第20話「王の血統」
最初にその話を聞いた時は、素直に信じられないと、そう思った。
俺は少しだけ記憶を振り返る。
エリオルたちと合流する少し前、俺とエストスはミラルドを撃退したボロボロの建物の中で突入してくる兵士たちを片っ端から戦闘不能にしていた。
「おい、エストス! キリがないぞ! この国の兵士たち、アリみたいに湧いてきやがる!」
「大丈夫だ。無限の人材など存在しない。間も無くいなくなるはずだ」
エストスの言う通り、数分のうちに新たな兵士たちは来なくなった。
「うーん。手加減はしたけど、本当に大丈夫だよな? 骨とか折れてても許してもらえるかな……?」
「罪人になる覚悟をしておいて今更何を怖がっているのかな?」
「それを言われると痛いぜ……」
俺が肩を落とした瞬間に、近くの瓦礫から音が聞こえた。
「なんだ⁉︎ 敵か⁉︎」
「わー‼︎ 違うなのですよ! 私です! 私なのです! だから全てまとめて吹っ飛ばすみたいな予備動作を今すぐやめろなのですよぉ‼︎」
この口調、どこかで聞いたことがあるような。
俺はひょこっと瓦礫の裏から出てきた全身桃色の少女を見て声を上げる。
「ボ、ボタン⁉︎ 店にいるはずなのに、どうしてここに⁉︎」
「そ、そりゃあ、あれだけのことを言われて店でじっと待っているほうが無理だからなのですよ! 私だって力になれるなのです!」
そう元気よくいうボタンの体が傷だらけであることに、俺はその時気がついた。よく見たら服だって至る所が破けていて、ピンクのはずの衣装の所々が朱色に染まっていた。
「おい! 身体中傷だらけじゃないか! ちょっと待ってろ!」
俺は慌ててボタンの元へ駆け寄り、【
「あ、ありがとうなのです……」
「それにしても、どうしてこんな傷を?」
「そ、それは……」
返事を渋るボタンの後ろに、彼女よりも小さな女の子がいることに、俺は今気がついた。
ねずみ色のボロボロの服を着ているが、ボタンと同じような桃色の髪に、整った可愛らしい顔立ち。
言葉などなくとも、なんとなく察しはつく。
「もしかして、この子が?」
「はい。私の妹なのです。捕まっている場所は知っていたので、今ならいけるかも、と思ったなのですが……」
ボタンは妹の手を握り、もう片方の手で恥ずかしそうに頭をかく。
「ちょっと戦うだけでなんとかなると思ったなのですが、やっぱり上手くいかないなのですなぁ」
はは、と力なく笑うボタンの頬には涙の跡があった。妹の服が濡れているのを見るだけで、その理由は明らかだった。
よかったな、ボタン。でも、お前は命を懸ける必要なんてないんだ。
「だから店で待ってろって言ったんだ。俺はどれだけ攻撃受けても大丈夫だけど、ボタンたちは怪我するんだから」
(…………だから、あなたはズルいなのですよ)
小さくボタンが呟いたことが聞き取れなかったが、いつまた次の兵士が来るか分からないのでのんびりと聞き返す時間もない。
「とりあえず、安全なところへ移ろう。クリファたちのところへ合流するのはそれからだ」
「あ! ま、待つなのです!」
振り返ろうとした俺を引き止めたボタンは、俺の返事など聞きもせずに少しだけ横にずれる。
すると、瓦礫の裏からボロボロの服を着た男が現れた。
「どうやら、彼らは危険ではないようだね」
「………………あれ?」
どこかで見覚えのある顔だな、とそう思った。というより、なんとなくデジャヴュような感覚に陥った俺は逆にそれで思い出す。
そう、確か、クリファと出会った時も同じような感覚を抱いたような……。
「もしかして、国王様?」
「少々複雑な事情を全て無視すれば、いかにも私がスワレアラ国、国王のランドロラン=エライン=スワレアラである」
ホームレスかと言いたくなるようなみずぼらしい外見のはずなのに、一言で国王と納得出来るような威厳を、俺は肌で感じた。
俺はそっとエストスへ近づいて、小さく呟く。
「お、おい。なんか最終目標が目の前に来てんぞ⁉︎ これどういうこと? 浪人生の頭でも理解できるような説明プリーズ天才学者様!」
「とりあえず話を聞かないことには始まらないだろう。今の段階では推測の域を出ないからね」
エストスの言葉を聞いて、俺は国王に恐る恐る問いかける。
「あの、出来ればなんでこんなところでボロボロの服を着ていらっしゃるのか教えていただきたいと思っているのですが」
テンパって訳の分からない敬語を使い始めてしまったが、国王はスルーして話し始める。
「事の始まりは、数年前だった。ある商人が私の元へ訪れ、こう言ったのだ。『クリファが私と血が繋がっていないという事実を知っている』と」
「え……?」
クリファは、父親と血が繋がっていない? つまりは養子ってことか? でも、血統重視のこの国の王族で養子って、問題ないのだろうか。というよりも、
「そんな重要なこと、俺たちに言っちゃってよかったんですか?」
「構わないさ。どうせ数年後には国民に伝えるつもりだったのだからな。本当はクリファがもっと成長してからがよかったのだが、聞いた話だとそんな時間もないのだろう?」
「てか、俺たちがここ襲っちゃってるんですけど。え、本当に大丈夫ですか? 今すぐ斬刑に処されたりしないですよね?」
不安になりすぎて嫌な汗すら流れてきた俺の顔を見て、国王は薄っすらと笑った。
「安心しろ。むしろ好都合だ。君たちが暴れてくれたおかげで外に出ることが出来たのだからな。このまま黒幕まで倒せれば、丸く収めることは出来るだろう」
「……なるほど、そういうことか。君たちが過ちをまた犯しているわけではなかったのだな」
「エストスさん? 納得する前に俺にも教えてもらっていいですかね?」
「国王よ。一つ問う。貴様が本当の国王でいいのだね?」
「……いかにも」
勝手に納得しあってる二人の会話についていけない俺を見て、エストスは表情を緩める。
「この格好なら、この国王はきっと閉じ込められていたんだろう。でも、私たちは昨日、馬車に乗る国王を見た。もう分かるだろう」
「……入れ替わり?」
「偽物が単純に表に立ち続けただけだ」
国王ランドロランは、俺の言葉に訂正を加えてからさらに続ける。
「クリファの血筋の事実を隠したかった私は、奴らの命令に逆らえず、地下に閉じ込められた」
「でも、そんな脅しだったらそこまで言うことを素直に聞かずに力で捕まえちゃえばよかったんじゃないですか?」
「別に私が閉じ込められる分には構わない。問題はクリファだ。あの子さえ無事でいてくれれば、いや、もっと深くいうならば、『クリファが私と血が繋がっていない』という事実だけで奴らが満足してくれればそれでよかったのだ」
「……それって、どういう……?」
瞬間、近くから爆発音のようなものが聞こえた。音源は俺の視界に映るこの城壁の中で最も大きな建物。そして、そこに行ったのは、確か。
「……ハヤト。急ぐぞ」
「やっぱり、クリファたちがあそこにいるんだよな⁉︎ クソ、戦闘は結局避けられない──」
「少年が怪我をしていると、私の心が叫んでいる。先に行くぞ」
ダンッ! と地を蹴り魔弾砲で器用に方向を変えながら建物へとエストスは突き進んでいった。
「結局ショタコンセンサーが反応しただけとか今までの格好いい展開全部台無しにするようなことは止めろよエストスゥゥウ‼︎」
そして、時間は今に追いつき、俺はクリファたちのいるこの場所にいる。
ボタンとボタンの妹はこれ以上ここにいる必要はないから帰しておいた。これでボタンに関しては大丈夫だ。でも、まだ全てが解決したわけじゃない。
信じられなかったはずの事実が、俺の目の前に確かにあるのだから。
俺は一口に偽物と言われてなるほどと頷けるほど適応力は高くない。でも、目の前にあるのだ、その事実が。
最も事実を受け止めきれないだろう、事件の中心にいる少女が、震えながらも口を開く。
「ちち、うえ…………?」
「出てきてしまったのか。全く、この国の兵士たちの脆弱さは笑えるほどだな」
クリファの腕を掴んだまま、偽物の国王は嘲笑した。
そんな偽物を鋭く睨みつけて、本物の国王、ランドロランは叫ぶ。
「クリファから手を離せッ‼︎」
「はっ、血も繋がってないくせによくもまぁ父親のように振る舞えるものだな」
ギリッ、という歯の軋む音が、ランドロランから響いた。血が滲むほどの勢いで拳を握りしめ、絞り出すように声を出す。
「……言ったのか。クリファに、そのことを言ってしまったのか……ッ‼︎」
「父上……、本当……なのですか?」
今にも泣き出しそうな顔で、クリファは問いかける。王女とは決して呼べない、か弱い少女の、苦しそうな声で。
そんな顔の養子の娘に、ランドロランは同じく苦しそうに口を開く。
「……事実、だ。お前は、私の子では……ない……」
「…………、」
敵が目の前にいるのに、兵士たちが囲んでいるのに、この場に静寂が訪れた。まるで、その場にいる全員がその事実をゆっくりと消化していくような、そんな時間だった。
俺は、耐えられなかった。
「クリファ……」
なんで、こんなに苦しんでるんだ。俺は、クリファを助けられるのか? この場でクリファを掴んでいるやつを殴り飛ばして、それでクリファはこれから先も幸せになれるのか?
答えは、きっと、
「……滑稽、じゃろう?」
クリファは、笑っていた。
「笑うといい。妾は王女だの、口を慎めなどと、散々言っておいて、本当は妾にそんなことを言う資格などなかったのじゃからな」
「…………、」
何も、言えなかった。
まるで全てを諦めたように脱力したクリファを見て、偽物の国王は今日一番の笑いを見せる。
「ははははははッ! 無様、無様だなぁ! 今まで俺は散々お前が血も繋がってもいないのに王女振る姿を見て笑いを堪えるので必死だったんだ! ようやく心置きなく笑えるよ! くっ、くはっ。くははははッ!」
笑い声が、響き渡る。
その中に、小さな声が聞こえた。
「……ハヤト」
王女だった少女は、涙を流してこう言った。
「…………妾は、誰じゃ?」
「────ッ‼︎」
考えるよりも先に、俺の心が叫んだ。
「そんなのッ! 決まってんだろうが‼︎」
当たり前だろ。言ってやらなきゃ。あんなに辛そうに泣いてるんだぞ。言え。叫べ。
「お前はクリファだ! クリファ=エライン=スワレアラだ! それ以外の、誰でもねぇよ!」
「でも妾は…………」
王族でもなんでもないただの女の子だった。そう言いたいんだろう。
確かに、俺からしたら、普通に笑って、普通に悲しめる、ただの女の子だ。血筋がどうとかなんて関係ない。
でも、言うべきはそれじゃない。
叫べ、叫べ。
「それ以上に、だ! もっと大事なことを忘れてんだろうが!」
「…………、」
クリファが俺を見てる。最後の最後で辛くて仕方のない時に、助けが欲しくて仕方ない時に、俺に言ってくれたんだ。助けを求めてくれたんだ。責任を取れ。男だろ!
「全ての国民が笑えるようにしたいって願う奴が、奴隷制度で苦しむ人のために命かけてこんなところに来れる奴が、ただの女の子だと⁉︎ そんなわけねぇだろうが‼︎」
そうだ。言ってやれ。あの子は、俺の前で泣いてる女の子は、誰なのか。言ってやれ。
「血筋なんて関係ない‼︎ 幼いからなんだ‼︎ 俺は知ってるぞ。お前は、この国の王になる女だ! 胸を張れ! 立ち上がれ!」
トクン、とクリファの心臓が大きく脈打った。血が沸き立つような感覚を、クリファは感じていた。
クリファの顔が、変わった。涙は、止まっていた。折れた心がそれでも立ち上がろうともがいているように、俺には見えた。
だから俺は最後に、こう言わなくてはならない。
「逆に俺から聞いてやるよ‼︎ お前は、誰だ‼︎」
心からの叫びを、俺はぶつけた。
俺のこの魂の声は、クリファへと届いて、そして、
「…………そうじゃったな。そういう男であったな。おぬしという人間は」
彼女の諦観に満ちた力のない笑みが、じわじわとその姿を変えていく。
そして、彼女は俺たちの前で見せたような、力強い笑顔で口を開く。
「か弱い少女がこんなにも泣いておるのに胸を張れだと? 立ち上がれだと? 遠慮なく妾の心へ踏み込んでくるなど、デリカシーのかけらもない」
彼女は、笑う。
「仕方ない。無礼なお前の問いに答えるために、自己紹介をしてやろう」
クリファが声を出した瞬間、腕を掴んでいた偽物の国王の顔が歪む。
「なんッ――⁉」
突然、強引に腕力で抑えていたはずのクリファの腕が自由になる。いや、思わず離してしまったのだ。本能的に身の危険を感じとった偽物の国王が即座に距離を取り、冷や汗をかいていた。
「どうした、偽物よ。人質である妾の手を離してしまっても大丈夫なのか?」
「う、うるさい! 一体今の力はなんだ⁉︎」
「何故か、じゃと? 決まっておるではないか」
少女は立つ。今まで必死に逃げて、その後に戦いの最前線に立ち、戦闘に参加したわけではないのに、クリファの豪奢な装飾品を施された衣服は既にボロボロになっていた。加えて、涙の跡も頬に残っている。
威厳など、感じるはずのない状況だった。
そのはず、だった。
「何が本当の親子じゃ。血の繋がりなど要らぬ。権力に甘える気などさらさらない。そんなもの必要いらぬわ。何があろうと、妾は妾じゃ。迷う必要などどこにもないではないか」
俺は目を離せなかった。服もボロボロのはずなのに、心が折れたはずの弱冠十四歳の少女のはずなのに。
「一つ、教えてやろう。偽物よ」
一歩ずつ偽物の国王へと歩み寄るあの圧力は、あの威厳は、ピリピリと肌に刺さるようなこの緊張感は、普通の少女のそれではない。
それは、まるで──
「妾が王じゃ」
「──故に」
クリファは静かに、右手を前に出した。
そして小さな体で、目の前の偽物を見下すように、クリファは言う。
「頭が高いぞ、蛮族が」
前に出した手は、まるで、離れたところにいる偽物の王を押しつぶしているかのようで。
「──【
ドガンッ‼︎ という音と共に、見えない力によって、国王だった偽物は地に叩きつけられた。
それこそ、本物の王の前にひれ伏すように。
――――
~Index~
【クリファ=エライン(アロリミエリ)=スワレアラ】
【HP】 300
【MP】 80
【力】 20
【防御】 15
【魔力】 30
【敏捷】 35
【器用】 20
【スキル】【
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