第2話「幼女の八重歯には要注意」
「どうすんのさ、これ」
簡潔に今までの状態を説明すると、死んで異世界に飛ばされて、辺り一面草原で、ステータスがカンストしたところだ。
そして、今はこれからどうしようかと
とりあえず何処かの街に行って、この世界についての情報を仕入れたいところだ。俺の知識だと、大体街に行けばギルドか何かがあるだろう。そこで色々と訊けばいい。
ちなみに、現在の持ち物は筆記用具だけぶち込んであるすっかすかのリュックサックだけ。外出するときは大体この相棒を背負っていたからちょうどよかった。荷物はこれに入れられそうだ。
まずは、そんな街がどこにあるのかを見つけなければならないな。
目を凝らせば遠くに街の一つぐらいあるだろうと周りを見回してみると、少し遠くに誰かが倒れたような人影が見えた。
「なんだ、あれ」
この世界に来て最初の出会いだ。きっと何か特別な出会いが待っていると思った俺は、とりあえず近づいてみる。
近づくにつれて、その人影の姿がはっきりと見えるようになってきた。そこで俺は、あることに気付く。
「赤い……?」
違う。血だ。誰もいない草原の中、血だらけの姿で誰かが倒れていた。
「ちょっ……ヤバくね?」
急いで俺は血だらけの人の元へ駆け寄った。そして、その人影がさらに詳しく見えた瞬間、俺は自分の目を疑った。
そこに倒れていたのは、まだ十歳くらいの少女だった。
ただ、少女と言っていいのかは疑問だった。というのも、体型は完全に小学生だ。背が小さく、顔も幼い。そこは問題がないのだが、俺が戸惑ったのは他の要素だった。
美しい銀色に染まった短髪、そして褐色の肌。極めつけは頭についた耳と尻尾だった。どちらも髪の色と同じの銀色をした獣耳と、俺の腕ぐらいの長さをした尻尾は、どう見ても少女から生えていて、コスプレには見えない。つまりは異世界にいるとされる獣人かなにかなのだろか。
そして、上下で着ている服は黒で統一されており、上半身はランニングシャツで下はダボダボのズボン。
俺の住んでいた世界では一生見ることの出来ないような容姿の少女だった。そして、ここが異世界だということを考えると、単なる人間ではない、という可能性すら感じられた。
でも、今はそんなことを考えている場合ではない。
「お、おい! 大丈夫か」
「……うぅ」
まだ生きてる! まだ助けられるかもしれない!
しかし、一見しただけでも重症だ。出血量もさることながら、全身に深い切り傷がある。にもかかわらず、傷からもう血が流れていない。もう、血が体に巡っていないのだ。
どうする。助けを呼ぶか? いや、そんな余裕なんてないし、そもそもこの世界に知り合いなんていない。
そうだ。魔道書なら彼女を助ける方法が載っているかもしれない。
俺は慌ててページを漁り、この少女を助けるための手段を探す。
「見つけた……! 回復魔法のページだ!」
──【
俺の人生二十回分、か。でも、手違いでもバグでも、今は何でもいい。人の命を助けて裁かれた罪人なんて、俺は聞いたことなんてない。
──残りポイント17260
「【
俺が回復魔法を唱えると、魔法のように、いや、実際に魔法なのだが、あり得ないスピードで傷口が閉じ、苦痛に歪む少女の表情が少しずつ穏やかになってくる。
そして、すぅ、すぅ、と落ち着いた寝息のようなものが十秒ほどしたと思ったら、
「治ったぁあ‼」
「うぎゃああああ!」
突然、少女はガバッと起き上がり声を張り上げた。
大きな瞳をキョロキョロと動かし、ぱちくりと数回瞬きをしてから周囲を見回し、臀部についた尻尾を振る。そして、最後に俺に視線を移すと、少女は不思議そうに首を傾げる。
「にーちゃんが、シアンを助けてくれたのか?」
「シ、シアン?」
「シアンはシアンだ! ここにいるのがシアンだ!」
「そ、そうかい……」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、バンバンと自分の胸元を叩いているのを見ると、つまりはこの子の名前がシアンということなのだろう。
「にーちゃんがシアンに回復魔法を使ってくれたんだよな?」
「まぁ、そうだな」
確かに回復魔法を使ったのは俺だけど、自分が頑張って手に入れた力じゃないだけになんとなく胸は張りにくいな。
しかし、シアンにそんなことが分かるわけもない。
「そーかそーか! 助かった! ありがとう」
満面の笑みで俺に感謝を示したシアンを見て、俺はつい見惚れてしまった。
笑みからこぼれるように顔を見せる八重歯と、童顔から繰り出される無邪気な明るさ。俺は自分の心臓がいつもよりもずっと速く動いているのを感じた。
なんなんだ。この可愛さは。これが異世界ってやつか。たまらねぇな。
ちょっと気に入られたいし、格好つけるか。
「気にすることないさ。当然のことをしたまでだよ」
俺がそういうとシアンは再び不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込む。
「ってことは、にーちゃんも魔王軍なのか? そうには見えないぞ?」
「え……? まおうぐん?」
「だって、シアンは魔王軍の幹部だぞ? ついさっき自分が勇者だー、とか言う奴にやられたのに助けてくれたってことは、にーちゃんも勇者の敵じゃないのか?」
この子今、なんて言った? 魔王軍幹部? 勇者の敵?
「君は、魔王軍の幹部なのか?」
「そーだぞ! シアンはこれでも魔王の次に強いんだ! 簡単には負けないぞ!」
「じゃあ、なんでこんな所で傷だらけなんだ?」
「あいつら、シアンは戦う気はないって言ったのに切りかかって来たんだぞ! それに、今はシアンは魔王にかけられた呪いのせいで全然力が出ないんだ!」
なんだなんだ。俺はかなりタイミング悪く、ヤバい状況の場所に来ちまったってことか。
「それは、大変だったな……」
やっぱり、魔王軍だからって一概に悪だって言うのは間違ってるんだろうな。そもそも、こんな可愛い子が悪なわけないじゃないか。可愛いは正義だって、誰かが言ってたじゃないか。
すると、シアンの腹部から突然ぐるるるる、と大きな音が鳴った。
「うぅ。シアン、魔王の城を出てから何も食べてないから、腹ペコで死にそーだぞ……」
「そうなのか。でも、残念ながら食べ物は持ってないんだ。ごめんな」
シアンは首を振った。
「ううん。シアンはママがヴァンパイアだから、食べ物じゃなくてもだいじょーぶ」
そういうとシアンはトロンとした目で頬を赤らめ、俺の目を見る。
「にーちゃん。ちょっと、しゃがんでほしーな」
「もちろんです」
こんなに可愛いお願いを断る男がいるなら、それはきっと女性に興味がない男しかありえないだろう。それほどの破壊力を前に、俺は言われた通りに腰を下ろす。
シアンは俺の頬をそっと触ると、艶かしい笑みを浮かべ
「いただきます」
やっべ。めっちゃドキドキする。なんだこれ。ご褒美すぎるだろうが。
なんとか表情を崩さないように、俺は顔に力を入れる。
そんな俺とは反対に、シアンはハリのあり、しかしそれでいて柔らかそうな唇をそっと俺の顔に近づけていく。
そして、シアンの顔が、口が、俺に近づいて、近づいて──
かぷっ!
俺の口をスルーして、首筋に噛みついた。
「うぎゃああぁぁあぁぁあああああああああああ!?」
人生で経験したことのない激痛が、俺の体を駆け巡った。首筋を噛まれたのに脳天からつま先まで雷に打たれたかのような衝撃が全身を通過した。
そして、シアンは俺の首筋に突き刺さった八重歯を引き抜くと、とても満足そうな笑顔で目を輝かせる。
「うまーー!!」
嬉しそうに手を上げると、シアンは続けて声を出す。
「ごちそーさま!」
「御馳走様! じゃねぇよ! 今何した!?」
「血をちょっと吸った!」
俺は慌てて首筋を触ってみる。あれだけの痛みだったのに八重歯が刺さっていた場所に少しだけ小さな傷が付いているだけだった。
しかし、ちょっと血を吸われただけではこの異常な疲労感と、急な目眩は説明できないだろう。そして、なによりも──
「ちょっとどころじゃねぇだろ! なんだその肌!? ツヤッツヤじゃねぇか! ものすげぇ量吸われた気ぃすんぞ!?」
俺は急いで
【HP】 7000/9999
「うぉおおい! HPごっそり減ってんじゃねぇかよ! これ絶対俺じゃなかったら死んでたぞ!?」
「だって、思ってたよりもずっと美味しかったんだもん。にーちゃんの血」
うっ……可愛い……。だがしかし、俺は危うく殺されるところだったんだ。簡単に引き下がるわけにはいかない。
「お前なぁ……吸い過ぎて俺が死んだらどうしてくれるんだよ」
シアンは指を頬に当てて「んー」と少し考えて、
「美味しく頂きますっ!」
「いただきますじゃねぇだろうが! 頭下げたって命はくれてやらないからな! この鬼! 悪魔!」
「んー。シアンは魔族だけど、鬼とかだと種族が違うぞ?」
「んな真面目な回答いらねぇっての。ちくしょう」
ようやく俺の頭が落ち着き始めてきた。考えても見れば俺のステータスがカンストしてることも確認できたし、そもそも回復魔法ももってるから、こんな小さい女の子に怒る必要もないのではないか、という気もしてきた。
「そーだ! シアン、まだにーちゃんの名前を聞いてなかったぞ! なんて言うんだ?」
「ハヤトでいいよ。よろしく」
「おう! よろしくな!」
シアンのこの無邪気で可愛らしい笑顔で忘れていたが、そういえば彼女は魔王軍の幹部と言っていた気がする。
「そういえば、シアンって魔王軍幹部なんだよな?」
「そーだぞ! パパもママも幹部なんだ!」
「じゃあ、どうしてこんななんにもない草原のド真ん中で勇者にボコボコにされたんだ?」
普通、異世界転生してすぐ最初の草原で魔王軍幹部とエンカウントするなんてありえないだろう。何か特別な理由があるに違いない。
俺が問いかけると、シアンの表情がどんどんと怒りに満ち、食事を口に詰め込んだリスのように頬を膨らませて声を張り上げる。
「シアンは、家出してきたんだ!」
「は……? 家出?」
「そーだ! 魔王がシアンにずぅーっとセクハラしてくるから、腹が立って出てきた!」
正直、拍子抜けだった。目の前で声を上げるシアンにとってはとても大事な問題なのだろうが、俺からすると全く興味が湧かなかった。もっとこう、異世界に来たのだから異世界らしい陰謀や、為すべき使命などがあるかと思っていた分、セクハラというなんとも現実じみた理由を言われてしまうと、物足りなさが否めない。
「セクハラ、ですか?」
「そーなんだ! 魔王がシアンのこと、ずーっといやらしい目で見てきたんだ! それまではなんとか我慢出来たんだけど、この前ついに! ついにあいつはシアンに呪いをかけて弱体化させてからシアンに触ろうとしてきたんだ!」
「あぁ……そいつは……逃げ出すわな」
力を持て余すとこんな少女に弱体化の呪いをかけるのか。魔王、けしからんな。
俺が想像するよりもシアンはご立腹のようで、腕や足をバタバタと振って怒りを発散している。
「ほんっとにシアンはプンプンだ! だから出てきたんだ! パパとママには悪いけど、シアンはしばらくあの城には戻るつもりはないぞ!」
俺はなんにも悪くないのに「ふんっ!」とシアンにそっぽを向かれた俺の気分にもなってほしい。
さすがに出会ったばかりの家出少女を連れ回す趣味は俺にはない。どうにかして説得できないだろうか。
「そんなこと言っても、シアンはまだ子供だろ? 両親も心配してるんじゃないか?」
「シアンは子供じゃないぞ! もう十八歳だ! 子供扱いするんじゃない!」
「じ、十八ぃ!? その見た目でか!?」
「何か文句あるのか!?」
眉間にしわを寄せてシアンはぐっと顔を近づけてきた。
近づいて分かるが、やはりこの娘、とても可愛い。ドキドキする。しかしダメだ。こんな幼い少女に……
「……ん? 待てよ?」
今、この子、十八歳って言ったよな。そうなると、シアンは別に見た目が異常に幼いだけで、歳はちゃんと重ねているわけだ。それはつまり、俺がシアンと共に過ごしていても、一つ年下の後輩と横を歩いているようなものだ。
だから、シアンは、
……合法ロリ──
ガブッ!
「おんぎゃああああぁぁあぁああああああ!?」
今度は俺の左の掌から、激痛が駆け巡った。
「なっ、なにすんだよ! いってぇ!」
「ハヤト、やらしーこと考えてたろ!」
「バッ……なんでそんなことっ……!」
そうだった。シアンは魔王からのセクハラが嫌になって家出してきたんだった。なら、魔王から受けたエロ親父のような視線にはかなり敏感になっているはずだ。俺のこの卑猥な思考が少しでも表情に出てしまったら、ばれてしまうのも納得だ。
「シアンはそういうやらしーやつ、キライだ! ハヤトは、やらしーやつか?」
「そんなわけないじゃないか。俺は紳士だからな」
これ以上ないほど堂々と、胸を張って言ってやった。俺の名演技を見て、シアンはすっかり騙されてくれたようで、
「そーなのか! シアンは安心だ!」
ニコッと笑うシアンに若干罪悪感が芽生えたが、そんなことを気にしていては負けだと言い聞かせた。
「あぁ! 安心してもらって構わんぞ! 間違ってもお前のことを合法ロリだなんて微塵もおもってないからな!」
言ってから俺は、しまった、と思った。
案の定、合法ロリだなんて言葉を知らないであろうシアンも、その言葉が纏ったいやらしさを敏感に感じとったようで、汚物を見るような目でこちらを見ている。
「……」
何も言わないのがさらに恐い。
沈黙に負けた俺は、頬を流れる冷たい汗を感じた。
「違うんだ。この言葉の意味が分からないのに雰囲気だけで判断するのは間違っていると思うんだうんだからそうやって無言で近づいてくるのはやめてくださいちょっと近い近い、え、待って真顔で口開く必要ないよね謝るからそれだけは勘弁してくださ──」
ガブリッ!
「はぁぁぁぁあぁあああああああん!」
俺の悲鳴が、異世界の草原に響き渡った。
――――
~Index~
【シアン】
【HP】3500
【MP】1500
【力】 400
【防御】300
【魔力】250
【敏捷】350
【器用】180
【スキル】【
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