」


 とどのつまり、シアンがこれから行おうとしていることは魔王軍への裏切り行為だ。遅かれ早かれ対立することは確定していたことだが、この状況で魔王軍に知られてしまったのは少し痛いか。


「あのさ。騙してたのって言いたいのはこっちって感じ。ほんの少し友達がいなくなったと思ったらいつの間にシーちゃんをそそのかしてくれたわけ?」


 苛立ちを抑えられないのか、リリナは爪を噛み始めた。


「それにエルフの里を守るって本気で言ってんの? 赤の他人のくせにそこまでの決意をして助ける理由が分かんないって感じ」


「なんですって……!?」


 ギリ、と歯が鳴らす音が俺の耳にまで届いた、

 その、次の瞬間には、俺の隣にいたはずのリヴィアはそこにはいなかった。


「【疾風ゲイル】‼」


 風を足にまとい、移動速度を数段にも跳ね上がらせるリヴィアのスキル。

 一瞬でリリナの目の前に移動したリヴィアは、風をまとった足で渾身の蹴りを放って――


「だーかーらー」


 ギリギリの距離でリヴィアの蹴りを避けたリリナは、右手を前に出し、左から右へ振る。

 ただ、それだけだった。


「【眠香ドルミール】」


「なッ……にっ……!?」


 振ったリリナの手のひらから、白い煙のようなものが現れ、それを吸ったリヴィアは力なく、まるで眠るかのようにその場に倒れた。


「あーしは戦闘要員じゃないから、そういう肉弾戦は勘弁してって感じ。そもそも痛いのも嫌いって感じだし」


「お、おい! リヴィアに何をした!」


「あー? 大丈夫大丈夫。あーしのスキルで寝てるだけだから。三〇分もすれば起きるだろうし、寝不足だったら仮眠取れるから逆に感謝してほしいって感じ?」


 眠ってるって、そんな簡単にそうかなら大丈夫だななんて言えないだろう。

 ただ、視線をシアンに移すとリリナは嘘をついていないという雰囲気だったので、ここは大人しく引き下がる。

 改めてシアンと向き合うと、リリナはため息を吐いた。


「本当にさあ。シーちゃんは魔王軍のエルフの里への攻撃を止めるって言ってんの?」


「そうだぞ! シアンはみんなを止めに来たんだ」


「じゃあ、エルフの里への攻撃が、マゼンタ様の命令だって言っても?」


 ぴくっと、シアンの頬がひきつったように見えた。

 マゼンタと言っていたが、一体どんな相手なのだろうか。

 その答えは、シアンがすぐに呟いた。


「ママ、が……?」


 俺は、初めてシアンと出会ったときのことを思い出していた。

 確か、シアンは両親も魔王軍幹部だったような。

 それで、ママって言っていたってことは、マゼンタって人がシアンのママで、今回はそれを止めなければならない、と。

 それは少し、複雑な状況だなあ。

 しかし、そう思っていたのは俺だけだった。


「だったらなおさらだ! シアンはママが大好きだからな! ママにもちゃんと言うぞ!」


 えっへん! となおさら胸を張ったシアンを見て、リリナは頭をくしゃくしゃをかきながら長い長いため息をはぁあああああっと吐き出した。


「わかったわかった。あーしの負け。連れ戻すのは諦めるって感じ。それに、見た感じそこのお二人さんはかなり強そうだから、シーちゃんは死ぬどころか怪我すらしないまであるって感じだろうし」


 そういうと、リリナは魔物に腰かけ、足を組む。

 いやらしい太ももに目が釘付けになりそうだったが、セクハラ警察シアンさんが視界に入ったので慌てて目をそらした。


「それじゃ、あーしはこれで帰るから。じゃあね」


「もう帰っちゃうのか?」


「そもそも、シーちゃんの立場上、あーしが長く居ると困るって感じっしょ? 無事って分かったなら心配いらないし、また色々落ち着いたときに顔出すって感じ!」


「そーか! じゃあまた今度だな!」


「ほんと、敵わないって感じ……」


 リリナは苦笑いすると、俺たちのほうを見る。


「まあ色々言いたいこともあるって感じだけど、あんたらがシーちゃんの仲間だってんなら、これだけは言っておかないとって感じ。シーちゃんのこと守りたいなら、絶対に守って」


「……言ってくれ」


 俺がそう言った瞬間、何かが凍るような感覚があった。



「何があっても、マゼンタ様とシアンを戦わせるな」



 突然変化した突き刺さるような雰囲気に、一瞬声が出なかったが、なんとか声を絞り出す。


「あ、ああ。わかった」


 俺が頷くと、何事もなかったかのようにさっきの異様な雰囲気は消え、いつもの艶めかしい仕草でリリナは手を振った。


「以上、プリティサキュバスリリナちゃんからの大事な大事な忠告って感じ! それじゃ!」


 パチン! と指を鳴らすと、シアンが乗ってきた魔物もリリナに続いて進みだし、大量の足音と共にリリナは視界から消えていった。


 そのあと、目覚める前のリヴィアを起こす動きの中でこっそり胸を触ったのがシアンにバレてHPを半分も吸われたのはリヴィアには絶対に言わないことにしてほしい。



――――

~Index~

【リリナ】

【HP】1000

【MP】1500

【力】 100

【防御】100

【魔力】200

【敏捷】150

【器用】150

【スキル】【眠香ドルミール】【妖囁テンタシナンテ】【??】【??】


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