第25話「宴じゃ!宴じゃ!」


「えっと……、これは一体どゆこと?」


 俺がすっとぼけた声を出したのは、シアンと一緒に王族宿泊施設に戻って最初に見た光景が城の修復でもなく王位継承の準備でもなく、えっさほっさと従者たちが宴会の準備のようなものを進めていたからだ。


「ああ。戻ってきたのだね、ハヤト。シアンがいるということは、なんとかなったということでいいのかな?」


「まあ、な。っていっても、クリファがいなかったら今も殴り合いしてた気もするからなんとも言えないけど」


「それでも、無事に帰ってきたのならそれでいい。おかえり、ハヤト」


「おう。ただいま。んで、これはどういうこと?」


 俺が問いかけると、返答したのはエストスではなく、


「これについては『元』国王である私が説明しよう」


 やってきたのは、もうすでにボロボロの服ではなく王族らしい豪奢な衣装に身を包んだ元国王、ランドロラン=エライン=スワレアラだった。


「あ、どうも。いいんですか? 王位を譲ったとはいえ、こんなところにいて」


「むしろ、今しかないんだよ。私たちがこんなところにいれるのは」


「……といいますと?」


 着々と進む宴の準備を見つめながら、ランドロランは言う。


「今日は、このスワレアラ国の歴史でも特に分岐点となる一日であった。私が戻ったこと。奴隷商を捕らえたこと。クリファが王になったこと」


「まぁ、そうですね」


「元々、このスタラトの町は明後日の朝に出発する予定だったのだが、これだけのことがあったのだ。明日の朝にはもう王都へ帰還しなくてはならない」


「なるほど。確かに」


「今、このスタラトの町にいる王族は私とクリファだけだが、王都にいる他の王族たちへしなければならない報告が山ほどある。一ヶ月、いや、二ヶ月は息つく暇もないだろうな」


「そ、そんなに……」


「そして、忙しいのは私だけではない」


 言って、ランドロランが視線を移した先にいるのは、ついさっき王となった弱冠十四歳の少女、クリファだ。


「だから、今夜しかないと」


「ああ。これだけのことをしてもらって、何ももてなすことなくここを発つのは私の気が済まない。だから、この宴なのだ」


「そうですか。ありがとうございます」


「それに、これからクリファには多忙な日々がやってくる。君たちと長々と談笑できるのは今しかないのだ。是非クリファと話してやってくれ」


「俺はいいですけど。いいんですか? 俺がそんな貴重な時間をもらっちゃって」


 いうと、ランドロランは笑って答える。


「君のいない間、クリファは君のことばかり言っていたんだよ。やれ怪力だ、やれ胸をバカにされただ、褒めてるのか怒っているのかはよくわからなかったが」


 おいおいおい。それって父親が知ってていい情報なのか!? 下手すると処される可能性まであるぞ!?

 そんな不安を俺の表情から読み取ったのか、ランドロランは声を出して笑う。


「はっはっは。別に気にすることはない。むしろ感謝しているくらいだ。数年ぶりに会った娘があれだけ楽しそうに話しているのだ。きっと君がいなければクリファの笑顔もなかっただろう。礼儀など必要ない。好きなように話すといい」


「あ、はい」


 それだけ言ってもらえるなら、気楽にクリファと話すとしますか。




 ……なんて、思っていた時期が僕にもありました。


「にゃははははッ! 宴じゃ宴じゃ‼ ほれほれ飲むのじゃハヤトよ! 男なのに渋るとはおぬしも随分と小さな男じゃのぉ!」


「うおぉぉぉぉおおおい‼ 誰だこの小娘に酒をバンバン飲ませたやつはァ⁉」


「先に言っておくと、私ではないよ。この女王様が勝手に飲み始めたんだ。少女とはいえ王だからね。ここにいる者では誰も止められないよ」


 ベロンベロンに酔って顔を真っ赤にしているクリファに肩をがっしりと組まれて困っている俺を、エストスは自前の紅茶を飲みながら答える。

 さすがに愛娘との過度なスキンシップはあの器の広い元国王でも許してもらえないんじゃ……


「がっはっは! 皆も飲むがいい! 明日から多忙な日々なのだ! 今ぐらい好きに飲めェ‼」


「血が繋がってねぇのにどうして酒癖は同じなんだよバカ親子ォォ⁉」


 さすがにこれは危険だと判断した俺は逃げるようにクリファたちから離れる。

 すると、少し離れたところに背の小さな銀髪で褐色の合法ロリがいるではないか!


「シ、シアン! よかった。いやあ、クリファがいろいろ大変でさ。落ち着いて腰を下ろせそうでよかっ――ぎぃいいいいぁぁああぁぁぁぁぁあぁああああ‼⁉⁇」


 なんでだ⁉ シアンはもう理由なしに噛むような子じゃないって信じてたのに⁉

 当の本人は抱き着いて俺の腹に顔を埋めるふりをして右腕をガブリと咥えているのだが、なんだか様子がおかしい。

 抱き着いているのでよく見えないが、なんだか体が赤いような……


「ハヤトぉ。このじゅーすのんだらあたまがなんだかふわふわだぁ」


「これはゾンビ映画みたいなフラグを立てちまった俺の責任になってしまうのか⁉ どうなんだ! どうなんだよ⁉」


 涙目の俺が振り返ると、そこには木製のジョッキを両手に持ったこの国の新しい王女様がこちらへ駆けてきているところで、


「ほれほれほれェ‼ 王女直々に酒を持ってきてやったのじゃ‼ 遠慮はいらん! たらふく飲むのじゃハヤトよォ‼」


「もう知らないもん! いちおう十九歳だからって酒を飲まなかった俺はもうどこにもいないんだからな‼ こうなりゃヤケだ! さあクリファア‼ 酒もってこォい‼」


「任せるのじゃハヤト! 妾が溺れるほど飲ませてやろうではないかァァアアア‼」




 そして、一時間ぐらい経ったころだろうか。俺とクリファは城の裏にこそこそと移動していた。


「…………気持ち悪い、のじゃあ……」


「いいか。今俺は酔いつぶれたこの国の女王が民たちの前で無様な姿を晒さぬように陰で背中をさすってやっているんだけれども、俺は十四歳の少女がゲロインになる瞬間なんて見たくないから頑張って耐えてくれよ頼むフラグじゃないからね」


「…………ぐ、ぐぇ――」


「さあ俺が大声で全ての音を掻き消し大きな体で全てをかくそうじゃないかぁぁぁぁぁああああ‼」


 描写してはいけない全てを終えて落ち着いたクリファは、豪華なハンカチで汚れた口元を拭いていた。


「……すまないハヤトよ。迷惑をかけたのじゃ」


「大丈夫。俺は何も気にしてないから、というより気にしたら俺ももらって何かがこんにちはしてきそうだからもうこの話は終わりにしよう」


「……そうじゃな」


「大変だったな、クリファ。お疲れ様」


 俺が小さな声で労うと、クリファはゆっくりと頷く。


「本当に、この二日間はあまりにも妾にとって強烈じゃった。こうして落ち着くと全てが夢だといわれても信じれそうじゃ」


「それはよく分かるよ。俺だってまだ夢なんじゃないかって疑ってるところさ。俺のこの力だって努力するわけでもなくもらっただけだしさ」


 確かめるように右手を開いたり閉じたりしていた俺がそう言うと、クリファは優しく笑う。


「何を言っておる。おぬしの強さはそんな単純な身体能力ではないだろうに」


「……え?」


「ハヤトが妾を救ってくれたのは、その力ではない。その心と、言葉じゃ。あの時、あの言葉をおぬしが言ってくれなかったら、身は救われても心は救われなかったじゃろう。ありがとう、ハヤト。おぬしがいたから、妾はここにいる」


「そこまでのことはしてねーよ。俺は俺の思ったことを言っただけだって」


「くっくっく。全く、あの場で妾に向かってお前は誰じゃー、なんて叫べる男はおぬし以外におらんじゃろうに」


 なぜかとても嬉しそうにクリファが笑うので、まあいっかと俺は気にせず話を続ける。


「朝には、もう出発しちゃうんだよな?」


「うむ。だからこうやっておぬしに礼が言えてよかったのじゃ。もうしばらく会えんじゃろうからな」


 そうだったな。やっぱり、王になるって楽じゃないんだろうな。

 そんなことを考えていると、クリファは腕を組んで胸を張る。


「何かあれば王都に来るとよい。妾に出来ることなら力の限り手を貸そう」


 言って、クリファは歩き出すが、思い出したように「それと、」と付け加えて、


「救ってくれた礼じゃ。褒美を用意しておいた。ここに来たばかりなのだろう? 妾の国なら死ぬまで住ませてやってもよいからな! はっはっはー!」


 大笑いしながら、歩き始めるクリファの背中に俺は呟く。


「……頑張れよ、クリファ。応援してるよ」


 ゆっくりと、クリファは振り返る。


「うむっ! 頑張る!」


 これ以上ないほど幼く、それでいて美しい笑顔を浮かべて、クリファは言った。

 そして、ついでとばかりに笑顔のまま、クリファは最後にとんでもない攻撃をしかけてくる。


「頑張って妾が立派な王となったら、妾の心を奪った罪も、いつか償わせてやろう。覚悟しておくのじゃ」


「お、おう……」


「では、またどこかで会おうぞ。ハヤトよ」


 ほんの少しだけ頬を赤く染めながら、不意打ちに呆然とする俺を尻目に、笑顔でクリファは歩いていく。

 この幼い笑顔と、子どもとは思えない大きな後ろ姿があまりにも噛み合っていないように、俺は思った。でも、それこそが、このスワレアラ国の王女、クリファ=エライン=スワレアラなのだと言っているようにも、俺は思っていた。


――――

「ふっふふっふふーん! いやいや、今日は最高の日なのです!」

「お、お姉ちゃん。歩くのが速いなのでございます。もう少しゆっくり歩いてほしいなのでございます」

「案ずるな妹よ、なのです! ほら、もうすぐ私の家である苦楽を共にした店が……」

「お姉ちゃん。それらしい建物はないなのでございますよ? というより、ここら一帯の建物がほとんど壊れているなのでございます……」

「な、なななな……⁉ い、一体何があったなのですか⁉ 被害があったのは王族宿泊施設だけじゃ…………え? 青い服を着た勇者と、小さな少女を庇った男が戦ったせいで壊れた、なのですか?」

「それって、さっきお姉ちゃんと話していた人なのでございますか?」

「いやいや、ハヤトさんは物凄い強いなのですから、そんなことあるはずが……え? ここにあった木造の店は勇者が避けた男のパンチの衝撃で壊れた……なのですか………??」

「お、お姉ちゃん……? なんだか背中から黒い何かが滲み出てるなのでございますよ……?」

「シヤク。私の戦いは始まったばかりのようなのです。待ってろなのです。今すぐあのバカを血祭りにあげて住む場所を作ってあげるなのですよぉぉぉおおおお‼」

「お、お姉ちゃぁあああん‼」

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