第23話「お前は何も分かってない」

 間に合ってよかった。

 魔道書の【地図マップ】のおかげでシアンの場所がわかったから最短距離でここまで来れた。

 シアンは無事だ。手も痛いしシアンが抱きしめてる腹も気を失いそうなほど痛いけど、そんなことを忘れてしまうような状況だった。

 場所は『食事処 夢郷』付近の大通り。クリファたちのいる王族宿泊施設の騒ぎで人がいなくなっているのが運よく建物以外の被害をゼロにしていた。

 高速道路と同じくらいの幅を持つ大通りだが、勇者の放った技によって地面がひっくり返り、舗装されていたはずの道が山道のように荒れてしまっていた。


「勇者のくせに街をぶっ壊すとか、お前のことウルトラマンって呼んでやろうか?」


「何を言っているのかよく分からないが、質問には答えてあげよう。街はいくら壊れても直せる。だったら、取り返しのつかない人の命を奪う敵を倒すことのほうが最優先だ」


「うわ、俺はお前のこと嫌い。貴様さては強いからって周りから甘やかされたな? 自分がいいことしているからある程度は許されると思ってるとか、さすが自分で勇者とか名乗っちゃう痛さだな」


 とりあえずシアンが傷つけられたのが腹立つから煽ってみたけど、勇者は動じない。


「好きなだけ言えばいいさ。僕は悪を倒すだけだ」


「自分の敵を悪判定するのも俺は嫌いだな。後でシアンに吸わせるか」


「シアンもあいつ、嫌いだ! あいつの血は飲みたくないぞ!」


「うへ、魔族に食わず嫌いされてやがる。ざまあみやがれってんだ」


「時間の無駄だ。行くぞ」


 ダンッ! と地を蹴り、勇者は俺に斬りかかってくる。

 速さはミラルドと同じくらいだ。俺のスピードならまず当たらない。

 問題は、どうやって反撃するかだな。


「どうした! 避けているだけか⁉」


 違うって、お前の手数が多すぎて避けるので精一杯なんだって。こちとら素人の動きなのに無理矢理カンストした身体能力で避けてるんだぞ。


「それなら俺だって反撃してやらァ‼︎」


 ブンッ! という音が、姿勢を低くして俺のパンチを避けたアルベルの頭上を通過した。

 パンチによって生まれた衝撃波で、アルベルの背後の建物が弾け飛ぶ。


「速さとパワーは僕以上か。世界でもトップクラスの身体能力だ。……だが、それだけの力を持っているのに動きが完全に素人のそれだ。これなら目に見えないスピードでも避けられる」


 クソ。やっぱり本物の勇者ってやつは簡単に倒せるわけねぇか! どうする。格闘技なんてやったことない俺だ。多分パンチは一度も当たらない。


「まだか。まだなのか……⁉」


 そもそも戦う理由なんてねぇ。戦わないって結論になるならそれでいいんだ。

 だから、早くしてくれ……、クリファ‼︎

 歯を噛みしめる俺に、アルベルの声が届いた。


「一つ訊いてもいいか」


「なんだ」


「お前はなぜそいつを守る。そいつは魔王軍幹部だ。今までだって何人もの冒険者が殺されてる。なのに、なぜ庇う」


 勇者だって、理解できていないようだった。

 それもそのはずだ。敵を倒そうと思ったらまるで正義の味方かのようにそいつを守るやつが現れたんだから。

 だから、教えてやらなくちゃいけない。


「全てを守ると、約束したからだ」


 後ろで泣きそうな顔をしているシアンは、俺の顔を心配そうに見ていた。

 大丈夫だ、シアン。

 何があっても、俺はお前の味方だから。

 だって、


「俺は知ってるんだ。シアンがどれだけ辛い思いをしてきたかを」


 シアンがこの町に来るときのあの躊躇いは、明らかに今まで多くの人から敵だと言われ、忌み嫌われてきた証だ。理由なんて、魔王軍だからってだけなのに。今まで倒してきた冒険者たちは、全て向こうから攻撃してきただけなのに。

 しかし、攻撃する側の人間は、もちろん耳など貸さない。


「魔王軍の気持ちなど考えたこともないな。そもそも魔王軍なのだから──」


「魔王軍だったら、全部敵なのかよ」


「…………何?」


 そう、ここだ。これだけは、言わなきゃいけない。


「シアンは自分にかかった火の粉を振り払っただけだ! 殺す殺すって血眼になってシアンを追い詰めてたのはお前たちのほうじゃないか‼︎」


「ふん。たとえそうだとしても、命を奪っているだけで充分な悪だ。簡単に人を殺せる奴に情状酌量の余地など──」


「魔王軍なんて環境で育ったシアンが、命を奪っちゃいけねぇってことすら教わらなかったって可能性は、考えたことはなかったのかよ‼︎」


「──ッ⁉」


 無表情だったアルベルが、ここで始めてその表現を崩した。

 やっぱり、お前みたいな正義じゃ想像もつかないんだよ。たったこれだけのことでさえも。


「知らなかっただけなんだ。何も分かってなかっただけなんだ。命がかけがえのない大切な物だって、それすらも知らずに生きてただけなんだよ! それを、勝手に悪だと決めつけて追い詰めて、勝手に自滅していっただけじゃねぇか!」


「だったら、なんだ」


 それがどうしたと、勇者は俺を睨む。

 勇者は、そんなことで折れないから勇者なのだと、そう言うように。


「今まで、僕がどれだけ戦ってきたと思ってる……ッ!」


 ミシッと、アルベルの握る剣の柄から音が響いた。


「今まで、どれだけの人の死と涙を見てきたと思ってる‼︎ 罪もない人々を、どれだけ魔王軍がいたずらに殺したと思ってる‼︎」


 勇者は怒る。

 自分の為ではない。自分が救えなかった、罪なき人々のために。


「あれだけの人を殺しておいて、あれだけの人の幸せな暮らしを理不尽に奪っておいて、知りませんでしたで済むわけがないだろうが‼︎」


 つい昨日この世界に来た俺にはどうやっても知り得ない悲しみを、苦しみを、その全てを救う為に戦い続けてきた勇者は、心の底から叫ぶ。


「僕は全てを背負ってここまで生きてきた‼︎ これ以上苦しむ人がいなくなるようにと、その為に人々を恐怖で苦しめる魔王軍を全滅させると、俺は誓ったんだ‼︎」


 俺にはきっと理解出来ないような蓄積を、歴史を、アルベルは背負っていた。

 その重圧に負けるどころか、さらに強く、勇ましく、彼は立つ。


「僕の邪魔をするんじゃない‼︎ いいからそこをどけ、この大馬鹿野郎がァァァアアアアア‼︎‼︎‼︎」


 地が震えるほどの叫び声を上げながら、アルベルは剣を振り上げた。

 すると、


 とん、といっそ軽いと思うような音と共に、天から光が落ちた。


 その光が落ちた先は勇者アルベルの掲げる剣の切っ先。黄金かと勘違いしてしまいそうなほどに輝く剣を、アルベルは強く握り直す。

 そして、ゆっくりと剣の向きを変え、その角度を地面と平行にし、切っ先を俺に向ける。


「【勇者の一撃アングリフ・ヘルリヒト】‼︎」


 音は聞こえなかった。

 ただ、圧縮されたレーザーのような、俺の腕くらいの太さで棒状の光が、俺とシアンをまとめて貫こうと光の速さで突き進む。


「おおおおおおぁぁぁぁぁあああアアアアアア‼」


 ズバァァァン‼ という爆音が、俺の拳に光が直撃してからようやく耳に突き刺さった。

 なんだよこの攻撃……ッ⁉ 完全にラスボスの技じゃねぇかよ……‼


 ガガガガガガガガガッ‼‼‼ と人から出てはいけないような鈍い音が光の突き刺さる俺の拳から聞こえ続けていた。

 痛い。死ぬほど痛い。逃げてしまいたい。

 でも。

 俺の後ろから、小さな、絞り出すような声が聞こえた。


「頑張れ……ッ! ハヤト……ッ‼‼」


 痛みなんて忘れるくらい、俺はその声に心を奪われた。

 ああ。ありがとう。

 絶対に、守ってやるからな。


「がん……、ばる……ッ‼」


 振り向く必要なんてない。俺は前だけ見てりゃいいんだ。

 おそらく世界最高峰の攻撃であるはずの技を生身で止められていることが信じられないのか、アルベルは光を出し続ける剣を握る力を強くする。


「どうしてだ! どうしてお前はこの技に立ち向かい続けられる⁉ これ以上の殺傷力を持つ技などこの世にいくつも存在しない! それを、そいつ一人を守るためだけなのに、どうしてお前は生身で受け続ける⁉」


 全てを壊すはずだった光に右手の拳をぶつけながら、俺は地面を踏みしめる。


「お前は、何もわかってねぇんだよ……!」


 技術なんていらない。振りぬけ、振りぬいて、こんな技なんてぶっ壊してやれ!


「善か悪かなんて関係ねぇ‼︎ 自分てめぇの守りたいと思ったものを意地でも守るのが、男ってもんだろうがァァァァアアアアア‼‼‼」


 ガリッ! ガリッ! と、拳が削れていく音が聞こえる。

 それでも、力の限り、精一杯、渾身の力を、もらった力の全てを拳に注ぎ込んで。


「オラァァァァアアアアアアアア‼‼‼」


 パンッ‼︎ という弾ける音とともに、黄金に煌めく光は消え去った。

 俺が拳を振りぬいた風圧で飛ばされないように、アルベルは足を地に噛ませて耐える。

 そして、


「お前は間違ってんだよ」


 俺は一歩、前へ踏み出す。

 ボタボタと拳から血が出ることなんて、これっぽっちも気にせずに。


「お前が悪だと思ったからって、本当にそれが悪とは限らない。自分の正義を貫いて、大罪人になったやつだっているんだから」


 もう一歩、前へ。

 アルベルは、もうすぐ目の前だ。


「でも、お前が悪い奴じゃないことも、必死にみんなのために頑張ってきたことも、話を聞いてよく分かった。でも、それでも今この瞬間だけはお前が間違ってるんだよ」


 勇者は、俺を睨む。


「僕が間違ってたらなんだって言うんだ。そいつが悪なのは変わりないだろう」


 そうだよな。お前はそう言うだろう。

 だったら、俺だって最後までやらなきゃならねぇ。


「だったら、仕方ねぇ」


 グッと、俺は血だらけの拳を握る。


「歯ァ食いしばれよ、クソ勇者。お前の中の凝り固まった正義、俺が殴って矯正してやる」


 俺にできることなんて限られてる。

 右腕を引く。

 腰を回す。

 回転の勢いで、腕を出す。

 これでいい。これだけで、構わない。


「食らっとけ。世界で一番重い拳だ。これでその固い頭も少しは柔らかくなるだろ」


 形容しがたい肉を砕く音が、俺の拳から体へ響いてきた。

 吹き飛んだアルベルは、数十メートル先までその間にあった建物全てを貫いた後、ようやく地面へと倒れた。


――――

〜Index〜

【アルベル=フォールアルド】

【HP】8000

【MP】4500

【力】 830

【防御】800

【魔力】650

【敏捷】800

【器用】650

【スキル】【会心の一撃クリティカルヒット】【勇者の一撃アングリフ・ヘルリヒト

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る