エピローグ

 結局、あの宴の後はそのまま王族宿泊施設に一泊させてもらい、一夜を過ごした。そして、今朝早くにこのスタラトの町を発つクリファたちを見送り、俺たちはクリファの言っていた『褒美』とやらをもらいに来た、のだが……


「なあ。渡された地図にはここに褒美があるって書いてあるんだけどさ。褒美ってどれ? もしかして宝探しゲームでもするの?」


「私の予想が正しければ、おそらくもっと規模の大きい話だと思うのだけれどね」


 俺が困惑しているのは、目の前には金持ちが住んでいそうな屋敷が一つあるだけだったからだ。

 重い雰囲気の門にフットサルができそうなほどの中庭、そして屋敷は体育館並みの大きさで二階建ての随分と贅沢な作りだった。

 レストランとか雑貨店なら、そこで何かをご馳走してもらったり物を受け取ったりなどの想像ができるが、ポツンと建つ屋敷を見ても何をもらえばいいのかさっぱりだった。

 すると、屋敷の門に立っていた一人の兵士がこちらを見て歩いてくる。


「えっと、その地図を持っているということはあなたがサイトウハヤトさんでよろしいですか?」


「あ、はい。そうですけど。もしかしてあなたが褒美ってやつをくれるんですか?」


「え? い、いえ。自分はただここに立ってあなた方が来たらこの手紙を渡せと命じられただけでそれ以外は……」


 そういって兵士は懐から手紙を出して俺に渡す。


「それでは、自分はこれで失礼いたします。此度は我が国のためにありがとうございました」


「え、あ、はい。どうも」


 互いにペコペコと頭を下げて、兵士は姿勢正しく帰っていた。

 訳の分からない状況に困惑しながらも、俺は渡された手紙を開く。

 そこには……


『はっはっは! ハヤトよ! ここに来たばかりで住む場所の決まっておらん貴様に妾からの褒美として、この屋敷を与えよう! なに、国を一つ救ったのじゃ。家一つ以上の働きはしておるのだから気にせず受け取るといい! 仕事が落ち着いたら顔を出すかもしれぬからきちんと掃除はしておくのじゃぞ!』


 ……え?

 俺の思考が止まっているのに気づき、エストスが俺の頬をつんつんと指でつつく。


「おい、青年。私の角度からは手紙の内容が見えないのだけれど」


ハッと我に返った俺は、動揺しながらも腕を上げ、目の前の屋敷を指さす。


「……これ、くれるって」


 流石のエストスも苦笑いだった。


「……わかってはいたけれど、随分と大盤振る舞いだね」


それどころじゃないだろうと俺は叫びたくもなったが、俺はそれ以上に驚きで声がほとんど出なかった。


「ってことは、俺の異世界生活はここが拠点になるってことか」


 そんなことを呟いていると、シアンが首を傾げる。


「ハヤト? 今日はここに泊まるのか?」


「君は今の話のどこを聞いていたんだい? これから俺たちはこの屋敷で暮らしていくんだよ?」


「んー? そうか! よく分からないけどよく分かったぞ!」


「おうおうそうか! お前が何も理解していないことだけはよく分かった!」


 もう説明するのも面倒になった俺は、せっかくもらったのだから切り替えようと門に手をかけた。

 なんだか、この吹っ切れ方もこの魔道書をもらったときと同じ感じだな。

 たった二日前のことを懐かしく思いながら、俺は屋敷への第一歩を――


「うおりゃぁぁぁあああなのですよぉおおおおお‼」

「ぐっはあぁああああ!?」


 記念すべき第一歩がなんとヘッドスライディングになってしまった悲しさよりも、急に背中から飛び蹴りが叩き込まれた衝撃に俺は動揺していた。


「なんだなんだ!? 今度は誰と戦うんだ!?」


「私が相手なのですよ! ハヤトさん!」


 そこに立っていたのは桃色の髪とそれと同色でフリフリなキャピキャピメイド服を身にまとっているのにファイティングポーズどころかシャドーボクシングまで始めているボタンだった。


「なぜだボタンよ! お前の戦う理由はもうなくなったんじゃないのか!?」


「ほうほうほう! 私が戦う理由を再び作り出したあなたがそんなことを言うなんて、私の怒りはさらに高まっているなのですよ!」


 なんだ、本当に何を言っているんだこいつは!?

 俺が困惑していると、ボタンの後ろから同じ髪の色でボタンのメイド服よりも少し赤みがかった同じメイド服を着ているボタンそっくりの少女が息を切らしながら走ってきた。


「お姉ちゃん……、お願いですから私の追い付ける速さで走ってほしいなのでございますよ……」


 まあ、誰の妹かは一目瞭然だった。


「えっと、君はボタンの妹でいいんだよね?」


「はい。私はボタンお姉ちゃんの妹のシヤク=ベルエンタールなのでございます」


 ペコリと可愛らしくシヤクは頭を下げた。


「あら、どっかの誰かと違って礼儀正しい子だなぁ」


「おい。目の前に私がいるのを分かって言ってるなのですよね?」


「あ、そうだよボタンさん。どうして君は未だにファイティングポーズをとっているんだい?」


 俺が単純な問いかけをすると、ブチンッ‼ と何かが切れる音が聞こえた。


「よくも訊いたなのです、その耳の穴かっぽじってよぉく聞けなのですこのバカ!」


「ば、バカとはなんだバカとは! 流石の俺もこれ以上の罵倒は許さないぞ!」


「ほほう? では一つ訊こうなのです。あなた、昨日私の店の近くで青い服を着た男と戦っていたなのですよね?」


 きっと勇者のアルベルと戦ったことだろう。間違ってはいないな。

 なんだか嫌な予感がするが、俺は表情を変えずに返事をする。


「お、おう」


「じゃあ、あなたのパンチはその衝撃で遠くの物まで壊せるなのですよね?」


「確かに壊れたものもあった…………あ、あぁ!?」


「ふっふっふ。ようやく気付いたなのですかこのバカ、アホ!」


「まさか、あいつが避けたパンチの衝撃で壊れた建物って……」


「ご名答! 『食事処 夢郷』なのですよって笑ってる場合じゃないなのですよキックゥ!」


 話しながらそのまま俺の腹にキックをしてきたボタンはそのまま俺の肩を掴んで、


「あなたのせいで住む場所がなくなったなのですよ! 責任とれなのです! 私とシヤクの幸せハッピーライフを提供しやがれなのですよぉ‼」


「わかったよ! わかった! お前たち二人もこの屋敷に住むってことでいいよ! だからそんな前後に頭を振らないでこのままだとどっかの王女の二の舞に……」


 あ、ヤバい。これはヤバいぞ。


「ぐ、ぐぇ――」


「何やってるなのですかこのバカァァァァアアアアア!?」


 そんなことをやりながら、この異世界での生活は続いていく。いや、少し違うか。

 俺は背負っているリュックサックの中にある一冊の本のことをなんとなく思っていた。

 そう。続いていくというより、これから始めるのだ。このもらった力を正しく使うための人生が。楽じゃないだろうけど、きっとそれは楽しくないなんてことは決してないだろう。だって、


 この欠陥魔道書バグリモワールと歩く異世界は、きっと今までのどんな場所よりも愉快なのだろうから。

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